第28話 お引越し
今日、私は孤児院の子供達と一緒に王宮の近くにあるという離宮へお引越しする。
子供達の物などはエルの部下さん達が荷造りをし、まとめて運んでくれるのでとても有難い。
そんなテキパキと働く部下さん達を小さい子供達が興味深そうに眺めている。
突然の事に初めは驚いていた子供達だったけれど、全員で引っ越すと言う事に安心したのか、反発もなく素直に離宮行きを承諾してくれた。
しばらくして部下さん達に慣れた子供達は自らお手伝いを申し出て、皆んなでワイワイと楽しそうに荷造りしている。
私は子供達が粗相しないか見守りながら、刺繍道具や少しの着替えなど必要な物を鞄に詰める。
王都まで三日程かかるので、子供達の面倒をみる合間に出来るだけ刺繍しようと考えているのだ。
(時間は有限だしね! それにエルへ贈るハンカチも刺繍したいし!)
急に決まった引っ越しだから、お世話になった婦人会のおばさま方へろくに挨拶が出来なかった事が心残りだけれど、もう帰って来られない訳じゃないし、児童養護施設の運営が落ち着いたら里帰りしようと思う。
ランベルト商会のナターリエさんへはお詫びのお手紙を書く事にする。可能であれば子供達のためにも貯金したいので刺繍の仕事は続けたい。
ちなみにお爺ちゃんがいなくなってからずっと空席だった司祭だけれど、エルの働きかけで神殿本部から派遣される事となった。
今まで私が何度お願いしても無視していたのに……権力って凄い。
ソリヤの街の門へと向かう途中、市場の近くを通りかかったので、馴染みの店主さん達にも挨拶をしておこうと思い、エルの部下さん達に馬車を停め待って貰えるようにお願いする。
「しばらくはこちらへお戻りになれないでしょうから、どうぞ行ってらして下さい」
「有難うございます! すぐ戻りますね!」
部下さん達のリーダーであるクレマンさんに許可を貰った私は急いで市場に向かう。
すると、私に気付いた店主のおじさんやおばさん達が次々と声を掛けてくれる。
「おう! サラちゃん久しぶりだな! 元気だったか?」
「この前は災難だったねぇ。でももう安心していいからね。テオはしばらくソリヤに帰って来ないから」
「そうそう、テオの奴なんかやらかして国境付近の一般兵として連れて行かれたってよ!」
「連れてったのが衛兵じゃなくて騎士団っていうのも凄いよな!」
私はおじさん達の会話を聞いて絶句する。こんなに噂が広まっているとは……商人ネットワーク恐ろしい。
(それって……やっぱり私との一件が原因だよね……)
テオが更迭された話はすでに街中の人間の知るところとなり、父親である領主も責任を取らされる事になったのだそうだ。
「近々新しい領主様がお越しになられるそうよ」
「今度の領主様は人格者らしいわ。これでサラちゃんの孤児院も大丈夫ね」
「そうそう、前の領主がわざと補助金を渡さなかったんだってなぁ。酷い奴だよなぁ」
まさかこのタイミングで環境に変化があるとは思わなかった。でも以前よりぐっと快適に住める街になるのなら、こんな嬉しいことはない。
「その事なんだけど……」
喜んでいる皆んなの前で王都行きを報告するのは水を差すようですごく心苦しいけれど、ちゃんと伝えなきゃお世話になった人達に不誠実だと思い直す。
「私と子供達は国の事業で王都に行く事になったんだ。急だけど、今日出発だからせめて挨拶しようと思って来たんだけど……」
タイミングが悪くて申し訳ないと思っていた私に、おじさんやおばさん達は一瞬驚いた後、自分の事のように喜んでくれた。
「ええっ!? 本当か!? そりゃ凄えな!」
「マジかよ! 国の事業に絡むなんて大したもんだ!」
「サラちゃんがいなくなったら寂しいけど、国が面倒を見てくれるのよね? なら安心だわ」
「テオがいなくなったってぇのに……若い男共が悔し涙を流すなあ、これは」
テオがいなくなって悔し涙を流す意味がわからないけれど、皆んな王都行きを祝ってくれて「ほら、これ旅の間に皆んなで食べろよ!」「これも持ってけ!」と、食べ物を沢山選別に貰った。
「皆んな有難うね! また落ち着いたら帰ってくるから! それまで元気でいてね!」
「おう、いつでも帰ってこいや!」
「王都の土産よろしくな! 待ってるぜ!」
──そうして、お別れの挨拶を終えた私は街の人達に見送られながら、生まれ育った街ソリヤを後にしたのだった。
* * * * * *
ソリヤの街を出て二日後、予定より早く私達は王都に到着した。
以前、エリーさんの商隊と同行させて貰った時は移動に三日程かかっていたけれど、今回は積荷が多くないからか、予想より遥かに高速で移動出来た。
しかもエルの部下さん達は遠征慣れしているのか、とても手際が良かった。そのおかげで時間短縮が出来たというのもあると思う。
孤児院の子供達はこの二日の間ですっかり部下さん達に懐いていて、休憩の時によく遊んで貰っていた。
こんなに長い距離を移動したことがない子供達だから、体調を壊してしまうんじゃないかと心配していたけれど、順応性が高かったのかみんな元気に王都入りをすることが出来た。
ソリヤの街とは比べ物にならない程発展している王都の街並みに、子供達は興奮しっぱなしだ。
「おお〜! すげー! 人がいっぱいだ!」
「わぁ……! 大きいお家ねぇ」
「あっ! あれ美味しそう!」
子供達の歓声を聞きながら街の様子を眺めているうちに、いつの間にか王宮に到着していた。初めて見る光景に夢中になっていたからか、時間があっという間に過ぎていたようだ。
(前回来た時は心に余裕がなかったし、神殿本部しか行かなかったからなぁ……)
立派で頑丈そうな城門の前で馬車の中から王宮を見上げる。青い空を背景に聳え立つ白亜の王宮はとても美しく、華麗な歴史の面影を残すその姿に思わず見惚れてしまう。
「うわぁ~~……本物のお城だぁ」
「絵本のお城にそっくりだねぇ」
「お姫様に会えるかなぁ」
小さい子供達が王宮を見て夢見心地で感動しているのとは対象的に、年長組の子供達は現在の状況に恐れ慄いている。
「サ、サラねーちゃん! 俺たち本当にこんなところに住むのかよ……!?」
「きっと中は高そうな物でいっぱいだよね……壊したらどうしよう……」
不安がる子供達を安心させようと、私はにっこり笑顔で言った。
「大丈夫大丈夫。私達が暮らす場所は王宮じゃなくて隣りにある離宮だから」
流石に王宮ほど豪華な作りじゃないだろうし、使っていない離宮だって言っていたからすごくボロボロかもしれないし。
離宮と聞いて少し安心したのか、子供達の不安が少し和らいだ。そこへ私達の入城手続きを終えたクレマンさんが駆け寄ってきた。
「手続きが終わりましたよ。さあ、皆さん中へどうぞ」
クレマンさんに導かれ、私達は城門をくぐる。綺麗に整えられた庭園を通り、お城の裏側をぐるっと周ると森があり、木々の間から青い屋根が見えた。
「森の中に屋根が見えるでしょう? あれがサラさん達が過ごされる離宮ですよ」
説明された離宮は王宮より大分こじんまりとしていた。それでも孤児院とは比べ物にならない程豪華な建物だった。
離宮の玄関ではお世話をしてくれる使用人さん達が並んで出迎えてくれた。
馬車から降りた私達も同じように並び、失礼の無いように挨拶をする。
「ソリヤ神殿から参りました巫女見習いのサラと申します。どうぞよろしくお願いいたします。さあ、皆んなもご挨拶しようか」
「「「みなさん、よろしくおねがいします!」」」
私が挨拶した後に子供達が一斉に挨拶をする。ここに来るまでに練習した成果が表れたようで、綺麗に声も揃っている。
(とても上手に挨拶できて偉いなぁ! あとでたくさん褒めてあげよう!)
「……! まあ、なんて愛らしい……!」
「まるで天使達ね!」
「孤児院の子供にしては躾が行き届いてない?」
使用人さん達が子供達の礼儀正しさに驚き感心している。私は子供達が誇らしく、心の中で自慢する。
(ふっふっふ……うちの子達は礼節も教えられてるからね! そんじょそこらの平民の子だと思ったら大間違いさ!)
お爺ちゃんは子供達に「相手に対する敬意や慎みの心」を教えていた。お爺ちゃんがいなくなってからは私が教えていたけれど、ちゃんと身についているようで安心する。
「まあまあ! なんて可愛らしいのかしら! 素敵な挨拶を有難う。私は王太子殿下からこの離宮の管理を任されているエリアナよ。皆さん、どうぞよろしくね」
そう言って微笑むエリアナさんは貫禄がある中年の女性で、とても優しそうな雰囲気の人だった。
「有難うございます。何かとお手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
私は改めてエリアナさんに挨拶をする。これからたくさん迷惑を掛けるだろるから、せめて第一印象は良くしておきたい。
「貴女がサラさんね……来てくれてとても嬉しいわ。困ったことがあったら何でも相談してね」
「有難うございます。とても心強いです」
エリアナさんの笑顔に、私達が来て本当に嬉しいという気持ちが伝わってくる。
一通りの挨拶が終わった後、エリアナさんが子供達に向かって声を掛けた。
「さあ、皆さん! 歓迎のパーティーを開きますから、中に入りましょう! ごちそうやお菓子が沢山ありますよ!」
「わあ……! パーティー? 本当!?」
「昨日から皆んなで準備していたんですよ」
「お菓子! お菓子があるの?」
「ケーキにクッキー、チョコレートなど沢山ありますよ」
「ごちそうってなあに?」
「あなた達に喜んでもらおうと心を込めて作ったお料理の事よ」
「わぁい! 本当? 嬉しい!」
パーティーの準備をしていてくれたとは全く思わなかった私はすごく驚いた。子供達なんて大はしゃぎで、きゃあきゃあ喜んでいる。
──そうして、無事王都に到着した私達は離宮の人達から温かい歓迎を受けた。
子供達もこれから始まる新しい生活を楽しみにしているようで、目をキラキラさせている。
私はそんな子供達の目が陰らないように、精一杯頑張ろうと思った。
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