第41話 vsアウェイズヒート

「よお」


 妙にスッキリした顔で、ラックランドが控室に戻ってきた。それなりに汗は搔いているが、見たところ目立った傷も腫れもなく、息も整っている。

 この様子じゃ、聞くまでもないか。


「勝ったんだな?」

「当たり前だ。相手も死んでない。賭け札が舞うまで付き合ってやったが、その後は叩きのめして終わりだ」


 対戦相手は、スコットとかいう知らない選手だった。大物喰いジャイアントキラーとしてのし上がってきた、血気盛んな若手有望株だそうな。なんとなく俺とキャラが被ってるような気もするが、相手を知らんのでそこはスルーだ。


「ビッグズが勝った勢いに乗って、地下闘技場の強さを思い知らせてやる、なんて張り切ってやがった。若造にも観客にもギリギリまで期待させておいて、最後は誰の目にも明らかなボッコボコの大惨敗だ。スッとしたぜ?」


 ヒネくれたことを言って笑うけれども、前までは観客のことなんか微塵も考えず対戦相手を嬲り殺しにしていたのだから、ずいぶん変わったもんだ。

 中央闘技場としては良いことなんだろうな。でもラックランドの心境の変化が、なんによるものか俺にはよくわからん。


「カネのためだ」

「ん?」

「“どういう風の吹き回しだ”って、顔に書いてあんじゃねえか。俺は変わってねえ。目的のために手段を考えただけだ。戦奴から解放されたからには、大金を稼いで遊んで暮らす」


 なんか少し早口で視線を逸らしながらなのが、チョイ怪しいけどな。まあ、求めていた役割はちゃんと果たしてくれたんだ。俺が口出しすることでもない。

 と思ってたら頭を小突かれた。


「あいたッ」

「てめぇは、いちいち考えてることが顔に出すぎなんだよ」


 ラックランドは不貞腐れた顔でいうと、タオルをかぶってベンチに転がってしまった。


中央闘技場ウチの戦奴が甘くねえってことは、キッチリ教えてやってきたからな。ここで無様な負け方すんじゃねえぞ」


 そのセリフは、出場待ちの馬鹿鳥仮面バロンに対するものだろう。エイダも以前であればムキになって噛みついていたかもしれないが。


「いわれるまでもない」


 妙に落ち着いた、いっそ幸せそうにすら感じられる声で応える。


「俺が、見せてやろう。中央闘技場の戦奴が持つ、真価を」


 休憩時間なのか会場の清掃でもしていたのか、少し間があった後で呼び出しの係員が控室の入り口から顔を出す。


「マスク・ド・バロン選手、時間です!」


◇ ◇


 ラックランドの試合は見られなかったが、エイダの試合はちゃんと見ておきたい。俺は係員に頼んで、関係者用の立ち見席に入れてもらった。二階の隅、ちょっと角度はあるが、悪くない位置だ。


「いよいよ、本日の最終試合! 中央闘技場との勝負は一勝一敗、ここからが! 本当の勝負だ!」


 出場選手の呼び出しコールの前に、実況が盛り上げを行っている。観客席からの熱気や興奮は伝わってくるものの、俺の試合であったような“ぶっ殺せウィーアー”の声は聞こえない。

 それどころか、微かなざわめきだけで驚くほどに静まり返っている。


「中央闘技場に突如現れた、謎の男! 自ら戦奴へと身を落とした覆面貴族! 今日その素顔が晒されることになるのか!」


 張り詰めた緊張感が広がるなか、観客たちの視線はキョロキョロと上の方へと向かう。おそらく中央闘技場で行われた対オサーン戦の、二階席からの登場が伝わっているんだろう。

 そういや登場演出については聞いてない。またあの馬鹿鳥男、期待に応えなきゃとか余計なこと考えてアホな演出しなけりゃいいけどな。


 真っ暗な入場通路はなみちの先、入場口からふわりと白いものがあふれ出してきた。白い靄のようなものとともに、ざわめきが会場内に広がる。観客は派手な登場を期待していたのだろうが、ふつうに入ってくるとわかっても失望した様子はない。


「……おいおいおい……」


 俺は思わず呆れて首を振る。

 隠蔽霧ブラインドミスト、だっけか。最初にエイダと戦ったとき見せられた氷魔法の霧だ。それが会場に広がって、むせ返るようだった熱気を冷気で搔き消してゆく。


 ふぉおおおおおおおぉ……ッ!


 長く重い息吹が、入場口の霧を大きく巻き上げた。その奥から、静かに現れたのは長身の人影。ゆっくりと歩き出したマスク・ド・バロンの身体は、ほとばしる魔力光で青白くきらめいていた。

 一歩踏み出すたび、闘技場へと進むたびに、まばゆい光が霧を照らしながらキラキラと星屑のように瞬く。

 実況も驚いたのか、アナウンスが完全に止まっていた。観客席からは、魅了されたような吐息が漏れる。


「ほぉ……」


 闘技場の開始位置に近づいたところで、バロンは大きく踏み込んで天高く跳躍すると伸身の宙返りから着地を決める。お約束のように足元から風が吹き上げ、鮮やかな青いマントがはためいた。


「我が名は、マスク・ド・バロン! 愛と正義のために戦い続ける、気高き孤高の戦士!」


 高らかに宣言すると、エイダはマントを外して背後に投げる。それはふわりと円を描きながら魔力光を纏って羽ばたくように飛び、なんでわかったんだか二階席にいる俺の腕に収まった。

 ふざけんな馬鹿、俺はお前の付き人か。


 しっかし……今回も今回で、なにしてくれてんだ、あの男は。

 ドライアイスの煙にレーザーライトを当てると影が幻想的に出てカッコいいんだよ、なんて話はどこかでした気がする。するけどさ。

 それを自前の魔力と魔法で全部やってんじゃねえよ! お前アホだろエイダ、入場で魔力の大盤振る舞いって、これから試合なんだぞ⁉


「さあ、中央闘技場が誇る大型戦奴が入場した! 相手にとって不足はない!」


 ようやく気を取り直したのか、実況が張り切って選手紹介を再開する。

 会場はひんやりと静まり返ってしまったが、観客の気持ちは醒めてなどいない。ただ冷静になった。ここから何が起こるのか。どんな試合が見られるのか。期待はふくらみ、誰もが固唾を吞んで見守る。


「地下闘技場で知らぬ者はいない、この男!」


 エイダの対面、入場口にシルエットが現れる。こちらは演出もクソもないとばかりに、まっすぐに進んでくる。

 ときおり顔のあたりで光り輝いているのは、魔力光などではない。それは篝火の明かりに照らし出された歯……いや、“銀の牙”だったか。


「荒ぶる力で敵を薙ぎ倒し、中央闘技場での死闘でも勝利を収めた! いまだ公式戦無敗を誇る、我らが絶対勝者!」


 エイダの前に姿を現した大男は、満面の笑みで牙を剝く。

 俺が腕と引き換えに砕いた顎と歯はリニューアルされ、体格もずいぶんとスケールアップしたようだ。これは期待できそう……


「オサーン! “野獣ザ・ビースト”!」


「ハッハアァーッ! お前を頭から、嚙みちぎってやるぜえええええェ……ッ‼」


 ……いや、なんかキャラまで変わってねえか⁉

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