第24話 vsプライド to プライド

 この世界に来て疑問に思ったことのひとつだ。言葉が通じる理由。

 俺がしゃべれるのは日本語と片言の英語だけなのに、この世界の言葉はそのどちらでもなさそう。なのに通じるのは、俺の話したことが何らかの不思議な力で翻訳されているようだ。

 いまも、俺の観客扇動マイクに大歓声が上がっているのだけれども。


 “ひよこ”“雛”を意味する“チック”には、“若造”“お嬢さん”という意味もある。“孵化する”“殻を破る”という意味の“ハッチアウト”にも“コソコソしてないで出てこい”というようなニュアンスが……あるとかないとか。英語は詳しくないので知らんが。

 そもそも口下手で片言の牛山バフさんが、アメリカのリングで吠えるようなマイクアピールをしたことから盛り上がったというのがデカいんだろうけどな。


「「「ひよこユー・チック! ひよこユー・チック! ひよこユー・チック!」」」


 めっちゃ盛り上がってるな、観客席。言葉の意味がわかって言ってんのかはわからんが、オサーンをヤジっていることはビシビシに伝わってくる。

 もちろん、本人にもだ。


「がああぁッ!」


 まっすぐ突っ込んできたオサーンは直前でさらに姿勢を下げ、俺の腹めがけて全力のタックルを食らわしてきた。

 バロンのように腰を引いて耐えガブる手もあるが、体重差で止められない。フロント・ネックロックにキャッチしたが勢いは止まらず、それならいっそのこと、と俺は後方に大きく飛んで背を逸らした。


 突っ込んできた勢いをそのままに、渾身のジャンピングDDT。俺の小脇に抱えられたオサーンの頭が、鈍い音を立てて石造りの床に叩き付けられる。


「やッ、べ……」


 あまりの突進力とパワーを前に、手加減している余裕がなかった。確保ロックした腕は直前に解いたが、さすがに殺したんじゃないかと心配になって審判員より前にオサーンの顔を覗き込む。


「おい、だいじょ……」

「があああぁッ!」


 唸り声を上げて振り払われた。ひでえ。生きてるなら何よりだ。タフだね、しかし。

 とはいえ……見た感じオサーンはしばらく動けそうにない。横目で審判員を見るが、試合を止めるどころか状態を調べる気すらないようだ。


「おいおいおーい! 地下闘技場の戦奴ってのは、そんなもんかーい?」


 大袈裟にアピールしながら、観客席を盛り上げて間を持たせる。オサーンは……立ち上がろうとはしてるが、まだちょっと無理そう。


「「「ハーッチアウッでてこい! ハーッチアウッでてこい! ハーッチアウッでてこい!」」」


 観客の皆さん、盛り上がってる。こんな序盤で終わりなんてのは許せないんだろう。それはわかる。まだ試合開始から十分やそこらだもんな。

 オサーンが立ち上がってこられなかったら俺のせいだ。すまん。


「オーサーン! オーサーン!」


 お。オサーン派がいる。オッズ高い方に賭けたか、地下闘技場からのファンか。どっちにしろ良いことだ。中央闘技場の真っ只中で、堂々と敵を応援するその心意気、俺は好きだぜ。

 声のしたエリアを指さし、手拍子と身振りで煽る。もっと、もっとだ。


「「オーサーン! オーサーン‼」」


 そうだ。そんなもんじゃねえだろ。もっといるだろ。敵地アウェーに乗り込んできた勇気ある戦奴を。応援してやりたいって思ってる観客がいるだろ。

 元いた世界で“インディーからの刺客”としてメジャーのリングに上がったとき。嵐のようなブーイングのなか、必死に叫んでるファンの声に救われた。絶対に無様な真似は見せないって、全身の血が沸き上がるような気がしたんだ。


「「「オーサーン‼ オーサーン‼」」

「「「ファイアボー‼ ファイアボー‼ ファイアボー‼」」」


 それは大きな波になって、うねりながら高まってゆく。


「「「おおおおおおおおおおぉ……ッ‼」」」


 大歓声に振り返ると、頭を押さえたオサーンが膝をついていた。俺を睨みつけ、立ち上がろうとしている。しっかりとした視線で、ふらつきもない。大丈夫だと思いたいが、たぶん頭部への追加ダメージは避けた方がいい。


「オサーン! 戦闘可能か!」


 いまごろ確認しに来た審判員を、オサーンは目も向けずに振り払う。

 俺とエイダの試合で訊かれたのは、“戦闘不能か”だったな。闘技場の期待値が変わったのがわかる。いまは短時間での決着を望んでいないわけだ。


「「「オーサーン‼ オーサーン‼」」


 試合開始地点で低く身構えたオサーンは、形相が変わっていた。全身から気迫が感じられる。無気力試合をしていたところとは、まるで別人だ。


「ここからだ」


 “地下闘技場の壊し屋”は、ボソッと吐き捨てると俺にだけ見えるくらい小さく、笑った。

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