第2話 神殿本部

 私達が暮らす国、サロライネン王国は隣国のバルドゥル帝国程大きい国ではないけれど、商業が盛んな国でとても活気がある。

 だから王都へ行く商隊を見つけ、雑用をするからと頼み込み、同行させて貰える事になったのはとても運が良かった。


 子供達を街の婦人会のおばさま方にお願いし、しばしの別れを惜しみながら王都へやって来た私は、孤児院の援助をお願いするべく神殿本部までやってきたのだけれど……。


「済まないが、今の神殿内部は王太子の視察の対応に追われていてね。聖堂聖省の担当者も駆り出されてしまっているんだよ」


 私は門番さんの言葉に衝撃を受けた。


「そ、そんな……! 修道聖省のご担当者は? 奉献聖省の方でも……」


 聖堂聖省は神殿全体の財産管理を、修道聖省は各神殿を管理し、奉献聖省は信徒達の健康や医療、労働などに携わっている行政機関だ。本国であるアルムストレイム神聖王国に本庁があるけれど、世界各国の神殿本部にそれぞれ各聖省の支部がある。


「どの聖省でも関係ないよ。神殿を挙げてお出迎えするからね。しばらくは外部の応対は無理だと思うよ。七日後にもう一度来てくれたら大丈夫かな」


「え……! 七日後……!? そ、そんなの無理です! 子供達を置いて来ているんです! このまま帰るなんて出来ません! お願いです、どなたか話を聞いていただける方はいらっしゃいませんか?」


 七日も待つなんてとてもじゃないけど無理だ。宿に泊まるお金すら無いから、交渉できたらすぐ帰るつもりだったのに。それに子供達のことも心配だ。何とか今日中に援助して貰えるように交渉しないと……!


「うーん、そう言われても、俺もただの門番だからなあ。可哀想だけど、日を改めて来て貰うしか無いね」


 門番さんが申し訳無さそうに言う。これ以上門番さんを困らせるのも申し訳ないので、私は一旦引き下がることにする。


 やっと着いた神殿本部だったけれど、タイミングが悪かった。まさか王太子の視察と被ってしまうなんて……!


(うーん、どうしよう……このまま帰ったら、一体何のために無理して王都まで来たのか分かんないし……)


 せめて神殿内に入れればいいけれど、視察の間は礼拝も禁止するという徹底ぶりだから、私には手の打ちようがない。


 そんな事を考えながら神殿本部の周りを歩いていると、誰かに呼ばれたような気がして立ち止まる。


「……?」


 辺りを見渡してみたけれど誰もおらず、気のせいかな、と思ったところで気が付いた。


「……あれ……? ここどこ……?」


 私は神殿本部の外壁に沿って歩いていた筈なのに、気がつくと綺麗に手入れされている庭園のようなところにいた。


「……え? ええ? なんで……」


 さっきまで石造りの外壁があったのに、今は色とりどりの季節の花が咲いている花壇がある。


「……夢?」


 商隊に同行させて貰ったとは言え、ろくに眠ることが出来なかったから、もしかすると歩いている途中で力尽きて眠ってしまったのだろうか。


(今までどんなに疲れていても、一度もそんな事無かったのに……)


 自分では気づかない内に疲れが溜まっていたのかもしれない。実際、肉体的にも精神的にも一杯一杯なんだと思う。


 それにしても凄くリアルな夢だ。日差しの暖かさや風にのって香ってくる花の匂いがやけにリアルで、まるで現実世界のようだ。


(もしこのまま目覚めなかったらどうしよう……)


 子供達のことや神殿のこともある。巫女見習いとは言え、私はあの神殿の責任者なのだ。それを放置するなんて私には出来ない。


「えーっと、どうしたら戻れるんだろう」


 私は人がいないか探しながら庭園を歩く。木々が生い茂った場所を抜けると、澄んだ青空が広がっていて、その下には太陽の光を浴びて輝く神殿が建っていた。


「誰だ!! そこで何をしている!?」


「ひえっ!?」


 神殿の美しさに見とれていると、突然背後から大声で叫ばれてびっくりする。


 慌てて声がした方へ向くと、ツルッとした頭によく脂が乗った身体をした中年の男の人が、付き人らしき人達を従えて立っていた。


「えっと……」


「今は王太子殿下をお迎えする為に外部の人間は立入禁止にしている筈だ!? 一体何処から入って来た!?」


 怪しい者じゃないと言いたかったけど、ツルッとした人が矢継ぎ早に喋るので説明する余地がない。


(今王太子って言った……ってことは夢じゃない!? なら、ここは現実!)


 ツルッとした人は見たところ高位の役職に就いているっぽい。なら、どうにかして私の話を聞いて貰えないかと考える。


「申し訳ありません、私はソリヤの街にある神殿で巫女見習いをしているサラと申します」


 ここで不用意な言葉を口にしないように注意しながら自己紹介をする。


「……何? ソリヤだと……?」


 ソリヤの名前を出した途端、ツルッとした人の言葉が止まる。しかし、その代わりにツルッとした人の表情が段々険しくなってきた。


 でも私は今のこの機会を逃すわけにはいかない……!


「はいっ! 今、孤児院の運営が凄く厳しくて、このままでは子供達は冬を越せません! ですので、神殿本部に援助いただきたくてお願いに来ました!」


 ツルッとした人が言葉を発する前に、言いたいことを一気に言わせて貰う。この人に言っても仕方がないかもしれないけれど、誰かを紹介してくれる可能性が──……


「知らん知らん! ワシには関係ないことだ! そんなことよりここは神聖なる場所であって、巫女見習い風情が立ち入って良い場所ではない! 一刻も早く立ち去れ!」


 ──なんて思うまでもなく、私の言葉は全否定されてしまう。


(この人神殿関係者だよね!? 聖職者とあろう者が、孤児院の危機なのに自分には関係ないって……どういう事!?)


「……あの、失礼ですが、貴方は神殿の関係者ですよね? 関係ないっていうのは……?」


 もしかして王宮の人の可能性もあるので、念の為確認してみる。法衣を纏っているから、十中八九関係者だろうけど。


「ワシを知らんのか!? この王都を司教区としているバーバリ司教だぞ!? ソリヤはワシの管轄ではないのだから、関係ないのは当たり前ではないか!!」


 ツルッとした人はバーバリ司教と言うらしい。管轄じゃないからって関係ないなんて……! どうしてこんな人が司教なんて位階なのだろう。


「では、ソリヤを担当していらっしゃる方はどなたでしょう? お名前を教えて──」


「うるさいうるさい! 今は誰しも忙しいのだ! 余計な手間をかけさせるのではないわ!」


 バーバリ司教に、ソリヤの街を管轄している人を教えて貰おうとしたけれど、それすらも拒否されてしまう。


「余計なって……! 今のままでは子供達に服すら買ってあげることが出来ません! ベッドの数も足りなくて、子供達は──」


「しつこいしつこい!! 子供なんぞ放って置けば勝手に育っとるわ!! そんな事でワシを引き止めるな!!」


 バーバリ司教がうっとおしそうに手を振って再び話を遮る。この人にとって、子供達や孤児院の危機なんてどうでもいい事なのだろう。


(どうしてこんな人が司教なの……?)


 弱き者の嘆きを、慈悲の心を持って聞き届け、苦を取り除く手助けをし、導いてくれるのが聖職者ではないのか……!


 私の心が怒りに染まりかけたその時、背後から声を掛けられた。


「バーバリ司教、何を揉めている?」


 聞こえてきた声は若い男性のもので、その声は凛とした心地よい声だった。


「──!! で、殿下……!?」


 バーバリ司教が驚愕の表情をした後、その顔色を真っ青にする。

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