第4話 夢
入口の方は結構朽ちていたけれど、祭壇がある祈りの間らしい部屋はあまり傷んでいなかった。
でも見たところここはアルムストレイム教の神殿ではなく、違う神を祀っている神殿に見える。
「何の神様を祀っていたんだろう……」
今でこそ、アルムストレイム教が世界中で信仰されているけれど、昔はもっと多種多様な神様がいたと聞いた事がある。だからここもそんな神様の一柱を祀っていたのかもしれない。
この祈りの間は広くて野営にちょうど良かったけれど、流石に祭壇のある場所で泊まるわけには行かず、入口近くで設営をする事になった。
外で設営するよりかなり楽に設営することが出来たからか、皆んな体力が余っていたようで、ご飯を食べた後もずっと騒いでいる。
私は孤児院での生活が身に染みているので、食事の片付けをした後は早々に休ませて貰うことにした。
皆んなが火を囲んでいるところから少し離れた場所に寝床を確保する。それでも皆んなの会話はよく聞こえ、今は国の情勢について語り合っているようだった。
「そういや今日、王太子殿下が神殿に行ったんだって?」
「ああ、そうらしいな。礼拝じゃなくて視察みたいだけどな」
「王太子殿下と言えば、宮中の人間から恐れられてるって噂らしいけど、そんなに怖い方なのかねぇ」
「上に立つ人間なら怖いぐらいが丁度良いんじゃねぇか?」
「そう言えば、最近帝国から飛竜を賜ったんだって?」
「へえ! 貴重な飛竜を賜るなんて凄いじゃないか!」
「この国の王太子と帝国の皇太子は友人の間柄らしいからな」
「帝国みたいな超大国と友好的な関係を築けるのはいいことだよな」
「違いねぇ!」
(……王太子殿下か……お昼に神殿で会った人だよね……顔は見えなかったけれど、佇まいからして格好良かったような気がする……)
商隊の人達の話を聞いている内にうとうとと微睡んで、段々睡魔がやって来た。頭がぼんやりとして思考が纏まらない。いつもなら眠っている時間だから、体内時計が働いてくれたのだろう。
──そうして、にぎやかな声が聞こえてくるにも関わらず、私は深い眠りについたのだった。
* * * * * *
暗い空間の中で、私は一人佇んでいた。
周りには誰にもいなくて、私は一人ぼっちだった。
一人はとても寂しくて、誰かいないかと探し回ったけれど、
いくら探し続けても私は一人ぼっちのままだった。
誰かに側にいて欲しくて、一人は嫌だと泣きかけた時、
キラキラ輝くものが現れた。
それは金色に光っていて、とても綺麗だった。
私が恐る恐る近づくと、その光は人の形に変化した。
金色の光は輝く髪となり、金色の髪の下からは
とても綺麗な顔が覗いている。
そして、閉じていた目が開くと……
そこには、紅玉のような、宝石みたいな美しい瞳があった。
──なんて綺麗な色なんだろう。
澄んだ紅い色の瞳に、魂が引き込まれそうになった時、意識が急激に引っ張られるような感覚がして目が覚めた。
「────あれ?」
目を開けて見えたのは白い天井で、ああ、そう言えば神殿跡で野宿したんだっけ……と、昨日の出来事を思い出す。
(何だか変な夢を見たような……えっと、何だっけ……? あ、そうそう! 凄くきれいな目をした人の夢だ……)
だけどあまりにも鮮烈な金色の髪と紅い瞳に気を取られてしまったからか、夢の人の顔が全く思い出せない。
(綺麗な人だっていうのは覚えてるんだけどなあ……勿体ないことをしちゃったな)
夢で見た綺麗な人を想像しようにも、想像力が貧困な私にはきっと無理だろう。
まだ頭はふわふわしているけれど、取り敢えず朝の準備をしようと思い身体を起こす。
商隊の人達はまだ眠っているようなので、起こさないように神殿跡から外に出てみることにした。
雨がやんだ空は澄んだ朝焼け色で、今日の天気はとても良さそうだと予想する。
昨日は雨が降っていたし、薄暗かったから気付かなかったけれど、入り口の周りには色とりどりの可愛い花が沢山咲いていた。
「わあ……! ここってこんな綺麗な場所だったんだ」
どんな神様を祀っているか分からないけれど、私は神殿の祭壇に花を飾ってあげようと数本の花を束ねる。
そして神殿内に戻り、祭壇に花を添えようとして、ふと思い付く。
(あ、ついでに軽く掃除しておこうっと)
職業柄、祭壇の汚れが気になった私はいつものように掃除を始める。
降り積もった埃を払い、商隊の荷物にある掃除道具を借りて、祭壇周りを掃き清めていく。
祭壇がある祈りの間はそんなに広くないので、掃除はあっという間に終わらせることが出来た。
綺麗になった祭壇に私が満足していると、エリーさんがやってきた。
「あらあら、すごく綺麗になったじゃない! サラちゃん随分早く起きたのね 偉いわあ!」
「いつも起きている時間なので習慣づいちゃって、目が覚めてしまうんです」
「孤児院を一人で切り盛りしているんでしょう? 身体は大丈夫なの?」
エリーさんが私を気遣ってくれる気持ちが有り難い。確かに一人では限界があるから、誰か手伝ってくれる人がいればいいけれど……。お給金なんて払えないから、結局私が頑張るしか無いのだ。
「出来る範囲で頑張ります。心配してくれて有難うございます」
「本当に偉いわね……。サラちゃんを育ててくれた祭司さんは人格者だったのね」
「はい! すごく優しくて厳しい人でしたよ」
今回は会いに行けるような余裕が無かったけれど、今度王都に行くときは必ず会いに行こう。
「信仰熱心な方だったのでしょうね。だからサラちゃんもこの祭壇を綺麗にしたのね」
「祭壇が汚れていると気になって、つい体が動いてしまうんです」
「フフフ、わかるわぁ。そう言えばこの神殿は何の神様を祀っているの?」
「それなんですけど、私にもよく分からなくて。アルムストレイム教の神殿で無いことは確かなんですけど」
ソリヤの神殿とはまた違った様式の祭壇だから、別の神様だろうとエリーさんに伝えると、エリーさんの顔が少し真剣になる。
「どこかの国で聞いた話かは忘れちゃったけど、昔は悪魔を祀っていた神殿が存在したらしいのよ。そこで夜な夜な怪しい儀式を行ったりしてね。若い女性が何人も犠牲になったって噂があるの。もしかしてこの神殿がその悪魔を崇拝していた場所の可能性が……」
エリーさんの話を聞いてギョッとする。悪魔を信仰するなんて、とても正気の沙汰じゃない。
悪魔信仰について詳しく知らないけれど、悪魔を崇拝して悪の力を利用し世界を滅ぼそうとか企むのだろう。生きていると辛いことや悲しいこともあるから、この世を憎む気持ちもわかるけど、世界を滅ぼした後はどうするんだろうと思う。
滅んだ世界で生き残って幸せになれるのかな? 文明が滅んだら自分たちも不便になるのでは? 農家の人がいなくなったらご飯どうするんだろう……。
そんな事を考えていたら、エリーさんが慌てた様子で声を掛けて来た。
「サラちゃん! ごめんなさい! そんなに怖がるなんて思わなかったの! もうここから出ましょう? ね?」
どうやら私はエリーさんを勘違いさせてしまったらしい。ただ考え事をしていただけなのに申し訳ない気持ちになる。
祈りの間から出た私達は、一緒に朝ごはんの準備をすることにした。
商隊の人たちも起きてきて、皆んなで朝ごはんを食べたら早々に出発だそうだ。
そうして野営の片付けをして準備を終わらせると、再び荷馬車に乗り込んだ。
私は小さくなっていく神殿跡を眺めながら、子供達の待つ孤児院へと、思いを馳せるのだった。
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