第40話 開けてゆくもの
目覚めると、俺はベンチに寝かされていた。
頭を持ち上げると、額に乗せられていた濡れタオルが落ちる。ああ、ここ控室だ。目の前には、覆面姿の
「……試合は、どうなった」
「覚えてないのか。ぶっ倒れる瞬間まで大威張りで観客を煽っていたが」
「勝った?」
「敗けだ。凄まじい打ち合いの果てに、壮絶な敗戦だった」
「そっか」
特に感慨はなかった。このところ敗戦が続いていて、戦奴としての価値は下がっているのかもしれんけれども。知ったことか。やれるだけのことはやった。
「悔しくはないのか? ここで敗けてやる必要はなかったと思うが」
「どうだろうな」
敗けは、いずれ取り返せる。というよりも、その過程が盛り上がるんじゃないかという目論見もあった。
ふと視線を上げると、呆れ顔のエイダと目が合った。
「また、おかしなことを考えているだろう。お前というやつは、どうしてそうも
「他人事ではねえよ。自分の将来は、しっかり考えてるって」
格闘家としての将来設計が、この世界の人間と違うというだけだ。振り返ってみるが、控室にいるのは俺とエイダだけだった。
「ラックランドは?」
「試合中だ。歓声から察するに、かなり盛り上がっているようだがな」
たしかに、かつて中央闘技場で聞こえていたような悲鳴と怒号ではない。正直、意外だった。凄惨な公開処刑ではなく、それなりに試合として成立しているということだ。ラックランドも戦奴から解放されたことで心境の変化があったか。それとも俺やエイダの試合を見て、なにか感じるところでもあったのか。
「失礼します」
ノックの音がして、係員が入ってきた。俺の試合のときにも案内をしてくれたひとだ。
「最後の交流試合の、対戦者が発表されました」
「中央闘技場、“マスク・ド・バロン”。
まあ、そうだろうさ。むしろ他の相手だと盛り上がりに欠ける。問題は試合形式だな。
「こちらの試合は、特別ルールとして
「ん?」
また聞いたことがない試合形式だ。エイダは無表情で聞いているのだけれども、俺は名称だけでは何のことやらわからない。
「マスク・ド・バロン選手が敗戦した場合は覆面を剝がされ、オサーンが敗戦した場合は、髪を剃り落とされます」
「えぇッ⁉」
すげェな異世界、こっちにもあんのか
「待てタイト。なんでお前は、そんなに嬉しそうなんだ」
「いや、嬉しくはないけど、俺の知っている試合形式に似ていてな」
お互いに同じものを賭ける
日本のプロレスにも取り入れられたりしたが、エモーショナルな面に関してメキシカンの攻めどころはなかなかにエグい。
ともあれ、ようやく覆面が板についてきた
「そんじゃ、敗けたら別の覆面を考えるか」
「俺が敗ける前提でいうな!」
サラッとボケた俺にエイダがツッコむ。案外、余裕はあるようだ。俺との試合でオサーンが生易しい相手じゃないことは理解しているはずなのに、緊張や焦りは感じられない。
正直なところ、エイダとオサーンは俺よりよほど似た者同士なのだ。
恋愛と一緒で、似た者同士が必ずしも上手くいくわけではないし、正反対の相手がイコール上手くいかないというわけでもない。
「まあ、楽しんで来いよ。どんな相手でも、何があっても。お前なら、どうにかできる。だろ?」
俺が他人事のようにいうと、エイダも他人事のように笑った。
「当たり前だ」
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