第26話 vsそれぞれの理想

 ――すげえ。こいつ、ホントすげぇよ。


 オサーンと組み合うたび、打ち合うたびに俺は驚きと喜びに震えた。

 押せば押すだけ、新たな引き出しが。扉が。どんどん開いてく。プロレスラーの俺とも、野生の狩猟本能ナチュラルなエイダとも違う。純粋に戦奴としての闘いで身につけ、研ぎ澄ませてきた技と勘と駆け引きだ。なんでもありセメントの格闘家として生きてきた証。それはあまりにストイックで、刹那的な輝きに心が奪われる。


「しッ!」


 踏み込みざまの、突き刺すような蹴り。なんとかかわしたものの、蹴り足のキャッチは失敗した。

 威力も凄まじいが、驚くべきは腰の強さだ。重心が上下に動かず、正面からでは動作の開始タイミングが読めん。


 振り抜かれる拳をギリギリで避ける。

 オサーンの攻撃には緩急がない。派手さは皆無で魅せる要素に欠ける。イチかゼロか、全力か無か。コンビネーションもフェイントも最低限。叩き潰すための打撃。捻り潰すための組み技だ。そりゃ当たれば倒れるだろうし、組まれたら押し込まれるだろうが。


 だとしても、もったいない。もったいないぞ、これ!


 単調なのはともかく。あまりに動作が速すぎ、鋭すぎ、短すぎる。広いスタジアムのなかで、こいつの動きが視認できている観客は一割もいない。オサーンの戦略かけひきの上手さと技の凄さが理解できているものなど、さらにその一割以下だ。

 殺し合い壊し合いなら、それでも構わん。とはいえ……


「なにやってんだーッ! さっさと倒しちまえー!」


 こうなるわけだ。そらそうだ。見えてないし理解していなければ、俺たちの攻防はチョコチョコした膠着状態としか……下手すりゃ手抜きとしか思われない。


 シュールなボケにはヌルめのツッコミが必要なように。この手の天才肌や職人肌には。誰にでもわかりやすく翻訳し提示するプレゼンターが必要なのだ。

 俺にはいささか荷が重いが。やるしかない。俺は胸元に拡声魔道具が仕込まれているらしい審判員に近付いて、大声で叫ぶ。


「おいおい、おぉーい! オサァーン! いつまでグズグズしてるつもり、だァ?」

「あ?」

「この栄えあるゥ! 中央闘技場の大舞台でェ! ビビっちまってるのは、わかるがなァ!」


 大袈裟な身振りでアピールしながら、俺は観客の目とオサーンのヘイトを引き付ける。ウザ絡み風の口調で挑発しながら、虚勢を張る小物を演じる。

 興味と興奮を煽り立てると、ダレ始めた空気がしだいに熱を帯び始める。


「さあ、来いよッ! 俺はッ! ようやく、あったまってきたところだぜェ!」


 実は、体力の限界が近付いてる。立ち上がりで飛ばし過ぎた。ペース配分というのは元いた世界からついて回る、俺の弱点のひとつだ。

 見映えのするハッタリ技で一時的な体力回復ブレイクを行うか。ゆっくり大きく肩を回しながら、右腕に炎をまとわせる。


「ファイアボールに、焦が、れろホぉッ!」


 一瞬、何が起きたかわからなかった。


 呆気なく吹っ飛ばされた俺は十メートル近くも転がって跳ね回り、ド派手に逆立ち状態からパタリと崩れ落ちた。なんだ、いまの。無防備な胸板に攻撃を受けたのはわかる。蹴りか拳かを喰らわせてきたんだろう。

 自分のおこした炎で視界を遮られていたのもある。他人の見せ場を邪魔しない不文律きまりに慣れてしまったせいもある。

 それよりなにより、単に攻撃が速すぎて見えなかった。


「……ふん」


 小馬鹿にして鼻で笑うオサーン。そこにわずかな喜びが含まれているのを、俺は敏感に感じ取った。

 相手を壊したいなら。確実に迅速に潰したいなら。攻撃部位に胸板は選ばない。

 眉間、鼻、アゴ、喉、鳩尾みぞおち、金的、肝臓レバー、ヒザ、スネ。正面だけでも一撃で行動不能にできる急所は大量にある。

 あいつの攻撃精度で、“外した”なんてことは、あり得ない。転がっている俺に追撃を加えないことも。

 意思表示だ。あいつは。


“目覚めた”


「「「ファイアボー! ファイアボー! ファイアボー!」」」


 そこでようやく、満場の歓声に気付く。彼らは待ってる。心から、願っている。俺が立ち上がるのを。地下闘技場からの刺客を返り討ちにするのを。そして。


「「「オーサーン‼ オーサーン‼」」


 彼らは祈っている。敵地に挑んだ自分たちの代表選手が、勝利をもぎ取るのを。グンサーンなかまの仇を取るのを。

 両者の声援が波のように打ち寄せ、俺とオサーンの背を押す。転がった俺は、ゆっくりと膝立ちになる。


「おおおおおおおぉ……ッ!」


 立ち上がった俺は、片手を上げてアピールをする。

 手を出せと。力比べをしてやろうと。遥かに体格で勝るオサーンは、逃げるわけにはいかない。不意打ちで攻撃するというのも、この期に及んでは利が薄い。そう理解したのだろう。オサーンは向き合って、手を伸ばしてきた。

 でもお前、わかってるか? その考え方が既に、プロレスラーになってるんだってことを。


 まずは俺の左手と自分の右手。自分の左手と俺の右手。手のひらを付け指を組み合ったフィンガーロック状態になったところから、お互いに全力で締め上げる。


「「……ッ!」」


 体力はともかく体格体重で倍近いオサーンと俺が、互角以上にせめぎ合っていることに観客席からどよめきが上がる。

 指の締めと手首の極め、肘の絞りと腰の据え。体重差や体格差を埋める技術は、ある。問題はそれが、いつでも、いつまでも使えるものではないということだ。

 オサーンは呆気なく読み取って即座に対処してきた。指の間を締められ、手首の極めを解かれた。肘と腰だけで倍の体重は抑え込めない。逆に指を組み合ったままリフトされ、曲芸のサルみたいに手のひらで倒立させられた。


「うっそだろオイ……ちょッ!」


 こいつ、思ッきり叩き付けようとしてやがる! さすがにそれはシャレならん。手加減しようがするまいが、両腕ロックされてたら受け身も取れん。二メーター越えの高さからコンクリ並みの床に叩き付けられたら死ぬ。

 咄嗟に振り払おうとしたが指がロックされて外れない。膝を抱えるように身を丸めて、両足で顔面を蹴り飛ばす。勢いのままムーンサルトで着地したとき、観客席から拍手喝采が沸き起こった。


 危ッぶねえ。口輪なしのクマと踊らされてる気分だ。試合の組み立てはグダグダで、段取りもボロボロだ。客受けしたから結果オーライ、とはいえは切れっぱなしで盛り返す手が思いつかん。

 渾身の蹴りが顔を直撃したオサーンは目が飛び、膝が笑ってる。ここから上手く負けられる未来が見えん。


「こっからァ! こっからだろおォ! なあ、オーサーンッ!」

「ぐッ、あぁッ!」


 互いに吠えながら近付いて、仕切り直しの組み合いロックアップ。投げ・締め・関節技に流れるためのものだが、いまは単なる間つなぎブレイクだ。息を整えながら、オサーンの状態を確認する。

 目には、光が戻った。押し引きする腕にも腰にも、まだ力がある。興奮してはいるが、理性は保ってる。誇りもだ。


「まだ、やれるか」


 小さく掛けた俺の声に、オサーンは目を細める。

 真意を探るような、獲物を品定めするような、そしてどこか面白がるような視線。肉食獣のような顔がクシャリと笑みを浮かべた瞬間、視界が反転した。

 転がった床の感触で、自分が倒れているのがわかる。ビンタを食らったんだと、しばらくして気付いた。


 ああ、くそッ。立ち上がろうとするが、膝が派手に笑ってる。耳鳴りと声援が混じり合って、轟々と響き渡る。まるで嵐のなかにでもいるようだ。

 頭をつかまれ、引きずり起される。


「まだ、やれるか? お嬢さん?」


 仕返しのつもりか、執事でも演じているような舐めた態度で身体の埃を払われた。こいつ、急に馴染んできやがった。

 その大袈裟なアピールを見て、“地下闘技場ファン”が大歓声を上げる。


「覚えておけ」


 オサーンは犬歯キバを剝き、獰猛な笑みを浮かべた。


「オレが勝ったら! 中央闘技場を、乗っ取る!」


 こいつ、こんなキャラだっけか? あるいは、役割と空気に引っ張られた結果か。

 リングという舞台では、ときに演じているのか本気なのか、自分でも境目が曖昧になる。


「好きにしろよ」


 やれるもんならな。俺は笑みを浮かべてトントンと足を踏み鳴らした。

 まだ動く。まだやれる。やれるが、もうチョイ回復の時間が欲しい。


中央闘技場おれたちトップ選手てっぺんは、もっと強ぇぞ?」

「笑わせるな。あの曲芸かるわざ野郎が、強い?」

「……ったく、わかってねえな。賭け札みいりのためにあれだけできる奴が、地下闘技場おまえらんとこで何人いるよ?」


 急に素に戻ったみたいに、オサーンの目から光が消える。興奮が、感情が消える。能面のような顔が歪み、押し殺された思いがちらつく。


「オレたち地下闘技場の戦いに、児戯あそびは不要だ」

「だろうな。だからグンサーンは負けた。売り上げでも、人気でも、試合でもだ」

「ふざけるなッ!」


 怒りを込めたストレートパンチを、俺は真っすぐに額で受け止める。ドゴンと鈍い音がして、観客席が沸き立つ。そのままニヤリと笑ってやったが、オサーンは怯みもせず睨みつけてきた。

 エイダとの試合でも思ったが、これは演出効果と比較しても対価がデカすぎるな。インパクトの位置はズラしたものの、ぜったい脳細胞がゴッソリ死んだ。

 クラクラしてしばらく動けん。ごまかすため俺は両手を天に向けて、ゆっくりと広げた。タフさを見せびらかすように、さらなる歓声と手拍子を煽る。


「お前こそ、覚えておけ。俺が勝ったら」


 静かに重心を掛けて、額で拳を押し込む。二倍はある体重差を、気迫で下がらせる。視界のチカチカした星の向こうで、オサーンが顔を歪めるのが見えた。


「お前をもらう」

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