第5話 贈り物

 雨宿りした神殿跡から出発し、もう一泊山の中で野宿してからソリヤの街に着いた。


「サラちゃん、どうも有難うね。お料理とっても美味しかったわ」


「こちらこそ、同行させていただき有難うございました! とても助かりました」


 同行させて貰った商隊の人たちとはここでお別れだ。エリーさんにはとても良くして貰ったから、お別れするのがすごく寂しい。


「またソリヤの街に立ち寄ったら、サラちゃんのいる孤児院を訪ねてみるわね」


「本当ですか!? 嬉しいです! いつでも遊びに来てくださいね。子供達もお客さんが好きなので喜びます!」


 エリーさんと再会を約束して商隊の人たちへ挨拶を終わらせると、私は急いで孤児院へ戻った。

 孤児院を出た時は小さなカバン一つだけだったけれど、今はエリーさんのご厚意で子供達のお土産にとお菓子を頂いている。子供達はきっと……いや、絶対大喜びだろう。

 エリーさんが孤児院に来てくれたら、精一杯のおもてなしをさせていただこう。


 私はエリーさんや子供達の笑顔を思い浮かべながら歩く。孤児院は街の外れにあるから結構な距離を歩かないといけないけれど、上機嫌でふわふわとした気持ちになった私の足取りは、旅の疲れを感じさせないぐらいに軽かった。


 心地よい風を感じながらしばらく歩くと、慣れ親しんだ孤児院が見えてきた。

 子供達が元気に遊んでいるのが遠目でもよく分かる。


(ふふっ、元気そうで良かった……! この光景、何だか随分久しぶりに感じるなあ)


 往復で五日ほどの旅だったけれど、こんなに長く子供達と離れるのは初めてだったので、何ヶ月も会っていないような気になってしまう。


「あ! サラちゃんだー!!」


「ホントだー! 帰って来た!!」


「サラ姉ちゃんおかえりー!!」


「おかえりー!!」


 初めに気づいた子を筆頭に、子供達が次々と駆け出してきて私に抱きついてくる。私が帰ったことを喜んでくれる子供達の姿に心が癒やされる。


「皆んなただいま! いい子にしてた? って、あれ……?」


 子供達の様子がいつもと違うことに気が付き驚いていると、私にしがみついていた男の子、トニーがニコニコと笑顔で言った。


「サラねーちゃん、新しい服を有難う!」


「あのね、今日起きたらね、まくらのところにお洋服がおいてあったのよ」


「サラちゃんが神殿の人に頼んでくれたんだよね? 全員の分あったよ。サイズもピッタリだよ」


 子供達が言う通り、子供達の服はまるで誂えたかのようにぴったりで、ほつれたところが見当たらない新品の、とても良い生地で作られたものだった。


(……え? 一体どういう事……? 神殿本部では全然話を聞いて貰えなかったのに……)


 私が驚きのあまり固まっていると、孤児院の建物から子供達の面倒を見てくれていたアンネ婦人がやって来た。


「おやおや、サラちゃん大変だったねぇ。長旅で疲れただろう? 早く中に入ってゆっくり休みな」


「アンネさん、子供達の面倒を見てくれて有難うございました。それで、あの、子供達の服は一体誰が……」


 私の質問に、アンネさんが不思議そうな顔をする。


「あの子らの服は、朝起きたらいつの間にか枕元にあったらしくてね。一体誰が置いたのかは分からないみたいだけど……サラちゃんが神殿本部に進言してくれたんじゃないのかい?」


「え、えっと……」


 神殿本部で門前払いのような扱いを受けたことを、子供達の前では流石に言えないな、と思い口籠っていると、「まあまあ、取り敢えず中に入りな。話はお茶を飲みながらしようじゃないか」とアンネさんに言われ、それもそうかと中に入る。


 自分の部屋に戻りいつもの巫女服に着替えると、エリーさんから貰ったお土産のお菓子を持って食堂へ向かう。


(そろそろおやつの時間だったし、ちょうど良かった)


 エリーさんがくれたのは、ドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキだった。貰った時、結構ずっしりとしていたので、これは何のお菓子だろうと不思議に思っていたのだ。


(ドライフルーツがいっぱい……! こんな高価そうなものだったなんて……!)


 お酒に漬けられたフルーツで生地がしっとりとしたパウンドケーキを人数分切り分ける。バターとフルーツの甘い香りが食堂中に広がって、その芳醇であろう様子に子供達が期待の眼差しで見ている。そして切り分けたパウンドケーキをお皿に載せて子供達に配って行くと、きゃーきゃーと歓声が上がる。


「はいはーい! いただく前のお祈りをするよー! ちゃんと感謝の気持を込めてお祈りしてねー!」


「「「はーい!」」」


 子供達は今すぐ食べたいのを我慢してお祈りする。一瞬の沈黙が訪れた後、子供達の嬉しそうな声が食堂中に響き渡る。


「おいしーい!」


「甘いねぇ」


「木の実も入ってるよー!」


 いろんな種類のドライフルーツとナッツが入っているから、子供達は何が入っているのか探しながら食べている。隣の子と比べあったり自慢しあったりと、とても楽しそうだ。


 子供達の満足そうな顔を見た後に一切れ食べてみると、ドライフルーツと木の実がふんだんに使われている、とても美味しいお菓子だった。

 ネルシュ酒がなじんだ生地はしっとり香り高く、ひと口ごとに変わるフルーツの味わいや、ナッツの歯応えが楽しめた。


 ちなみにネルシュ酒は酒と名前が付いているけど、子供達にも食べさせて大丈夫な風味付け用のお酒なので、飲んでも酔っ払うことはない。


(これ、すごく美味しい……! 世の中には美味しいお菓子がたくさんあるんだなあ……)


 商隊の隊長である旦那さんと一緒に世界中を旅しているエリーさんはきっと、凄い物知りなんだろうな、と思う。好きな人と世界中を回るなんて、大変そうだけどとても楽しそう。


「こりゃ、随分良いお菓子を貰ったねぇ。これをくれた人は余程サラちゃんを気に入ってくれたんだねぇ」


 パウンドケーキを食べていたアンネさんが感嘆のため息を漏らす。


「それはそうと、神殿本部で何があったんだい? あたしで良ければ話を聞くよ」


 アンネさんに促された私は、神殿本部であったことをすべて打ち明けてみた。私の話を聞いたアンネさんが司教や付き人にすごく怒ってくれたので、私の心の中にあった怒りや悔しさがだんだん消えて行くのがわかる。


「話を聞いてくれて有難うございます。吐き出せてスッキリしました」


 付き人さんに話した時も思ったけれど、やっぱり嫌な気持ちを心の中に溜め込んでおくのはダメだな、と実感する。


「でも、聞いた限りじゃ子供達の服をくれたのはその司祭達じゃ無さそうだねぇ」


「……はい、私もそう思います」


 神殿本部から何かを送ってこられた時は必ず受け取りのサインをしなければならない。だからまだ文字がろくに書けない子供達が受け取れるわけがないのだ。

 それに、もしあの後ツルッとした司祭が服を用意してくれたとしても、私が帰るより先に孤児院に届くなんてありえない。

 最速の運搬方法だと言われている飛竜便を使えば可能だろうけど、飛竜便は貴族や王族が使うようなもので、凄くお金がかかる。そんなお金があったら服どころか人数分のベッドだってシーツだって何でも揃ってしまう。

 あの司教に限らず、清貧を尊ぶアルムストレイム教の司教がそんな事をするとは思えない。


(……じゃあ、一体誰が服を? 誰かが寄付をしてくれたのかな? それともお爺ちゃんにお世話になった人からのお礼の品……?)


 いくら考えても服を贈ってくれた人に心当たりがない。昨日の夜にこっそりと……昨日、ねぇ。


 昨日は祭壇の掃除に献花してから神殿跡を出発してひたすら山道を進んでいたっけ。


(もしかして、祭壇の掃除とお花のお礼に神様が贈ってくれたなんて……そんなわけ無いか)


 結局思い当たる人がいなかったので、しばらく様子を見てみようと言う話になり、自宅に帰るアンネさんにお世話になったお礼を伝えると、いつもの日常に戻る。


(明日からまた大変な日々を送るのか……でも、一旦は服の心配がなくなったから、しばらくは平穏に過ごせるかな)


 ──なんて、その時はのんきに思っていたけれど、その日から私の平和な日常は崩れ去ることになる。

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