37 決別

 トルスティ大司教から、オーケリエルム大神殿の巫女にならないかと打診され、お爺ちゃんの謎が明かされようとしたその時、何者かが小神殿の扉を吹き飛ばした。


 一瞬エルが助けに来てくれたのかと思ったけれど、私の目の前に現れたのは、一年間安否が分からず心配していた人で──私が会いたいと願っていた人だった。


「──お、おじ……い、ちゃ……?」


「おう! 一年振りだな、サラ。見ない内に随分綺麗になったな! 驚いたぞ!」


 ずっと会いたかったお爺ちゃんの姿を見た途端、今まで我慢していた色んな感情が溢れ出して、私の涙腺が決壊する。


「お、お爺ぢゃ〜〜〜ん!! ゔあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜ん!!」


 どうやら自分が思うより遥かに追い詰められていたらしい。私は泣きながらお爺ちゃんにぎゅっと抱きついた。


「サラには沢山苦労をかけちまって悪かったな。もう大丈夫だからな」


 お爺ちゃんは号泣する私を優しく抱きしめると、よしよしと頭を撫でてくれる。だけどその行為でより一層私は泣いてしまう。


(孤児院の子供達ですらこんなガン泣きなんてした事ないのに……!)


 ──お爺ちゃんがここにいる……! やっと会えた……! と思うと、安堵と怒りと喜びがぐちゃぐちゃに混ざりあって、感情のコントロールが出来ずに私は泣く事しか出来ない。


「大人っぽくなったと思ったら中身は変わらないな〜。この甘えん坊め〜〜!」


 ぎゅうぎゅう抱きついて離れない私をお爺ちゃんがからかうけれど、その声はデレデレですごく嬉しそうだ。


「──まさか貴方のそんな表情が見られるとは……驚きました」


 私達の様子をずっと観察していたらしいトルスティ大司教は、心底驚いている。


「感動の再会を邪魔すんな! お前らさっさと出ていけ!」


 乱入して来たのはお爺ちゃんなのに、司教達をしっしと追い払う。


「それは出来ませんね。今私はサラさんをオーケリエルム大神殿の巫女にならないかと勧誘しているところなのですよ」


「はあっ!? 何言ってんだてめぇ!! 勝手にサラを勧誘すんな!!」


 お爺ちゃんがトルスティ大司教の言葉に噛み付くけれど、田舎の司祭が王都の大司教に対する態度にはとても見えない。


「それにサラが苦労したのはお前のせいだからな? 俺がサラを泣かせた人間を許すと思っているのか?」


 お爺ちゃんに抱きついたままの私にお爺ちゃんの顔は見えないけれど、怒気を孕んだ低い声に、周りから息を呑む気配が伝わってくる。


「……っ、どうか怒りをお収め下さい。ならばサラさんとご一緒に本国へお戻りいただくのは? そうすれば今までのお詫びも兼ねて、サラさんには最上の待遇を──」


「黙れ」


 トルスティ大司教の言葉をお爺ちゃんが切り捨てた。

 大司教はお爺ちゃんを本国へ連れて行こうと必死のようだけれど、その行為はより一層お爺ちゃんの怒りを買うことになってしまう。


「サラは本国へは行かせない──」


 お爺ちゃんはかなりお怒りのようで、心なしかお爺ちゃんを中心に大気が震えている……ような気がする。


「……っ、」


「ひっ!?」


「あ、あわ……!」


 司教達は皆んな、お爺ちゃんの威圧にも似た怒りを含んだ眼光に腰を抜かしてしまう。だけど流石というべきか、トルスティ大司教だけは持ち堪えたらしく、辛うじて立っている。


「お前は忘れてるようだが、俺は司祭を退くためにここに来たんだ。それに王宮が児童養護施設事業を始めたのなら、もう神殿に関わる必要も無くなるしな」


「し、しかし……っ! 貴方ほどの人が、どうして地位を捨ててまでこんな──!?」


 司祭を辞めると言うお爺ちゃんに、トルスティ大司教が必死に縋ろうとしたけれど、お爺ちゃんが放つ威圧と鋭い眼光に言葉を詰まらせる。

 これ以上発言するのは危険だと理解したのかもしれない。


 ピリピリと緊迫した雰囲気が小神殿に流れる中、何やら神殿の外が騒がしい事に気付く。


「サラッ!!」


「えっ!? エル!?」


 引き止めようとした修道士を押し退けて小神殿に駆け込んで来たのは、慌てた様子のエルだった。


 エルは私の顔を見るとほっとした表情を浮かべた。けれど、私と一緒にいる人物──お爺ちゃんに目を止めると、何かに気付いたような表情をした後、キリッと真剣な顔になる。


「……えっとね、この人が私を育ててくれたお爺ちゃんだよ! エルも心配してくれてたよね! お陰様で無事に再会出来たんだ! 本当に有難う!」


 変な雰囲気を払拭しようと思ったら、何だかわざとらしくなってしまったけれど、私の意図を汲み取ってくれたのだろう、エルがふっと表情を和らげる。


「──そうですか、無事に再会出来て良かったです」


 私とエルが微笑みあっていると、お爺ちゃんがエルに向かって頭を下げて膝を付き、臣下の礼を執った。


 お爺ちゃんのそんな様子に驚いたのは、エルでも私でもなく……。


「……!? シュルヴェステル様!? 一体何を……!!」


 驚愕の表情を浮かべているトルスティ大司教を無視し、お爺ちゃんはエルに礼を執り続ける。

 エルが王族だからか、お爺ちゃんは自分から声を掛けようとせず、エルから声を掛けられるのをじっと待っているようだ。


(……っていうか、お爺ちゃんの名前ってシュルヴェステルっていうんだ……初めて知ったよ……)


 そう言えば今までお爺ちゃんとか司祭様としか呼んでこなかった。……お爺ちゃんも何も言わなかったし……。


「どうか顔を上げて下さい。貴方はシュルヴェステルという名前なのですね。私はどのように呼べばいいですか?」


「恐れ入ります。私の事は『シス』とお呼び下さい」


「ではシス殿、もう礼を執らなくても結構ですよ。そして発言を許します。これからも私に遠慮せず、気軽に話しかけて下さい」


 エルから立ち上がる許可を貰ったお爺ちゃんだけれど、何故か礼を執ったまま立ち上がろうとしない。


「私には身に余る光栄ではありますが、是非とも王太子殿下にお礼をお伝えしたく、発言させていただきます」


「聞きましょう」


「発言の許可をいただき有難うございます。今回の件は自分が至らないばかりに、サラや孤児院の子供達に大変辛い思いをさせてしまいました。しかも援助を止められ、冬も越せない状況だった孤児院を殿下が救って下さったとお聞きしました」


 お爺ちゃんの言葉に、エルはじっと耳を傾けている。


「もし大切な子供達に万が一の事が起こっていたのなら、私は後悔と自責の念で命を断っていた事でしょう」


「……っ!?」


 私はお爺ちゃんの言葉に息をのむ。

 トルスティ大司教もその言葉の意味を理解したのか、真っ青な顔をしている。

 何故なら、聖職者が犯してはいけない禁忌事項の一つが自殺だからだ。


「しかし、殿下のおかげで最悪の事態は免れました。そんな私と子供達の恩人である王太子殿下に──エデルトルート・ダールクヴィスト・サロライネン様に、不肖シュルヴェステル・ラディム・セーデルフェルトは一生の忠誠を誓います」


 私はまるで騎士の誓いのような宣誓をしたお爺ちゃんに度肝を抜かれてしまう。

 エルも同じように驚いたようで、目を見開いて驚いている。


 ──だけど、私達より遥かに驚いていたのは、やはりというか何と言うかトルスティ大司教で、お爺ちゃんの行動に驚愕の表情を浮がべ絶句している。


「……!! シュルヴェステル様……!!! し、正気ですか!? 何故貴方が忌み子に忠誠を誓われるのですか!!! 今すぐ取り消して下さい!!! 貴方のその力は教皇様にこそ捧げるべきだ!!!」


 ショックから我を取り戻したトルスティ大司教が必死に抗議の声を上げる。


「──黙れ。お前ごときが俺の誓いを冒涜するな」


 お爺ちゃんの怒りが籠もった一声に、トルスティ大司教はついに腰を抜かしてしまう。


 顔色を失いつつも大人しくなったトルスティ大司教を一瞥したエルが、腰に下げていた剣を引き抜き、平らな面を上にしてお爺ちゃんの肩に乗せた。


「そなたの忠誠を受け取ろう。これからは我が忠臣となり一生涯尽くして貰うぞ」


「御心のままに」


 いつも敬語のエルが王太子モードの口調になっている。それだけこの誓いは重みがあるのだろう。


 いきなりの展開に頭がついていけないけれど、誓いを経たエルとお爺ちゃんが正式に主従の関係になったのだけはわかった。


「では、僕は外で待っていますから、最後の挨拶を終わらせて来て下さい」


「有難うございます」


 お爺ちゃんに気を遣ったのだろう、剣を収めたエルが小神殿から出ていった。


 そうして、一通りの通過儀礼を終わらせたお爺ちゃんは、屈めていた身体を起こして立ち上がると、腰を抜かしたままのトルスティ大司教の方へ向かった。


「教皇以外の人間に忠誠を誓った俺は、アルムストレイム教から破門されるんだよな? いくらお前が手を尽くしたところで、俺は法国の地に足を踏み入れることは二度と出来ない」


「あ……貴方は……そこまでして……!」


「──そして俺の庇護下にあったサラと子供達も同様だ。もう二度と俺達に関わるな」


 私は二人の会話を聞いて、お爺ちゃんがソリヤに帰って来られなかったのは、トルスティ大司教がお爺ちゃんを何としても法国に連れ戻したかったからだと理解した。


 お爺ちゃんが法国でどのような地位にいたのか分からないけれど、トルスティ大司教の態度からかなり重要な役職に就いていたのかもしれない。


 だけどお爺ちゃんはその地位を捨ててまで私達を選んでくれたのだ。それも確実に法国──アルムストレイム教と決別する方法で。


 神殿の神の御前で、大司教と司教達が見ている中、王国王太子に忠誠を誓った事実は、どう足掻いても覆すことは出来ない。


「わ、私はただ貴方の為に……!」


「お前が俺の為を思って行動してくれていたのはわかっている。その点については感謝しよう。だが、俺には聖下への忠誠心は一切残っていない。……聖下はやり過ぎたんだ」


「そ、そんな……」


 これ以上何も言う事は無いと思ったのだろう、がっくりと項垂れたトルスティ大司教に背を向けたお爺ちゃんが私の方へ帰ってくる。


「待たせたな、サラ」


 先程までの凄みが無くなり、すっかりいつもの調子に戻ったお爺ちゃんが、私に笑顔を見せる。


 この短い時間で、私は今まで知らなかったお爺ちゃんの顔を沢山見ることになった。


 私は未だにお爺ちゃんの過去を、名前以外何も知らないけれど──それでも、一緒に過ごしてきた時間の中で、お爺ちゃんの優しさや厳しさ、温かさを沢山知っている──ならば、今の私にはそれだけで十分だ。


「──うん! 早く子供達の処へ戻ろう! あ、今はね、離宮に住んでいるんだ! すごく豪華でお爺ちゃん驚くかも!」


「そうかそうか。そりゃ楽しみだな! でもな、俺がいた部屋も凄かったぞ!」


「むう! でもでも、離宮の直ぐ側に森があって、すっごく広くてね──……」


 ──まるで一年間の空白を埋めるように、私とお爺ちゃんはずっと言葉を交わし続けた。

 そして二人一緒に、エルが待つ場所へと歩いて行ったのだった。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ

拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!(*´艸`*)

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