第30話 エルの過去(エル視点)
サロライネン王国の第一王子として生を享けた僕には膨大な魔力があった。
この世界で魔力は力の象徴だ。魔力量が多い=力を持っている事になる。
だから身分が低い者でも王宮騎士になれるし魔導師にもなれる。魔力量が多い人間は将来を約束された人間なのだ。
そういう意味で王族に生まれた僕の魔力量が多かったのは当然というべきか。
しかし王族の中には魔力量が少ない者も少なくなく、そんな王族は王位継承権を持っていたとしても順位を低くされてしまう。
それはこの国の国王は王族の中で一番魔力が多い者が選ばれる、という古い習わしがあるからだ。
正直今の時代にはそぐわない悪習だと思う。しかし国民にとっては愚王でなければ問題ないらしく、自分の国の国王の魔力が大きければ大きいほど尊敬の念を持つようだった。
第一王子で膨大な魔力量を持つ僕が王太子になるのは当然の結果だった。むしろ第二、第三王子でなくて良かったと思う。余計な争いをしなくて済むということは王宮が平和になるからだ。
だから誰もがこのまま僕が次期国王になると思っていた──だけど、そんな未来は僕が持つ属性のために揺らぐことになる。
一般的に八歳になった子供はアルムストレイム教の神殿で属性判定の儀を執り行うことになっている。それは自身の持つ力を正しき方向へ導くために必要だから、という名目であるけれど、本当は聖属性を持つ人間を探すためなのだ、と後から知った。
よく考えれば属性判定の儀を行わなくても、生活している内に属性なんて自然と分かるものなのだ。だけど、もしかすると秘められた属性があるかもしれない──そんな期待から、人々は属性判定の儀を受けるのだ。中には成長するにつれ属性が変化する者もいる。実際それで二重属性だったと判明した例もある。
そして王族は特例として一般の国民と違い、生まれてすぐ属性判定の儀を行う。
これは巨大な魔力を早く制御出来るようにするための措置でもあった。
膨大な魔力を生まれながらに宿していた僕の属性はすぐに判定された。その結果、僕の持つ属性は『闇』と判明する。
この結果に国王や王妃、王宮の重鎮たちは大いに驚いた。王族が持つ属性としてこれほどふさわしくないものは無いからだ。
王族の持つ属性として一番尊ばれるものは光属性だ。四大属性より希少というのも理由の一つとなっている。
現国王も光属性の持ち主だったので、僕も光属性だろうと期待がかかっていたのかもしれない。僕が闇属性と判明した後の王宮はそれはもう灯火が無くなったかのように暗かったという。
属性が判明してからというもの、王宮内では王位継承についての議論が絶え間なく続けられるようになる。
いくら魔力が多くても闇属性の王子は国王に相応しくない、という意見と古の慣習に従い魔力量で国王を選ぶべきだ、という意見で王宮が真っ二つに割れてしまったのだ。
そんな王宮の現状を一番悲しんだのは僕ではなく、生みの親である母──王妃だった。
高位貴族の令嬢だった母は穏やかな性格で、争いごとを好まない大人しい人だった。正直王妃としての器はなかったけれど、国王である父に見初められて王妃に迎え入れられたのだ。
だからそんな大人しく繊細な母が、王宮の状況に胸を痛めていたのは当然のことで。
それでも母は僕を宮中の悪意から守ってくれた。闇属性でも関係ないと、「エデルトルートが生まれて来てくれて嬉しいわ」と言って抱きしめてくれたのだ。
だけど敬虔なアルムストレイム教の信徒であった母は、神殿の人間から闇属性は忌むべきものと聞かされ続け、同時に謂れもない噂が流れたこともあって、全ては自分のせいだと思い込むようになり、しばらくして精神を病んでしまったのだ。
──今思えば僕のアルムストレイム教嫌いはこれがきっかけだったのかもしれない。
僕はなるべく怖がられないようにと、人と接する時はいつも敬語で話すように心がけた。いつしかそれが癖になり定着してしまったけれど、何故か神殿関係者には自然と敬語抜きで話せてしまうのは、彼らに敬意など微塵も持ち合わせていないからだろう。
精神を病んでしまった母は体力も衰え、次第に床に臥せる事が多くなっていった。
そして毎日お見舞いに行く僕に、母は何度も謝罪の言葉を言い続ける。
「闇属性に産んでしまってごめんなさい」
「闇属性を持ってしまったばっかりに、忌み子と蔑まれてしまう」
「せめて私と同じ水属性なら良かったのに」
「全て私が悪いの──ごめんなさい、ごめんなさい。こんなお母様を許して……」
まるで呪詛のように浴びせ続けられる言葉に、自分もいっそ病んでしまいたいと思うようになるのは仕方がないと思う。
だけど僕はそんな環境にいても病むことはなかった。いっそ病んでしまった方が楽になれると思ったけれど──病むことが出来なかったのだ。
闇属性は主に生物の精神に関わる属性だ。そんな属性を持つが故に自己防衛本能が働いたのかもしれない。皮肉なことに、闇属性のおかげで僕の精神は安定し続けることが出来たのだ。
──その事に気づいた僕は思いつく。闇魔法で母の精神を安定させれば良いのだ、と。
それからの僕は時間を見付けては王宮にある図書館へ足を運び、闇魔法について勉強しだした。希少な属性のため、余り研究が進んでいないらしく本の数は少なかったけれど、それでも何も知らないよりは遥かにマシだった。
そうして勉強によって得た知識により、母の精神は安定を見せる。だけどそれすら畏怖の対象になるなんて思いもよらなかった。
徐々に回復を見せる母に喜ぶ者もいたけれど、中には興味本位に僕が精神操作を行い母を操っていると噂する者もいた。そんな噂がいつしか悪意を持って宮中を駆け巡るようになり、気が付けば僕は闇魔法で人々を思い通りに操る王子──『紅眼の悪魔』として恐れられるようになる。
──今から考えれば、そんな噂を流したのは神殿関係者だったのだと思う。
アルムストレイム教の総本山である法国はこの国、サロライネン王国の弱体化を狙っていたのだ──神殿関係者の影響力を高めるために。
だから王宮の中で意見が対立するように仕向け、王族の地位低下を目論んだのだろう。
だけどこの国はまだマシな方だ。アルムストレイム教を国教としている国々はその殆どが法国の支配下にあると言っても過言ではない。
過去にはアルムストレイム教の国教指定を取り消そうとした国もあったが、尽く失敗している。それほどまでにアルムストレイム教の権力が絶大なのだ。
世界中で神の名のもとに威光を振りまく法国だけど、中にはその威光が届かない国がまだ幾つか残っている。その国とは帝国、魔導国、獣王国だ。
中でも超大国である帝国はこのサロライネン王国にとって、地理的にも経済的にも重要な隣国だった。
思い通りにならない帝国を法国が良く思うはずがなく、帝国との関係を見直すようにと再三忠告を受けた。普通であればとんでもない越権行為なのだが、法国にはそれを従わるほどの力があったのもまた事実で。だけどそんな法国の思惑は外れることになる。
──何故なら、僕と帝国皇太子レオンハルトが意気投合し、友人となったからだ。
レオンハルトも法国の有り様に嫌悪感を抱いており、僕と考え方が一致したのもある。僕の属性についても「俺、光属性だし丁度いいじゃん! 光と闇のコンビって格好良くね?」とすんなりと受け入れてくれた。帝国には闇属性はただ珍しい属性という認識しかなく、法国のように忌むべきモノという考えがなかったのだ。
そしてレオンハルト自身も、帝国の始祖と同じ黒髪を持って生まれたために法国から「忌み子」と蔑称で呼ばれているのでかなり憤慨しているようだった。
僕とレオンハルトが仲良くなると、国同士の関係も良好となり貿易も活発となった。サロライネン王国の経済も成長していき、今では商業の盛んな国として著しい発展を見せている。国民の暮らしも豊かになり、帝国との友好な関係は大歓迎されるようになった。
目覚ましく発展していくサロライネン王国を面白く思わない法国は、今度は宮中の重鎮達を懐柔しアルムストレイム教を国教にしろと迫ってくるようになった。帝国との分断は無駄だと諦めたのだろう。
その頃の僕には信頼できる仲間達がいて、その誰もがアルムストレイム教に危機感を持っていた。だからアルムストレイム教の国教化を阻止しようと皆で対策を考え、まずは神殿内部の状況を把握しようと、仲間の一人であるヴィクトルを筆頭に何人かの信頼できる人間に王都の神殿本部へ潜入して貰うことになった。
──まさかそれがきっかけでサラ──唯一無二の存在に出会うことになるなんて、その時の僕は予想だにしていなかったのだ。
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