第16話 vs気力体力の限界

 俺は深夜遅くまで拘束され、中央闘技場の三役うわやくから揃って揉みくちゃにされた。詰問の方向性は――さほど本気でもなさそうだが――主に内通スパイ疑惑という印象だったから、逆に言えば俺の読みがほぼ当たりだったということになる。

 良くも悪くも、今後は忙しくなりそうだ。


 ようやく宿舎に戻ってきた俺を出迎えてくれたのは、謎の覆面男爵だった。仕上がった本番用のマスクが届けられたらしく、頭の突起トサカにはフサフサの房飾りがついている。ご丁寧にマントまで身に着けて、宿舎の入り口に立っている姿は完全に不審者である。


「無事に乗り切ったか」

「ぜんぜん無事じゃないぞ。知ってるか、明後日に試合だ。俺もお前も」


 それを聞いたマスク・ド・バロンは首を傾げ、準備は万全とばかりに腕を回す。昨日までフラフラさまよい歩くだけのミイラ男だったのに、驚異的な回復力だ。

 筋肉の張り具合と肌艶を見る限り、いままでみっちり練習していたのがわかる。当然だが、後で伸びるのはこういう奴だ。


「なるほど。相手は」

「地下闘技場からの刺客。戦績トップの壊し屋らしい」

「ほお。興行主うえ同士の手打ちは済んだか」


 やはりエイダは頭の回転が速い。いまある細切れの情報だけで、現在の状況と今後の展開を読んだ。

 要するに、中央闘技場の戦奴を潰しにきたのは地下闘技場と、それを裏で糸を引いていた帝国の浸透勢力だ。先に手を出してきたのを不問にする代償として、地下闘技場から咬ませ犬が貸し出された……ということになる。表向きは、だ。

 実際には、力関係でいうと王国側こっちは劣勢。帝国の息が掛かった相手に強く出る手段はない。そこでお誂え向きの俺たちに全部まるっと引っ被らせることになったわけだ。

 当然ながら、犬も飼い主も対戦者に手心など加える気はない。これは前哨戦だ。中央闘技場と、地下闘技場の。王国と、それを蚕食する帝国との。


「地下闘技場の壊し屋、となると……オサーンとグンサーンだな。なかなか厄介な連中だが、相手にとって不足はない」

「余裕だなオイ。あと二日で仕上げられるのか?」

「無論だ。俺を誰だと思っている」


 まあ、本人がそう言うなら信用しよう。誰だと思っているかは、疲れてるのであえて言わないでおく。オサーンとグンサーンという選手についても、詳しい話は明日にしてもらおう。


「もうダメだ。極度の緊張状態が続いて何も考える気力がない」

「ああ。早く寝ろ。明日からは付き合ってもらうからな」

「え? なんで?」

「忘れたのか。お前が言い出したんだぞ、マスク・ド・バロンの“ぷろもーしょん”だ」


 ああ、それね。うん。思い出した。入場のポーズと、定番技ムーブと、あと派手な見せ技もな。できれば入場曲も欲しいけど、それは追々だ。

 当日の実況解説は、前の試合のときと同じ実力派ふたりに担当してもらえるそうだ。元は王国広報副長官という、名実況者のヒラ・ベンド子爵。解説には元トップ選手で生きた伝説の“鉄人”ジェンタイルが入る。

 だったら、入場前の観客煽りも考えたい。なにかキャッチーなフレーズも欲しい。俺はともかく、馬鹿鳥仮面は初回が肝心なのだ。


「ヤバイぞ、今夜は眠れそうにない」

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