第29話 変化

 離宮で暮らすようになってから一週間が過ぎた。離宮での生活はとても快適で、孤児だからと冷遇されたらどうしようなんて考えた自分が恥ずかしいぐらいだった。


 子供達は二人で一部屋使用でき、ベッドも二段ベッドだけれど一人ひとりにベッドを与えて貰った。

 食事の方もとても美味しく栄養バランスが採れたメニューが中心で、育ち盛りの子供達に配慮してくれているのが良くわかる。


 ただ、今まで全員で身体を寄せ合って眠っていたからか、一人で寝るのが怖い子が何人かいて、そういう子は私の部屋で慣れるまで一緒に眠ってあげている。


 ちなみにエル──エデルトルート殿下は私達が到着した次の日に来てくれた。


「こんにちは。遠い所からお越し下さり有難うございます。長旅でお疲れではないですか?」


「あっ! エル……エデルトルート殿下、この度はこのような素敵な場所に滞在させていただき有難うございます。おかげさまでゆっくり休むことが出来ました」


 もう孤児院じゃないし、人の目もあるので今まで通り気軽に接する訳にはいかないと思い、失礼な言葉遣いにならないように精一杯頑張ってみた。


「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。もっと気軽に接していただけたら嬉しいです」


「勿体ないお言葉有難うございます。ですがそのような事は──」


 気軽にと言われても、庶民の巫女見習いである私が王太子殿下にタメ口を叩けるはずもなく、丁寧にお断りしようと思っていたら、エルを見たことがあるエイミーが彼に気付いてしまった。


「あっ! 絵本と服をくれたきれいなお兄さん!」


 エイミーは嬉しそうな顔をしてエルに駆け寄ってきた。


「きれいなお兄さん、お菓子おいしかったよ! ありがとうね!」


「喜んでもらえて僕も嬉しいです。絵本はどうでしたか?」


「頑張って文字を覚えて読んだの! とても面白かったよ! 全部読んじゃったよ!」


「それはすごいですね。では、また新しい本をプレゼントしないといけませんね」


「本当!? 嬉しい! きれいなお兄さん有難う!」


 エルとエイミーの会話を聞いた子供達も集まって来た。

 そしてエルを取り囲むと、それぞれが思い思いに話しかけるのでカオスな状態に。


「服をくれた人? 本当に?」


「プレゼント有難う! 朝起きたら枕の横に置いてあって驚いたよ!」


「どんな人が来るのか見たくて、頑張って起きてても、いつの間にか寝ちゃうの!」


「いつ来てるの? やっぱり夜中? いつ寝てるの?」


 子供達がエルを質問攻めにしている。今までずっと謎だったもんね。そりゃ気になるよねぇ。


「えっと、プレゼントを用意したのは僕ですが、配ってくれているのは僕の部下達ですよ。隠れるのがとても上手なんです。交代して配っているので、ちゃんと寝ていますよ」


 エルが丁寧に答えると、子供達は「すごぉーい!」「全然気付かなかったー!」「かくれんぼが上手なのね」とエルとその部下さん達を絶賛する。


「きれいなお兄さん、今日は髪が金色なのね。とてもきれい!」


 黒髪バージョンのエルを知っているエイミーがニコニコと笑顔で言うと、子供達も賛同するようにエルを褒めちぎる。


「ホント、キラキラしてお日様みたい!」


「背も高くてかっこいい! 俺もかっこよくなりたい!」


「絵本に出てくる王子様みたいね!」


「ホントだ! 王子様みたいだ! 剣使えるの? 強い?」


 次から次へと子供達から話しかけられ、エルが困ってしまっている。


(ありゃりゃ。そう言えば子供達はエルが本物の王子様だって知らないんだっけ)


 ──ふっふっふ。どうやら子供達に真実を教えてあげる時が来たようだ。


「はいはーい! 皆んな嬉しいのは分かるけど、ちょっと落ち着こっか。それにまだちゃんと挨拶できていないよ?」


 私が声を掛けると、子供達も挨拶をしていないことに気付いたらしく、「あっ!」「本当だ!」と慌てている。

 私は子供達が静かになったタイミングを見計らってエルを紹介した。


「じゃあ、改めて紹介するね。こちらの方はこの国の第一王子であらせられるエデルトルート殿下です! そして実は! 皆んなに服や絵本を贈ってくれていたサンタ様の正体がエデルトルート殿下だったのです!」


 私の重大発表(?)に子供達が「ええ!! 王子様!?」「すごい……! 本物だ……!」「サンタさま……!」と驚きの声を上げている。


 子供達からキラキラと尊敬の目を向けられ、エルがすごく戸惑っている。そんな様子に、今までこんな目で見られた事がなかったのかもしれないな、と思う。


 ちなみにサンタというのは至上神のお手伝いをしている御使いの一人で、良い子達に祝福を与えてくれると言い伝えられている。


「じゃあ皆んなでエデルトルート殿下にお礼を言おうね!」


「「「どうもありがとう!」」」


 私が子供達を促すと、皆んなが一斉にエルへお礼を言った。

 そんな子供達にエルは微笑みながら子供達に返事をしたり頭を撫でたりと、とても優しく接してくれた。


 優しくてきれいなエルに子供達は物凄く懐いたようで、エルが仕事に戻る時は全員が寂しがり、中には泣き出してしまう子供もいた。


 エルは子供達に「時間が許す限り会いに来ますから」と約束してくれた後、名残惜しそうに帰っていった。

 エルも忙しいはずなのに、その気持ちがとても有難い。


 ようやく子供達にエルを紹介でき、お礼も言う事ができた私の気分はスッキリ爽快だ。何だかやりきった感が半端ない。


 そうしてエルが帰ってしばらく経った頃、私達の様子を見た離宮の人達がすごく驚いていた、とエリアナさんが嬉しそうに教えてくれた。


「殿下があんな優しいお顔をなさるなんて、噂を聞いていた人は夢にも思わなかったでしょうね」


 エルに対して「血も涙もない残虐非道な王太子」という悪い噂を吹聴されたせいで、今では王宮中の人がその噂を信じているらしい。


「今まで殿下はその噂のせいでずっと恐れられていたの。私や殿下の側近達がいくら否定しても信じて貰えなくて……」


 だけど子供達に微笑むエルの姿は、使用人達の誤解を解くには十分な効果があったそうだ。


「子供達と一緒にいる姿を見て貰えたら、殿下への誤解が解けて噂も無くなるかもしれないわ!」


 エリアナさんは王妃様の侍女をしていた時期があったらしく、エルの事を生まれた時からずっと見守っていたらしい。

 だからエルが噂のせいで恐れられているのが我慢できず、名誉挽回の機会をずっと伺っていたのだそうだ。


 私はエルが以前話してくれた時の事を思い出す。闇属性持ちだからと偏見の目で見られ、恐れられていると言っていたエルはすごく寂しそうだった。


「そういう事なら私もお手伝いします! 実際、子供達はエル……エデルトルート殿下が大好きですから!」


「まあ! なんて頼もしいのかしら! 可愛い味方ができて嬉しいわ!」


 もうエルのあんな壊れそうな笑顔を見たくない私は、エリアナさんと一緒にエルの悪い噂を払拭する為手を組むことにした。


 ──それは『エデルトルート殿下後援会』発足の歴史的瞬間であった。





 * * * * * *





 ──私達が離宮に来て一ヶ月が過ぎ、子供達もすっかり離宮に馴染んでそれぞれのベッドで眠れるようになった頃、王宮に変化が現れる。




「はーい皆んなー! 今日は王宮図書館に行く日です。王宮で働く人達の邪魔にならないようにお行儀よく出来るかな?」


 離宮にある本は限られていたし、絵本しかなかったこともあり、エルが特別に子供達に図書館の利用を許可してくれたのだ。

 今では週に一回、子供達と王宮の中にある図書館へ訪れている。


「「「はーい! できまーす!」」」


 王宮の前の広場に子供達の元気な声が響き渡る。すると、見回りしていた衛兵さんが子供達に気付いて声を掛けてくれる。


「おや、こんにちは。今日は図書館に行く日だったっけ?」


 王宮の衛兵さん達とは既に顔見知りになっていて、子供達もすっかり慣れている。


「こんにちは! そうなの! 今日は物語の続きを読むの!」


「僕は虫の本を読む!」


「お花の絵がいっぱいのっている本があるのよ」


 一度慣れてしまえばとても人懐っこくてすこぶる愛らしい子供達は、今や王宮で働く人間の癒しになっているとエリアナさんが教えてくれた。

 この衛兵さんも癒やされている一人なのだろう、いつもはキリッとしている顔がデレデレになっている。


 デレデレな衛兵さんに別れを告げ、同じように何人かの人と挨拶を交わした時、私は遠くの方でエルと部下さん達が歩いているのに気が付いた。

 キラキラと光る髪色はとても目立っていて、エルに気付いた子供達が大喜びで彼に向かって掛け出してしまう。


「あっ! 王子様だー!」


「ホントだ! 王子様ー!!」


「あ! こらっ!」


 駆け寄ってくる子供達に気付いたエルは、真面目な顔から一転、にっこりと笑顔になると、人差し指を口に当て、静かにするようにとジェスチャーした。


「王宮の中では走ったり大声を出してはいけませんよ。皆さん仕事をしているので静かにして下さいね」


 エルの話を聞いた子供達は口に両手を当ててコクコクと頷いている。そんな仕草やエルの言うことを素直に聞いている姿はとても愛らしい。

 だけど子供達にほっこりしている場合じゃない。このままでは子供達をちゃんと見ていなかったのかとエルや部下さん達から注意を受けてしまう。


「殿下、私の不注意でお騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした!」


 もしかすると王宮への立ち入りを禁止されてしまうかもしれない、と思った私は誠心誠意謝罪する。子供達は王宮に来るのを凄く楽しみにしているので、立入禁止だけは避けたいのだ。


「大丈夫ですから、頭を上げて下さい。子供達が元気いっぱいなのは良い事ですし、それに今僕が言ったこともちゃんと守ってくれると思いますし……」


 エルの言葉に、子供達が慌てて「約束守る!」「もううるさくしないよ!」「ごめんなさい、王子様に会えてうれしかったの!」と口々に言い募る。


 一生懸命話す子供達にエルは「怒っていませんよ。大丈夫ですから」と優しく言い含めている。

 そんなエルの姿は慈愛に溢れ、キレイな見た目と相まってとても神々しく見える。


(……ああ、眼福……)


 いつもキリッとしたエルと子供達を可愛がるエルとのギャップに、私はドキドキしっぱなしだ。どんどんエルを好きな気持ちが大きくなっていってとても困る。


 私でもこうなのに、年頃の令嬢や使用人がそんなエルを見たらきっと……一瞬で恋に落ちてしまうだろう。




 ──こうして、エルが優しく子供達に接する姿と子供達が懐いている様を見た王宮の人達は、徐々にエルに対する警戒を解いていった。

 その変化は次第に王宮中に広まっていき、エルを『紅眼の悪魔』と噂するのは最早神殿関係者だけとなったのだった。

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