第24話 エルの属性

 小さな孤児院の小さな部屋で、キラキラしい高貴なオーラを纏ったやんごとなき人物がまったりとお茶を飲んでいる。


 ……何というか場違い感が半端ない。


 この部屋で会う時はいつも黒かった髪の色が、金色になっただけでこうも雰囲気が変わるのか……と、エル──エデルトルート王太子殿下を観察しながら、私はお茶を飲んでいた。





 私がエルの飛竜に乗せて貰って孤児院に着いた時、子供達はぐっすり眠ったままだった。さすがは王家御用達の寝具達だ。子供達の睡眠をしっかりと守っていてくれたらしい。

 ここから私が連れ去られてかなりの時間が経ったような気がしていたけれど、どうやら実際は一時間ぐらいだったようだ。

 ちなみにエルから贈られた品の殆どは王家御用達か、それに準ずる高級な品々だったらしい。正体を明かしたエルに先程教えられた私が絶句したのは言うまでもない。


 私はこの質素な部屋すら高級宿の最上位部屋のような雰囲気に変えてしまっているエルを盗み見る。相変わらず綺麗な顔をしていて、髪の色との相乗効果につい見惚れてしまいそうになる。

 そんなエルに聞きたいことがあるけれど、聞いて良いのかどうか分からない私はさっきからエルをチラチラ見てしまっている。

 きっとエルも私の視線に気付いているだろうに、私から話すのを待っていてくれるのか、ずっと無言のままお茶を飲んでいる。


(このまま黙りっぱなしなのも時間の無駄だし、思い切って聞いちゃおう!)


 私は改めてエルと向かい合うため、姿勢を正し正面からエルを見据えた。


「エル、聞きたいことがあるんだけど……いい?」


「ええ、貴女からの質問には可能な限り答えさせていただきますよ」


 微笑みをたたえながらそう言ったエルの言葉に安心した私は、嫌がられそうだな、と思いつつ、ずっと気になっていた事を質問する。


「それでは遠慮なく。エルの名前のエデルトルートって女性名だよね? エルってもしかして性別も偽ってるの?」


 私のストレートな質問にエルがカップを落とし掛け、ガチャンと音を立てる。あ! そのカップも王家御用達……! 一瞬ヒビでも入ったかと思ったけれど、どうやら無事だったようだ。さすが王家御用達。丈夫さも御用達だった。


「……この状況で初めにする質問がそれですか……?」


 エルが信じられないとでも言いたげな顔で私を見るけれど、今の私にとってこの質問は最重要事項なのだ。


(だってエルが性別まで偽ってたら、私は同性を好きになってしまったってことだし……)


 髪の色も身分も……って、これは偽ってないか。……まあ、私が色々と勘違いしていたのが悪いんだけど、もしかして性別まで勘違いしていたら、と思うと居た堪れなさ過ぎるので、ここで性別をはっきりさせておきたいのだ。


 そんな私の心の裡を知ってか知らずかは分からないけれど、エルが何故か嬉しそうに微笑んだ。


「僕は正真正銘の男ですよ。名前が女性名になったのは母が女の子を欲しがったからですね。生まれる前から名前が決まっていたので、そのまま採用されたのです」


 エルが男性だと分かった私はホッと胸を撫で下ろす。エルが男性で良かった……!


(……まあ、エルが男性だったとしても身分が違いすぎるし、そばに居ることは叶わないんだけどさ……)


 私はそう考えている内に、はたと気が付いた。


(あれ? エルが女性だった方が逆にそばに居られたのでは……?)


 世の中には色んなルートが有るってお爺ちゃんが言っていたけれど、これは俗に言うお友達ルートだ。

 エルに対する恋心を友情へと昇華すれば、きっと大親友に……!


「エル、今からでも女性になれない?」


「真面目な顔して何言っているんですか貴女は」


 ……なれませんでした。


(まあ、もう王太子になろうってとこまで来ているんだもんね。今更無理なのは分かっているけれど……)


 でもそうなると、私の恋心は何処へ行くのだろう。まさか初恋がこんな形で終わるとは予想だにしていなかった。人生ままならないものだ。


「まさか質問はそれだけですか?」


 しばらく黙っていた私にエルが声を掛ける。つい考え込んでしまっていたようだ。


「じゃあ、エルはどうやって孤児院が困っているって知ったの?」


 エルがこの孤児院を知っていたことが驚きだ。こんな王都から離れた小さな街の孤児院に、王太子が直接援助してくれるなんて普通は思いも寄らないだろう。この点は私を拉致した司祭と同意見だ。


「貴女がとても困っている、と教えてくれた人物がいましてね。この孤児院の窮状を説明して貰ったんです」


「えっ! この孤児院のことを!? 一体誰なの?」


 孤児院の事を知っていて、尚且エルと直接話せるような人物に心当たりなんて全く無いのだけれど。


「……もしかして神殿本部のツルッとした司教じゃない……よね?」


 私が王都の神殿本部に行った時、エルと会話していたのを思い出す。もしあの司教がエルに言ってくれたんだとしたら、考えを改めないと。


「ある意味いい線いっていましたが違います。バーバリ司教ではありません」


 そう言えばあのツルッとした人はそんな名前だったな……。でも違うのか……。


 うーんうーんと考えている私を見て、エルはくすっと笑うと、声を潜めて教えてくれた。


「答えはバーバリ司教の付き人です。貴女を裏門まで送った人物ですよ。あ、これは内密にお願いします」


「ええーっ!? あの……!! っと、いけないいけない」


 内密だと言われたのに、思いがけない人物を言われてつい大声を出してしまい、慌てて声量を落とす。


(えぅ! まさかのあの人!? え、でも司教の、とは言え付き人だよね? そんな人が王太子と話す機会ってあるの?)


 そんな私の疑問にエルが答えてくれたことによると、あの付き人だと思っていた人はエルの側近の一人で、今は神殿本部に潜り込んで色々探っているのだそうだ。そりゃバレたらやばいよね。


「こちらにも色々事情がありましてね。彼にはアルムストレイム教の事を調べて貰っていたのですよ」


 事情というのは王室と神殿本部のあれこれだろう。きっと神殿から国教にしろー! とか何とか言われているのだと思う。この国は法国と相対している帝国の隣国だ。だから法国にとってこの国はすごく重要な拠点となるから、法国は総力を挙げて落としにかかるだろう。


「エルも大変なんだね……法国から色々言われているんでしょ?」


「そうですね。連日のように面会依頼がありますね。ほとんど断っていますが」


「うわぁ……」


 忙しい王太子に連日面会依頼とか……迷惑にも程がある。だけどそれぐらい法国にとって重要なことなのだろう。


「でも、そっか……。あの付き人さんがエルに孤児院の事を報告してくれたんだ……」


 あの時は裏門から追い出されて絶望したけれど、それはエルの側近だとバレないためには仕方がないことで。


(もしあの側近さんに会う事があったらお礼を言おう! 命の恩人だものね!)


「そう言えばエルの事、ずっと悪魔だって勘違いしていたんだけど……それって不敬罪で投獄されちゃったりなんかするのかな……?」


 恐る恐る質問した私に、エルが笑いを堪えながら「そんな事はしませんのでご安心下さい」と言ってくれたので、私は「良かった〜!」と安堵のため息をつく。


「貴女は僕の姿を見てそう思ったのでしょう? 僕は黒尽くめでしたしね。アルムストレイム教に於いて黒は忌むべき色ですから、そう思われても仕方なかったと思います」


「あ! そうそう、どうやって髪の色を変えていたの? 髪の色って変えられるの?」


 エルの黒尽くめという言葉にそう言えばと思い出す。エルが初めから金髪だったなら、私は悪魔だと勘違いしなかっただろう……多分?


「これは友人に教えて貰った魔法ですね。友人の場合は光を屈折させていますが、僕は少々違う方法を使っているのです」


 エルの友達って魔導士かな? そんな魔法聞いたことがないや。


「違う方法って? 光を屈折させてるってことはお友達は光属性なんだよね? じゃあ、エルも光属性なの?」


 キラキラ光る金髪を見るとつい光属性かな、って思ってしまうけれど、紅い瞳を見ると火属性のような気がするし……。でも飛竜を操っている姿は風属性のイメージだ。

 流石に水や土属性では無いだろうと思うけど、こればっかりは見た目で分からないしな。


 エルの持つ属性を思い浮かべていると、エルが答えを教えてくれる。でもその答えは私が思い浮かべた属性のどれでもなくて……。


「……僕の属性は『闇』ですよ。王族にあるまじき属性故に、神殿関係者からも陰で『紅眼の悪魔』と揶揄されている忌み子──それが僕なんです」


 ──そう言ってエルは微笑みを浮かべるけれど、それはとても悲しそうな、壊れそうで儚い笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る