第31話 サラとの出会い(エル視点)

 王都にあるアルムストレイム教の神殿本部に潜入している仲間達からの報告で、神殿内部の腐敗が次々と判明する。

 人々を正しき道へ導くべき聖職者の汚職は目に余るものではあったが、アルムストレイム教と決別するための根拠とするにしてはまだ不十分だった。このような問題はどこの国でも起こりうる内容だし、精々該当する者を降格させるか破門するなど、個人の処分で終わってしまう事がほとんどだからだ。


 自分達が望む物はアルムストレイム教の根底を揺るがすような、そんな情報だ。

 だけど今まで王室が放置していたせいもあり、腐敗が進んでしまっているのもまた事実なので、僕は視察という名目で神殿本部に足を運ぶ事にした。


 神殿本部内では王太子の視察が行われるということで一時騒然となったらしい。この何十年かの間、神殿内部に王族が洗礼以外で訪れることは無かったからだ。

 そんな神殿本部では都合の悪いものを隠蔽するために大忙しのようで、僕を迎え入れる準備と証拠の隠蔽を神殿本部総出で行っているらしい。


 そうして迎えた視察の日。

 神殿の人間に案内されて神殿へと向かっていると、花が咲き乱れる花壇のそばで何やら揉めている声が聞こえて来た。

 どうやら年若い巫女がバーバリ司教に何かを訴えているようだが、にべもなく断られている。


 何故か気になった僕が様子を見に近づくと、仲間のヴィクトルが司教の付き人としてその場にいた事に気付く。彼とは神殿内で接触はしたくなかったけれど、そのまま放置するのも不自然だったので一声掛けることにする。


「バーバリ司教、何を揉めている?」


「──!! で、殿下……!?」


 僕が声を掛けた事でバーバリ司教とその付き人達、巫女らしい少女が慌てて礼をする。


「先程言い争うような声がしたが何か問題でも? それとその少女は?」


「そ、その、この娘は巫女見習いでして、この忙しい時に相談を持ちかけて来たので、つい叱責してしまいまして……」


 巫女見習いが神殿本部の、ましてや最奥の神殿にいるのは不自然だった。この神殿は正式に認められた巫女でなければ立ち入りを禁じられているはずなのだ。

 ほぼ一般人と変わらない立場の彼女がそう簡単に入れる場所ではない。

 しかし頭を垂れて礼をとっている少女は、顔は分からないけれど隠密のような訓練された雰囲気でもない、普通の少女のように見える。

 たまたま迷い込んだだけなのかもしれないけれど、詳細は後でヴィクトルが報告してくれるだろうから、一旦少女のことは置いておくことにする。


「そうか……。私が突然視察をしたいと申し出たことで、司教が忙殺されているのだな」


「……!! い、いえ!! 決してそのようなことはありません!! その娘の話は後ほどゆっくり聞きますので、殿下はどうぞこちらへ……!」


 慌てたバーバリ司教に促され神殿内へと連れて行かれる時、気付かれないようにチラリと後ろを見てみると、ヴィクトルが巫女見習いの少女を何処かへ連れて行く姿が目に入る。

 些細なことでもいいので少女から何か情報を得られればと、その時の僕は軽い気持ちでいたのだが、後にその少女が重要な存在になるとは、その時の僕は全く予想していなかった。





 * * * * * *





 神殿の視察を終えた日の夜、ヴィクトル達と秘密裏に集まり情報の交換を行っていると、昼間に会った巫女見習いの少女の話題が出た。


「例の巫女見習いの少女ですが、私が話を伺ったところ、辺境のソリヤからわざわざ王都までやって来たらしく……その理由が資金援助だそうです」


 ヴィクトルが少女から根掘り葉掘り聞いた内容は、少女が暮らしている孤児院は長い間司祭が不在で、領民たちの寄付金や節約で何とか賄ってきたがもう限界であること、このままでは子供達に服すら買ってあげられないこと……等など、孤児院がどれだけ大変かという話だったそうだ。


「……それは神殿からの補助金や領主からの援助金が支給されていないということですか?」


「恐らく。彼女はサラという名前で、生まれた時から孤児院にいて司祭の手伝いをしていたそうです。その司祭が王都に行ったっきり帰って来ないらしく、今は一人で十人の子供達の面倒を見ながら内職しつつ、孤児院を支えているそうです」


「それはおかしいですね。本来なら孤児院が受け取るはずの給付が受けられていないなんて」


「それも神殿と領主両方からの分ですからね。彼女はそんな補助金の存在すら知らないようでした」


 ヴィクトルが言う通り、神殿からの補助金は領主を通して支払われている。だけどその少女──サラはその事を知らなかったから、領主のもとへ行かずこうして神殿本部を頼ってきたのだろう。


「なら、領主が着服している可能性がありますね。この領主も捜査対象のリストに入れて下さい」


 ……神殿本部以外にも調べないといけない案件が増えてしまったが仕方がない。


 そうしてヴィクトルから一通り話を聞いた僕は、まず子供達の服を贈ることにした。各サイズの服を用意し飛竜に乗せた僕は孤児院へと向かい、眠っている子供に合ったサイズの服を枕元へ置く。子供達はよく眠っているため、僕には全く気付かない。


 サラという少女が切り盛りしている孤児院は小さくて質素だが清潔感があり、よく手入れされていることが見て取れた。本人はまだ帰路の途中なのだろう、姿が見られないことを少し残念に思う。


 眠っている子供達を見ていると、中でも小さい女の子がボロボロの本を抱きしめながら眠っているのに気付く。もう何度も何度も繰り返し読んだ本のようだけど、きっとこの子にとって思い出の品なのだろうと予想がつく。

 そんな健気な女の子のために、明日は絵本を幾つか見繕って持って来ようと心に決める。


 ちなみにどうして僕がこんなまどろっこしいことをしているのかと言うと、特定の個人──この場合は孤児院だが、そこに支援したい場合は予算の申請をしなければならないので時間がかかってしまうのだ。そうなると支援が間に合わないかもしれない。

 だから今回は僕が持つ個人資産から援助金を出そうと決めたのだが、そうなると今度は敵対勢力に知られると不味い事になるので注意しなければならない。

 僕個人のお金をどう使おうが関係ないだろうに、奴らはそんな事お構いなしに攻め立て、僕を糾弾するだろう。

 そんな面倒事は御免だったのもあるが、本当は以前レオンハルトから聞いた異世界の聖人を真似てみたかったというのもある。

 異世界では神の使いが生誕した日、聖人が行いの良い子供達に秘密のプレゼントを贈る習慣があるそうだ。

 孤児院の話を聞いた僕はその異世界の習慣を思い出し、真似てみたいと思ったのだ。




 ──そして次の日、昨日と同じように子供達へ贈るために用意した本を幾つか持って孤児院へと向かう。


 陸路だと片道三日ほどの距離だけど、飛竜に乗ればその距離もたった一時間と少しで到着するからとても助かる。

 この飛竜はレオンハルトから譲って貰った希少な飛竜だ。鱗の色が黒なので夜に飛行してもほとんど目立たない。ついでに僕の髪の色も魔法で黒に変化させている。レオンハルトが普段変装用に使っている魔法を僕用にアレンジしたのだ。

 僕の髪の色は無駄にキラキラしているから、夜でも結構目立ってしまう。でもこの魔法のおかげで暗闇でも目立たず活動できるのでとても重宝している。


 孤児院に到着し、子供達に絵本を配り終えた僕は一旦外に出てからサラという少女の部屋と思われる窓をノックする。そうして窓が開かれて少女が顔を出したけれど、よく考えたらとても不用心だな、と自分のせいでもあるのに心配してしまう。


「こんばんは」


「ひ、ひえっ!?」


 なるべく驚かさないように配慮したつもりが結局驚かせてしまった。

 それから初めて正面からまともに見た彼女の姿に一瞬息を飲む。


 ──たった一人で子供達の面倒を見ているなんて……。なんて不憫なのだろうと、ヴィクトルから話を聞いた時はただの同情でしかなかった。


 だけど実際会ってみた彼女はそんな境遇でも明るく前向きで、慈悲深い少女だった。そして意外なことにとても綺麗な顔をしており、どことなく品の良さを感じる、不思議な雰囲気を持っていた。


 そんな彼女に惹かれる様になるまでそう時間は掛からないだろうな、と自分のことなのにまるで他人のように思ったのはきっと──彼女に、何か運命のようなものを感じたからかもしれない。

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