第14話 vs固定観念
勢いで締め落としたはいいが、この後はどうしたものか。放っておいては危ないので、舌を呑まないように口内確認しながら横向きにする。まあ、蘇生しても別の意味で危ないんだけどな。
「……おい、なにをしている」
ちょうど良いところにミスター・
「ひとあし遅かったな。腕試しの力自慢がやってきたんで、歓迎してやったところだ」
「殺したのか?」
「いや、
倒れている男たちの腕にチラッと目をやったところからして、相手の素性は察したのだろう。かといって焦ったり怯んだりはしていない。地下闘技場の連中が死のうが生きようが、大した問題ではないと考えている風だ。よし、また大男が暴れたらこいつに対処させよう。
俺はグッタリした身体を起こして背後から活を入れる。
「げほッ、ぐ……」
何とか目を覚ました大男は、まだ意識がハッキリしないようで曖昧な視線を泳がせる。俺と目が合うと、胡乱な表情がわずかに硬直した。
「命拾いしたな」
「……あ?」
そこでようやく、自分が俺に絞め落とされたことを理解したようだ。それも、ちっこいガキと侮った相手にだ。
「まだやりたければ、いつでも来い。誰でも、何度でも、何人でもかまわん」
そう言って、傍らに転がったお仲間を指す。
デブの相方は、歪に折れ曲がった脚を投げ出したまま脂汗を流しながら震えている。再起不能とまではいかないだろうが、かなりの不自由は強いられることになる。俺たちに手出しするリスクを理解してくれれば、それでいい。
「……お前、……いったい、何もんだ」
「なにって、戦奴だよ。王立中央闘技場の、まだ新入りだ」
その会話を眺めていた何人かが呆れて鼻を鳴らすのが聞こえたが無視する。そのひとりが
「動けないようなら、
「要らん」
大男はふらつきながら立ち上がると、デブを引きずり上げた。
無益な戦いだったが、格闘家として生きていくには時にそれが必要なこともある。ちっぽけなプライドや、しょうもないメンツ。あるいは小銭や興行の宣伝のために、痛い思いやキツい思いをすることはあるのだ。
「なあ」
俺は大男の背に話し掛ける。
「お前が好きでやってんなら、それはそれで良いけどな。そうじゃないなら、雇い主に言っておけよ。今度は練習場や食堂じゃなく、
「!!」
オロたち中央闘技場組は怪訝そうな表情をするが、大男には伝わったらしい。
「……ふざけんじゃねえぞ。……お前、
「いや、逆に訊くけどさ。わざわざ突っ掛かってきたのは、そういうつもりじゃなかったのか?」
「……くッ」
「いや、お互いの
「?」
最後のコメントは、どうやら敵味方どちらにも理解してもらえなかったようだ。
俺の意図が通じたのはエイダだけ。それも必要以上に通じたみたいで、ひどく面白そうな顔をされた。
デカい組織同士の対抗戦ってのは、元いた世界じゃゴールデンカードだ。こっちの世界でだって、話題になることは間違いない。きっと客も沸く。無茶ぶりの事後承諾になったとしても、興行主も嫌とは言わんだろ。知らんけど。
どのみち揉め事が起きるんなら、そこで少しばかり儲けさせてもらおう。
「お前、自分が何を言ってるか、わかってんのか。客を入れた場でやれば、お互いに生きるか死ぬかの戦いになるぞ」
「ああ。戦奴だけじゃない。闘技場も、興行主もだ。絶対にデカい騒ぎになる。デカいカネが動く。
「何を嬉しそうに言ってやがる! てめえ、イカれてんじゃねえのか⁉︎」
なんだか俺だけ頭おかしいみたいな言い方は承服しかねるのだが。
「カネになるなら仕事だ。喜んでやるさ。あんたたちは、どうなんだ?」
「……」
「考えてもみろよ。なんの恨みもない、つうか顔も名前も知らんような奴を相手に、ワケわからん足の引っ張り合いなんてさ。勝とうが負けようが何の得もないだろ? やるならカネと名声と経験と将来につながる場所で、大歓声のなかでやった方が何倍も面白れぇだろが」
俺は笑顔で、男たちに首を傾げる。挑発じゃなく、それなりに誠意を込めて。
「違うか?」
むっつりと押し黙ったまま、ふたりは練習場から出ていく。俺たちは手を貸しこそしないまでも、手出しせずに見送る。
出入り口のゲートまで行ったところで、大男は振り返って俺に言った。
「ビッグズだ。お前は」
「タイト」
「覚えておく」
なにかを吹っ切ったような顔で、大男のビッグズはニヤリと獰猛に笑った。
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