第25話 原始の属性

 ──エルが闇属性……。そう聞いた私は色々と納得する。


(あ、そっか。影から現れるとかまんま闇属性だ。今のイメージと違うからつい勘違いしちゃった)


 それにしても闇魔法って便利なんだなぁ……。この世界で闇属性を持っている人間って余りいないから、そんな使い方が出来るとは思わなかった。光属性のお友達もよくそんなことが思いつくよね。

 そんな希少な闇属性だけど、さっき見たエルの表情が気になった。

 アルムストレイム教では闇属性はどうしても忌避されがちだから、属性判定の時、神殿の人間に何か言われたのかもしれない。結構聖職者って無神経なところがあるしな。


「うーん、なるほど。闇属性で髪の色を変えているんだ……って、どうやって? 闇に染める……みたいな?」


 何だか一瞬分かったような気になっていたけれど、闇に染めるって何だ……自分で言ってて意味が分からない。

 そんな私のおバカな言葉に呆れたのか、エルがぽかんとした顔をする。この表情は結構レアかも。脳内に保存しておこう。


「──そうですね……簡単に説明すれば、ある物質に光が当たった時に特定の波長の光のみが反射します。その光の色が物体の色なんです」


 表情を戻したエルが説明してくれるけれど、簡単にって……自分にはサッパリ分からないのですが……。波長? 何だそれ。


「光が当たると色が分かりますよね。それは光を反射しているからです。ならば光を反射せずに吸収すればどうなるかと言うと、光がない夜と同じように色が分からくなります。そんな訳で、僕の魔法は髪に当たる光を闇魔法で吸収して黒く見せているのです」


「……なるほど? 分かったような分からないような……。まあとにかく光をどうにかして黒く見せてるんだ! 闇魔法って凄い! 何だかカッコいい!!」


 私は心から闇属性を称賛する。まだまだ魔法属性って研究の余地があるんだなぁ。


 そんな私の賞賛の言葉を聞いたエルは、驚いた表情のまま固まってしまっている。きっと神殿関係者から褒められたことがないからびっくりしたのだろう。


(法国でも闇属性って判明した人間は暗部に放り込まれるってお爺ちゃんが言っていたもんね。エルの様子からして、随分貶められていたんじゃないかなぁ……)


 本当にあの法国は変な固定観念を持っているから面倒くさい。時代は変化していくんだから、いつまでも古い因習にしがみつかなくてもいいのにね。


「貴女は、闇属性が怖くないんですか? この属性は精神に干渉出来るんですよ? 気付かない内に操られている可能性だってあるんです。だから闇属性は恐ろしいものだと昔から言われているのに──!」


 私を拐った盗賊のお頭も闇魔法の使い手で精神に干渉しようとしていたもんね。随分手慣れていたし、アレは確かに怖かった。今までかなりの人間をそうして操っていたのかもしれない。

 そしてやはり私の予想通り、エルは闇属性を持っていたために周りから恐れられる存在だったのだろう──そう思った時、ふと以前聞いた言葉を思い出す。


『王太子殿下と言えば、宮中の人間から恐れられてるって噂らしいけど、そんなに怖い方なのかねぇ』


 ──それは王都に行った帰り道、あの廃神殿で野宿した時に商隊の人達が交わしていた会話の一部で。


(ああ、そうか……。エルは神殿の人間だけじゃなく、王宮の人間にも恐れられていたんだ──……)


 エルが言った「王族にあるまじき属性」という言葉は、神殿の人間ではなく王宮の人間に言われた言葉なのだろう……って、神殿の人間がそう吹聴した可能性もあるけれど。


 きっとエルは私に闇属性だと知られたくなかったのだろう、と思う。その証拠に、エルの瞳には不安の色が滲んでいて、私に拒否されるのを恐れているように見える。私が都合よく解釈しているだけかもしれないけれど。


 ──だから私はちゃんとエルに自分の気持を伝えることにする。


「私はエルが闇属性でも全然怖くないよ。むしろ闇属性だったおかげで助けられたんだし」


 盗賊のお頭が張っていた結界はエルだから解除出来たのだ。基本の四大属性だったらあの結界は破られなかったと思う。そう考えたら闇属性ってひょっとして最強……?


「エルが助けに来てくれたから、テオの暴走を止められたんだし、本当に感謝しているよ。お礼が遅くなっちゃったけど、助けてくれて有難う」


 私はにっこりと微笑んでエルにお礼を言う。こういうのは態度で示さないと伝わらない時があるからだ。


 そんなエルは私の笑顔を見て戸惑っている。本当に私の言葉を信じて良いのかどうか迷っているようだ。


(うーん、これはかなり根が深い……。エルが自信を取り戻せるようになるまでかなり時間がかかりそうだなぁ)


 戸惑うエルに構わず私は言葉を紡ぐ。どうか私の気持ちが届くように、と。


「エルが信じてくれるまで何度でも言うよ。私は闇属性なんて怖くない。それに闇属性は光属性と共に<原始の属性>と言われるほど強い属性なんだよ? 何だか今は四大属性の方が上みたいな風潮だけどさ」


 この世界を作ったとされる至上神が『光あれ』と言われて光が生まれ、それと同時に闇も生まれた。光と闇は切っても切れない兄弟のような存在だ。……あ、姉妹でも良いな、うん。

 まあ、そんな訳で夜という闇があるから朝という光の存在が意義を成す。私達の生活だって光と闇があるから成立するのであって、どちらが欠けても駄目なのだ。


 だから「闇=悪」「光=善」という認識は間違っているのだけれど、結構誤解している人は未だに多いみたいだ……まあ、「穢れを纏う闇」みたいな悪しきモノの存在がいるから仕方ないんだけど。


「それに光属性でも四大属性でも悪になるよ? 魔法なんて使い方次第だし、使う人の性質によるんだから、闇属性だけが怖い存在じゃないって私は知っているよ」


 そう言えば少し前に何処かの国で光属性の令嬢が王族に魅了を掛けていた事が分かり大騒ぎになっていたっけ。本人は無意識だったらしいけれど、それでも断罪されてしまうのだ──使い方を間違ってしまったがために。


 エルは人格的にも問題ないだろうし、きっと間違った使い方なんてしない──私はそう信じられる。


「エルはこの国を大切に思っているんでしょ? 現に法国の奸計からこの国を守ろうと必死になってる。私のことも『大事な国民』って言ってくれたし。そんな人が魔法を悪いことに使うなんて思えない」


 それはさっき司祭から私を守ってくれた時の言葉だ。エルがそう思ってくれたから、私は連れて行かれずに済んだのだ。


「もし使うことがあるのなら、それはきっとこの国にとって大事なことだから……だよね?」


 私の問い掛けにエルはぐっと唇を噛みしめる。多分、思い当たることがあるのだろう。


「……貴女は、どこまで知っていてそんな事を……? 本当に巫女見習いなのですか? まるで──……!」


 何かを言いかけたエルが途中で言葉を濁しまう。何だか疑われているけれど、私は正真正銘の巫女見習いだ……って、自慢できる身分じゃないけれど。


「よく分かんないけど、私はれっきとした巫女見習いだよ? ここの司祭だったお爺ちゃんに育てられて、たくさんの事を教えて貰ったけどね」


 本当にお爺ちゃんには色んな事を教わった。アルムストレイム教の教義のことも、それ以外のことも……。


「ここにいらした司祭はとても博識な方なのですね……<原始の属性>なんて初めて聞きましたよ」


(そう言われるとお爺ちゃんて物知りだったなぁ。教えてくれたお話は教義の本にも書いて無いものが多かったような……。お爺ちゃんはどこでそんな知識を身に着けたんだろう?)


「お爺ちゃ……司祭様は色んな事を知っていたよ。凄く変な人だったらしいけれどね」


 街の人達はお爺ちゃんの事を変わり者だとよく言っていたけれど……でもそれは侮蔑でも何でもなく、尊敬の意を込めて言っていたのだと思う。


「そんな司祭様が言うんだし、実際わたしも目の当たりにしたけれど……何度でも言うよ。闇属性は怖くない。それは神様から与えられた贈り物なんだよ。だからエルが傷つく必要は無いんだよ」


 ──だから自信を持って。貴方はちゃんと神に愛されている。


 私が何度もしつこく励ましたからか、エルはまるで「困ったなぁ」とでも言いたそうな、そんな苦笑いを浮かべている。

 だけど、さっきまでの思いつめたような表情より、だいぶ明るさが戻った表情に、嬉しくなった私は自然と笑顔になる。


「──全く……貴女には敵いませんね」


 私の笑顔を見たエルがやれやれと言いたげに苦笑いを浮かべるけれど、その笑顔は先程の儚い笑顔ではなく、まるで憑き物が落ちたようにスッキリとした、彼の本当の笑顔だった。

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