第3話 王太子

「で、殿下……!?」


 バーバリ司教から漏れ聞こえた言葉に、背後にいるのがこの国の王族だということを知った私は、慌てて俯いて跪く。


「先程言い争うような声がしたが何か問題でも? それとその少女は?」


「そ、その、この娘は巫女見習いでして、この忙しい時に相談を持ちかけて来たので、つい叱責してしまいまして……」


 先程の剣幕は鳴りを潜め、バーバリ司教がしおらしく殿下に説明する。


(さっきの態度とは大違いだなぁ……やっぱり王族って怖いのかな……)


 バーバリ司教を震え上がらせている殿下がどんな顔をしているか興味はあったけれど、私のような平民がそのご尊顔を拝することなど出来ないのが残念だ。


「そうか……。私が突然視察をしたいと申し出たことで、司教が忙殺されているのだな」


「……!! い、いえ!! 決してそのようなことはありません!! その娘の話は後ほどゆっくり聞きますので、殿下はどうぞこちらへ……!」


 殿下の言葉に、バーバリ司教が慌てて弁明し、殿下を何処かへ案内しに行ってしまう。私はずっと俯いたままなので音と声で判断するしか無いけれど。


 そうしてしばらく、殿下とバーバリ司教が去って行ったのを音で確認すると、ようやく私は顔を上げる。


 私が顔を上げて見た先には、騎士たちに囲まれて歩いていくバーバリ司教と、輝く金色の髪をした背の高い男の人の後ろ姿があった。きっと金髪の男性が殿下なのだろう、後ろ姿なのにオーラが違うのがよく分かる。


「さあ、貴女はこちらへ」


 殿下の姿に見惚れていると、先程バーバリ司教の後ろに控えていた付き人さんがいた。


「ええっと……」


「貴女はここが何処か分からないでしょう? 案内して差し上げますよ」


 付き人さんに言われ、そう言えばそうだったと思い出す。


「すみません、お願いします」


 そうして、私は付き人さんと会話しながら神殿本部だと思われる敷地内を先導してもらう。

 付き人さんはとても会話上手と言うか聞き上手と言うか、私がバーバリ司教にしていた孤児院の話を根掘り葉掘り聞いてきた。私も説明することでバーバリ司教に伝わるのなら、と思い、孤児院の現状を洗いざらいぶちまけてみた。


「……そんな状況だったとは……それはそれは、貴女もお若いのに苦労なさっているのですね……」


 付き人さんは私の話を真剣に聞いてくれて、励ましの言葉まで掛けてくれた。さっきのあのツルッとしたバーバリ司教とは大違いだ。


「こんな話をしたら街の皆んなに心配かけるから、誰にも言えなくて……」


 ずっと心のなかに溜め込んでいた不安や悩みを打ち明ける事が出来て、心が少し軽くなる。


(やっぱり、一人で悩んでいたらダメだよね。考えが悪い方へ行っちゃうもの)


「話を聞いて貰ってスッキリしました! 有難うございます!」


 私は付き人さんに笑顔でお礼を言う。そんな私の表情に安心したのか、付き人さんはホッとした表情を浮かべ、微笑んでくれた。


(そう言えばこんなに沢山お話したのに、付き人さんの顔をじっくり見ていなかったや)


 孤児院や子供達のことで頭がいっぱいだった私は、周りを見る余裕がなかったのだろう、ちゃんと見た付き人さんは穏やかで優しそうな、整った顔をした男の人だった。


「そうですか。心が穏やかになられたようで安心致しました。では、ごきげんよう」


 付き人さんがそう言うと、私の目の前で門が閉められて、木の木目が視界を埋め尽くす。


「……え?」


 一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、気が付くと私は神殿本部から外にでており、しかも門を閉められた後だったのだ。


(……あれ? これどういう事? もしかして、私神殿から追い出されたの……?)


「ええー!! ちょ、ちょっとー!! 付き人さーん!? 孤児院はどうなるのー!?」


 私は門をドンドンと叩いて付き人さんを呼ぶけれど、閉められた門からは返事はおろか、人がいる気配すらない。もしかするとここは裏門なのではないだろうか。


(……し、信じらんない……! あの司祭の付き人にしてはまともで優しい人だと思っていたのに……!!)


 てっきり神殿内にある担当部署か管理責任者のところに案内してくれるものだと思いこんでいた。それなのに言葉巧みに誘導して追い出すなんて……!


 段々怒りを通り越して悲しくなってきた。どうして誰も孤児院のことに関心がないんだろう……。


(何だか、一生懸命信仰していたのが馬鹿みたい……)


 毎日祈りを捧げ、正しい行為を成して子供達の面倒を見て……そうして司祭様が隠居されてから、ずっと一生懸命やってきたつもりだったけれど、まだまだ私の努力が足りないのだろうか。 


 巫女見習いにあるまじき事を考えてしまったけれど、今の私にはこれ以上、至上神──アルムストレイム教に於ける唯一無二の絶対神──に、祈りを捧げる気にはなれなかった。





 * * * * * *





 神殿本部から追い出された私は、ダメ元で行ってみた商業ギルドで、王都まで同行させてくれた商隊の警護をしていた人とバッタリ再会し、その人からソリヤの街へ向かう商隊を紹介して貰う事が出来た。

 ソリヤの街でなくても方向が一緒なら近くの街まででも良かった私は、ほっと胸をなでおろす。


 商隊の人たちに挨拶をして軽く打ち合わせをすると、早々に出発するということで、私は荷馬車の荷台に乗せて貰うことになった。


(道の途中までしか同行出来ないかもと思っていたけれど、ソリヤの街に向かう商隊がこんなに早く見付かるなんて凄くラッキー!)


 こんな時はいつもなら神様に感謝していたけれど、やはり今はそんな事を思う気になれず……。


(何だかこのままだと信仰心が無くなってしまいそう……)


 一瞬、巫女見習いなんて辞めてしまったらどうだろう……と考えたものの、子供達の顔を思い浮かべてしまい、その考えを頭から振り払う。


(駄目だ駄目だ! あの子達を放り出すなんて出来ない……!)


 ──きっと、どう足掻いても、私が子供達を見放すことなんて出来やしないのだ。


 ぼんやりとそんな事を考えながら商隊の荷馬車に揺られていると、顔に何かが降ってきた。


「……あ、雨だ」


 私がそう呟いた後、一斉に雨が降ってきた。商隊の人達も突然の雨に驚いたようで、どこか雨宿りできるところがないかと右往左往している。


(大木もしくは洞窟があればいいけれど……)


 広い森の中で、商隊がまるまる入れるような場所なんてそうそう無いよね……と思っていたら、ふと岩山が視界の端に入った。


「あそこの岩下で雨宿り出来るかも!」


 私は商隊の人達に声をかけ、皆んなを大きな岩が突き出したような場所まで誘導する。

 岩の近くまで来ると、そこは人工的に作られた場所だということが分かった。


「へえ〜。今までこの道は何回か通ったことがあるけれど、こんな場所があるなんて初めて知ったなあ」


 隊長さんが不思議そうに周りを見渡す。他の人達もキョロキョロと見ていて、誰もこの場所を知らなかったようだ。


「こんな場所、良く気が付いたわね。何だか古い神殿みたいだけれど」


 隊長の奥さん──エリーさんに言われて改めて周りを見ると、所々に彫刻や壁画らしきものが描かれていた。


「今はもう使われていない神殿かな? 結構立派な造りのようだな」


「でも野営には丁度よい場所じゃない? 今日は雨も止まないでしょうから、ここに泊まりましょうよ」


 エリーさんの一存で、今日はこの神殿跡で野営をする事になった。それでも危険がないかちゃんと調べようと、皆んなで神殿の奥へと足を踏み入れる。


 ランプを持って暗い道……と言うか、廊下を進んでいくと、開けた場所に出た。どうやらここが最奥らしい。


「……あ。ここは……」


 ランプで中を照らすと、そこには祭壇のようなものがあった。きっとここは祈りの間だったのだろう。

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