第26話 答え合わせ
いつも綺麗なエルだけど憑き物が落ちたような笑顔は本当に綺麗で、「こんな綺麗な人が存在するなんて神様はセンスが良いなぁ」なんて思いながら、彼との出逢いに感謝した。
「……? あれ?」
「どうかしましたか?」
エルとの出逢いを思い出そうとしてふと考える。てっきり廃神殿で会ったと思い込んでいたけど、それはエルが悪魔だと思っていたからで。
「私とエルが出逢った場所って……?」
私の突然の質問に、エルがキョトンとした表情をする。
「本神殿横の花壇ですよ。バーバリ司教と言い争っていましたよね?」
「そっちかーーーーーーっ!!」
エルが教えてくれた答えにショックを受ける。どうやら私は根本的なところから勘違いしていたらしい。
(だけどあの時のエルは王太子モードで金髪だったし、わかる訳ないよね! 後ろ姿しか見てなかったし!)
私は心の中で、誰に言うともなく必死に言い訳する。
エルが部屋から帰る時も突然姿が消えて驚いていたけれど、今から思えば飛竜に乗っていたからだったのだ。
そんな偶然が重なって……っていうか、勘違いが重なってエルの事を悪魔だと信じ込んでいたんだと思うと、恥ずかし過ぎていたたまれない気持ちになる。
(思い込みって恐ろしい……! これからはよく考えないと!)
「サラ? どこか具合でも悪いんですか?」
私が脳内で一人反省会をしていると、エルが心配そうに聞いてきた。
「ごめんごめん! ちょっと自分のバカさ加減に呆れたと言うか何というか……ごにょごにょ」
言い淀む私を見たエルはふっと笑うと、「貴方はとても賢いですよ」とフォローしてくれる。
(うーん、エルって良い人だよな。こんなに優しいのにどうして恐れられているんだろ?)
エルについて知らないことが多すぎると気付いた私は、この機会に今までの疑問を解消しようと思いつく。
「もう一つ聞いてもいい? 私、エルが神殿に閉じ込められたと思ってたんだけど、それはエルを悪魔だと思いこんでいたからなんだよね。でもそれが勘違いならエルはどうして神殿に閉じ込められたの?」
いくらアルムストレイム教の力が強いと言っても、一国の王太子を閉じ込めるなんて不敬罪になるんじゃないのかな。
「ああ、それは神殿からとある打診を受けたのですが、了承するまでは王宮に帰さないと足止めされていたのです。だから閉じ込められたと言うよりは軟禁に近いかもしれませんね」
「ええ……それもどうかと思うけど」
もしかして言うことを聞くまでは部屋から出さないってヤツ? まるで子供へのお仕置きみたいだな。幼稚というか何というか……。
「神殿からの打診は無視して帰りましたけどね。ただその件で大臣たちと揉めたり司教が怒鳴り込んで来たりと、対応に追われていたので中々こちらに顔を出せなかったのですよ」
「何だ、そうだったのか……もしかしてずっと閉じ込められていたのかと思ったよ」
だからエルが心配で早く助けに行かなきゃ! って焦ってたし。
「すごく心配してくれたんですね……嬉しいです。有難うございます」
エルがふんわりと微笑んだ。その笑顔からは嬉しいという感情が溢れていて、見ている私まで嬉しくなってしまいそうだ。
(うわー! 今までの笑顔も綺麗だったけど、笑顔の破壊力が更に進化している……!!)
エルのニコニコ顔がキラキラと眩しくて直視できない。闇属性なのにおかしいなあもう!
私はエルの笑顔に見惚れていたのを誤魔化すように話題を変える。
「えっと、私が闇属性の盗賊に拉致された時、どうして居場所がわかったの?」
あの時、エルが神殿にいたのなら、どうやって私が拐われたのを知ったのだろう……テオとのイザコザも知っていたし、悪魔の持つ超常的な力かな? って思っていたのに。
「それは、僕が部下達に孤児院を守るようにと命令していたのです。孤児院だけでなく、ソリヤの街にも部下達を潜り込ませて領主の動向を探っていたのですが──」
エル曰く、側近さんから孤児院に補助金が支払われていないと知り、領主の不正を部下達に探らせていたのだそうだ。その時、テオが闇組織に接触したのを知り、私に何かあればすぐに知らせるようにと連絡用の魔道具を渡していたらしい。
「離れた相手と連絡を取れる魔道具なんてあるの?」
「友人が開発中の魔道具なんですが、まだ試作品らしく、今はお試しで借りているんですよ」
エルの言う友人ってきっと、髪色を変える魔法を教えてくれた人なんだろう。
かなり魔法に精通してるみたいだし、すごく有名な魔導師に違いない。
それにしても孤児院に人を送っていたなんて……全然気付かなかった。
だけどエルはずっとそうして孤児院を守ってくれていたんだ。
「ありがとうね、エル。私達を守ってくれて」
「……いえ、僕が勝手にした事ですから」
にっこり笑った私にエルが微笑み返す。金の髪のせいか、いつもよりキラキラが多く目がチカチカしていた私はふと思い出す。
「……あ。そう言えばどうして荷物をまとめる必要があるの? それに子供達はどうすればいいの? まさか私だけを迎えに来た訳じゃないよね……?」
「ええ、もちろんです。その事についても説明しようと思っていたのですよ」
私はエルの言葉に安心した。
(そうだよね! 子供達にも優しくしてくれるエルが子供達を置いて行けと言う訳ないよね!)
ツルッとした司教とかテオみたいな子供達を蔑ろにする連中とエルは違うのだ。
「あくまで予想ですが、今回のように貴女と孤児院の子供達が神殿本部から介入を受けるかもしれません。そうなると司教達は貴女達を取引材料として利用しようとするでしょう。それを避けるためにも神殿本部との問題が解決するまで、孤児院の子供達全員を保護させて欲しいのです」
パザロフ司教の使いの人達が言っていたように、私とエルが懇意なのは今や神殿の人間に周知の事実となっているのだ。
(もしかして私達がエルの弱点だと思われてるのかな? そんな事はないと思うけど、用心するに越したことはない……よね)
「じゃあ、私達はどうなるの? 何処に連れて行かれるの?」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。サラと子供達には王宮に来ていただこうと思っているだけですから」
「そっか、それなら安心だ……って、え? ええーっ!? お、王宮!? ど、どうして!?」
こんな街外れの小さい孤児院の人間がいきなり王宮だなんて! あまりに予想外過ぎて驚いた。
「今まで孤児達はアルムストレイム教の神殿に併設されている孤児院で面倒を見ていたのですが、これからは国家事業として取り組んで行くべきだと議会に提案したのです」
エルの説明によると、今までは孤児をアルムストレイム教の神殿で引き取って貰い、助成金を払って育成を委託していたけれど、これからは神殿ではなく国が福祉事業の一環として運営しようと言う事になったのだそうだ。
「我が国の子供達を他国の宗教施設に預けるのは不自然ですから」
ずっと昔からそんな体制だったから、普通はそういうものだと思い込んでいたけれど、そう言われれば確かにおかしいもんね。
「この事業はサラの孤児院の一件があったからこうして形になったんですよ。この件をきっかけに他の孤児院に対して調査を行った結果、助成金や寄付金が十分行き渡っていなかった孤児院が幾つも見つかったんです」
「そうだったんだ……」
子供達に使われるはずのお金をネコババした奴らが他にもいたとは……! そんな人間達が為政者や聖職者だとは片腹痛い。
「ですので、国家事業として運営するに当たり、ソリヤの孤児達で試験的に孤児院──児童養護施設の運営を実施させていただく事になりました。その為にサラ達には王宮へお越しいただきたいのです」
王宮には現在使われていない離宮があるので、そこで子供達を預かるよう手配しているのだそうだ。
そして私と子供達を離宮に連れて行く手筈だったけれど、バザロフ司教の使いの人達が私を拉致したので予定がずれてしまったらしい。
「子供達の身の回りの物は部下達に纏めさせるつもりですが、貴女の物は……その、部下達に触れさせる訳にはいかないので……」
(あー、うん、そうだよね。一応私も年頃の女性ですしね。下着とか触られるのはちょっとなぁ……)
「なるほどね。色々疑問が解けて良かったよ」
子供達には明日の朝に事情を説明する事になった。私も寝る前に荷物を纏めないといけないな、と考えた時、お爺ちゃんを思い出した。
「エル、お爺ちゃん……司祭様が戻ってきた時、孤児院が空っぽだったら驚くと思うんだけど……どうしよう?」
もう一年以上も帰って来ないけど、元気にしているのかな……。お爺ちゃんの事だから大丈夫だとは思うけれど、もう歳だし。
「その事なのですが、ちょうどサラに伝えなければと思っていたのです」
「え……? エルはお爺ちゃんがどうしているか知っているの!?」
もしかしてエルの部下だと言う例の付き人さんが調べてくれたのだろうか。だとしたらとても嬉しい。会う機会があれば何としてもお礼を言いたい。
「ええ、神殿本部に潜り込ませている者の情報では、一年前から貴賓室に滞在している人物がいるとの事です。どうやらその人物がソリヤの司祭らしく」
「え、貴賓室? 引退した司祭用の施設じゃなくて?」
こんな小さい街の司祭が神殿本部の貴賓室にいるなんて驚いた。
「神殿本部の貴賓室はかなり地位が高い者でないと利用できないそうですね。その辺りの司祭や、それこそラキトフ神殿の司教でも利用不可でしょう」
司教区の司教でさえ利用できない貴賓室に一年以上も滞在しているなんて、お爺ちゃんってば一体何者なんだろう? 変わり者なのは知っているけれど。
(もしかしてあまりの居心地の良さに駄々こねて居座っているんじゃ……? お爺ちゃんなら有り得そう……)
だけど、いくら変わり者とは言え、子供達を放っておく程お爺ちゃんは薄情な人じゃない。それは育てられた私が一番良く知っている。
「部下達には引き続き調査するように命令しています。何か分かり次第サラにも教えますよ」
「……うん、ありがとう」
どうしてお爺ちゃんがそんな場所にいるか分からないけれど、とにかく無事らしいと分かっただけでも朗報だ。
私はお爺ちゃんと早く再会出来ますように、と心の中で祈った。
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