第15話 vs興業主
その夜。打ち合わせから戻った
それは予想していたので驚きはしなかったが、問題はタイミングだ。どうやらベローズが事情を知ったのは、出先だったようだ。
状況は、思ったより早く進んでいる。
それが良いことか悪いことかは不明。少なくとも俺は、そのどちらかを呼び出された先で思い知るわけだ。
「気を引き締めていけ。ヘタ打つと簡単に死ぬぞ」
「やっぱり?」
なぜか呼び出しを伝えにきたのはエイダだった。伝言役の選択も、それが事前に必要だというベローズなりの判断だろう。有望な新人の俺を気遣ってくれたか。いや、無駄死にするなら周りを巻き込むなという釘差しか。
まがりなりにも貴族としての常識や経験を持ったエイダが、俺に最低限の礼儀作法を説明し、ついでにあれこれと忠告をしてくる。
「だが、そう緊張する必要はない」
「いや、さっきと言ってること違うだろ」
柄にもなく俺の緊張をほぐそうとしてくれてんのかと思ったが、違った。
このデカブツにそんな気遣いはできん。エイダが言ったのは、単なる事実だった。
「ブッカーからの呼び出しなら、最悪でも殴られる程度だがな。呼び出されたのは闘技場の上階、
「というと?」
「生かす気であれ、殺す気であれ。もう何かするには手遅れってことだ」
「それはありがたいね。俺の方が
◇ ◇
「失礼します! 戦奴タイト、お呼びにより参りました!」
門番みたいな黒服がドアを開けると同時に、入室した俺は直立不動で声を上げる。上位者に正式な礼を取る必要があるのは、貴族や高位の平民だけ。戦奴は社会的カテゴリーとして犬と同等なので、服従と返事ができれば良いのだそうな。
要するに、“黙れ”“待て”“襲え”以上のものは求めないと。“お座り”がないだけ犬よりひどい。
入ってすぐのところにある応接スペースで、ソファの手前に座っているのはベローズと、久しぶりに見る巨漢商会長ホロマン。覚えてろこの野郎と思いつつ表情には出さない。
そして上座にあるひとり掛けの椅子には、貴族然とした冷酷そうな男。消去法からして、あいつが闘技場オーナーのイールソン公爵だろう。座り位置だけでも力関係は明白だが、見た目と眼光の差が、さらに如実に現れている。
「説明しろ」
「は」
公爵の言葉に、俺は直立不動のまま答える。相手はオーナー、というのもあるが、公爵となると王国貴族のトップ。上には王族しかいない。というか、公爵のほとんどが元王族だそうな。
そこまでくると、もう俺には理解の範囲外だ。大人しく従うほかない。
「我らが王立中央闘技場の練習場に、部外者が入り込み戦奴に危害を加えたため、やむを得ず排除しました。以上です」
「あ?」
呆れ顔のベローズと、笑いを噛み殺すホロマン。公爵は無言で無表情のまま俺に冷えた目を向けている。しばらく観察された後で、ボソリと俺に問う。
「なぜ殺さなかった」
なるほど、そう来たか。その答えはいくつか考えられるが……“従順で有用な戦奴”として選べる選択肢は、あまり多くない。
「見せしめです。死体は恨みしか生みませんが、負け犬は敵に
「ひとりは足を折り、ひとりは締め落とした。なぜだ」
やっぱり。これは状況を全て事前に把握した上での尋問だ。もしかしたら、地下闘技場との交渉を収めた後の。
「大変失礼とは思いますが、生意気なことを言わせていただいても、よろしいでしょうか」
「……」
続けろ、と俺は三者から目で促される。公爵からは値踏みするような探る目で。ベローズからはいい加減にしとけよと呆れるような目で。ホロマンからはこいつ面白すぎるというような涙目で。おいふざけんな人買い商会長お前いつかぶっ飛ばすからな。
「あいつは、使えると思ったからです」
最初に吹き出したのはベローズだった。それで我慢の限界が来たのか、ホロマンまで腹を抱えて笑い出す。イールソン公爵は笑いこそしないまでも冷え切った目を緩め、溜め息混じりに首を振った。
「なぜ戦奴が興行を気にする。それも、初戦を終えたばかりの新入りが」
「失礼しました!」
「詫びろとは言ってない。質問に答えろ」
こればっかりは、職業病としか言いようがないのだが。それを子供姿の俺が言ったところで信じてはもらえんだろう。どうしたもんかと頭を悩ますが、考えたところで俺に小細工や腹芸は無理だと諦める。
「その
「「「あ?」」」
ハモんな。それが正直な感想なんだから、しょうがないだろうが。
「すげー
今度は公爵とホロマンが呆れ顔になり、ベローズが苦虫を噛み潰したような顔で俺を見る。
「
「そうですね。実際、エイダもそのひとりです。けど、もっと上があるんじゃないかって思ってしまったんです」
「……てめぇ」
うん。これはバレたな。これまで闘技場で、戦奴は戦った相手を叩きのめして殺すか再起不能にするかが当然だった。
でも俺は、その不文律を無視したのだ。敵を生かして、伸ばして、自分も向上して、さらに
「すみません」
「お前は、地下闘技場がどういうところか知ってるのか」
「いいえ。その名前も今日、初めて聞きました」
ベローズは、俺がその後に何か言いかけて止めたのを察する。顎でしゃくって続きを促す。ホントもう、俺は隠しごとや交渉に向かないな。
「でも、
三人が真顔になる。何で知ってんだって顔。もちろん知らんが、そのヒントをくれたのはベローズだ。闘技場で最初の試合の前、観客席の説明をしてくれたときに聞いた。
スタジアムの観客席は上階になるほど社会的階級が高い。北側に王族、西に文官中心の保守派貴族、東側に武官の多い改革派。
じゃあ南は? ベローズは説明しなかったし、そのときは俺も気にしていなかった。雑多な服装からして、平民なんだろうなと。でも、上階に座った連中には服装にある程度の統一性があった。平民の富裕層なのかもしれんが。そんな者を貴族と同じ高さに座らせるほど、この国は開かれた社会じゃないだろ。
あのときベローズは、武器を使った殺し合いの戦争は起きないだろうと言った。国内外が安定し過ぎていて出費に見合わないからと。
ただ、戦奴を
その代理戦争で得られるものが、賭け金や娯楽としての楽しみじゃないなら、何の意味があるのか。俺はそのとき浮かんだ疑問を思い出す。目の前にあるのにモヤモヤして像を結ばない何かが、もうすぐ見えてきそうな感じ。それは証拠も確信もないまま、いきなり何故かフワッと腑に落ちた。
「もしかして、この国もう侵略されてます?」
ボソッと口を衝いて出た言葉に、今度こそ三人ともが揃って凍りついた。
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