第39話 vs戦奴の意地
「おらああぁッ!」
全力で振り抜かれたビッグズのパンチをギリギリで
顔面狙いのフックは頭を振って避け、反撃のローキックを叩き込んだ。砂袋にでも蹴り込んだような、ミシリと重い感触。追撃を止めて離れかけたところに突き放すような蹴りが飛んでくる。プロレスでいう
「だぁッ、ぶねえッ!」
身体を捻って蹴りをいなし、脚をキャッチして
心身ともに浮き足立っていた先ほどまでとは、覚悟も重心も違っている。
ようやく、本気を出す気になったか。不安そうに泳いでいた目も鋭く、表情も冷静ながらわずかに高揚している。こいつ、いったいなにがどうした。
「逃げんなチビ! 真正面からいくんじゃねえのかよ!」
観客席から罵声が飛んでくる。ご
ビッグズの身長は二メートル前後、絞ったとはいえ体重も百キロは超えてる。過去に対戦した規格外の巨漢たちに比べれば、状況も絶望的ではないと前向きに考える。
わずかに前傾した重心の高い姿勢から、基本は
左右のフックから大振りの
さて、様子見は終わり。こっから、どうするかだ。
相手の動きはいい感じになってきた。こっちは体格差も体力差もあり、鎖と手枷で動きを封じられて圧倒的に不利な状況なのだが。
大丈夫だ。いまの俺には、オサーンとの戦いを経て編み出した超・必殺技がある。マスク・ド・バロンが取材のひとたちに語っていたような種類のものではないけどな。
名付けて、
無意識のまま使っていた、魔力循環による身体強化。それを攻撃ではなく、
朧げながらわかってきた魔力の扱い方を試行錯誤しながら、練習場で何百何千と地味な受け身を繰り返した結果、以前とは比較にならないほどの
試しに
「おらあッ!」
左手の鎖を引きながら渾身の右ストレート。コンビネーションなしに繰り出されたビッグズのパンチを、俺は真正面から額で受け止めた。
ゴゥンッ‼︎
鈍い音が場内に響き渡って、観客席が一瞬しんと静まり返る。俺が避けもせずノーガードで受け止めたことに、観客たちの驚きと戸惑いが伝わってきた。
それはわかるけど、殴った当のビッグズまで目を
「……届いた」
ビッグズが嬉しそうにつぶやくのが聞こえた。いや、なにいってんだかわからんけど、この状況でそのリアクションはダメだろ。
ともあれ
俺は拳を受け止めた姿勢のまま、両腕を大きく広げて観客にノーダメージをアピールした。
「おいおいおーい! 冗談だろ、なァ⁉︎」
静かになった会場内に、ウザ絡みトーンな俺の声が響く。
「地下闘技場の“
そんなこたぁないんだけどな。そもそも、俺自身が“中央闘技場の新人”だ。
俺が嫌らしい笑い声を上げると、ざわめきがどよめきになって怒りや憎しみの波に変わる。どこか散漫だった観客席の空気が一気に高まってゆく。
「次の試合につなげるために、俺が
咄嗟に出たのは通じるわけもない言葉。なのにビッグズの顔が引き締まり、気迫が高まる。不敵な笑みを浮かべて、全身の筋肉が張り詰めてゆく。
「いくぞオラああああぁッ!」
ゴインッ!
フルスイングのフックを横っ面で受け止めて、チェーンの長さいっぱいまで跳ね飛ばされた俺は反動ごと鎖を引き寄せる。
「せやあぁッ!」
飛んできた俺のドロップキックを、ビッグズは避けもせず逃げもせずガードもなしに顔面で受ける。
バゴンッ!
爆発するような歓声。悲鳴のような声援。場内が一気にヒートアップして、俺たちの戦いを盛り上げる。
どうやら地下闘技場の観客はショーアップされた試合よりも、“
この体格差でどこまでできるかわからんけど、客が望むなら応えてやるさ。
ドン、ゴゴンッ! バゴッ、ドゴッ!
真正面からパンチの応酬、跳ね飛ばされて返ってきて、互いにぶつかり、また跳ね飛ばされる。ビッグズは
当たりが浅ければ筋肉の鎧で跳ね返され、踏み込み過ぎれば掴まれて放り投げられる。飛ばされたところでチェーンの距離だ。左腕を引くだけでまた打撃圏内に戻る。
「おらああああぁッ!」
「まだまだあああああぁッ!」
デカブツの顔面目掛けた、全力の右ストレート。距離もタイミングもバッチリで芯を喰った手応えを感じたというのに、
やべえ。いまのでわかった。ビッグズも魔力循環で防御を高めている。
なんだ、それ。ただでさえ体格差あんのに、身体強化もしてるとか卑怯……ではないな。拮抗するだけの力があるってことは、同じだけ鍛えてきたってことだもんな。
息もつけない殴り合いのなかで、周囲から音が消える。相手の息遣いだけが伝わってくる。
自分の動きも、相手の動きも。すべてがスローモーションのように見える。
拳を固めて腰を入れ、肩まで振りかぶって、ぶん殴る。跳ね飛ばされて、引き戻す。勢いを乗せたまま足を畳んで、全身のバネで蹴り飛ばす。
――楽しいなあ! おい! お前も楽しんでるかよ!
一瞬、ビッグズと視線が合った。怒りの表情で吠えてはいるけれども。その目はワクワクした気持ちを隠し切れていない。
急に相手が身近に感じられる。痛みや苦しさも、怯みや躊躇いも。決意も、覚悟も、喜びも全部、伝わってくる。
叩き込まれる強烈な打撃も。打ち込んだときの微動だにしない体幹も。ビッグズが積み重ねてきた努力と研鑽の証だ。同じように俺の力も、気持ちも、伝わっているはずだ。
だから、
ゴッ、ガキゴンッ! ギン! コン、カァン!
テンションが上がりペースが上がってゆくうち、打撃音が変わってきているのに気づいた。なんか、金属音みたいな感じになってないですかね。どうなってんだ、これ。
俺と同じように、ビッグズも気づいているようだ。戦いのなかで身体強化が
ゴゴガガガゴンッ! ドゴバキボコドガドズンッ!
どれだけ打ち合ってきたのか。しだいに視界が暗くなってくる。
周囲の音が、景色が、急に認識されるようになる。轟々と押し寄せる歓声。観客たちの踏み鳴らす足音と、闘技場を揺るがすほどの振動。盛り上がりは最高潮。だけど、そろそろ
ビッグズも滝のような汗を流し、蒼褪めた顔で酸素を貪っている。
「こっからが本当の勝負だ。逃げんじゃねえぞ!」
「ふざけ……じゃ、……ねえ。てめえこそ、……逃げん……なぁ!」
魔力が切れれば体力の底上げもなくなるが、同時に
残りわずかな魔力を掻き集めて、俺は右腕に気合を込めた炎を纏う。
「おっしゃああああ! やっってやらあああぁッ!」
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