爆風03

 アルムストレイム神聖王国が誇る十二の聖騎士団の中に於いて、序列第一位である大聖アムレアン騎士団の団長が、他国の辺境──サロライネン王国のソリヤ地方にある孤児院にいるという情報を得たヴァルトは、その話を聞くやいなや、クルトを連れて大急ぎでその孤児院へと向かうことにした。


 魔力が暴走するのを防ぐため、ヴァルトは移動中ずっとクルトを眠らせている。目が覚めたら景色の変化にさぞや驚くことだろう。


 そうして不眠不休で移動し、やっとの思いで到着した孤児院は、予想より遥かに小さく、ヴァルトのお目当ての人物がいるとはとても思えない、何処にでもある質素な孤児院だった。


 ヴァルトが疑いながら孤児院の扉をノックすると、「んん? 誰だお前?」と、聖職者にあるまじき態度の、これまた聖職者に見えない美丈夫が顔を出した。


「……っ?!」


 扉を開けた聖職者らしい人物を見て、ヴァルトは驚きで息を飲む。


 その人物の見た目に気を取られていたら、きっと気付かなかっただろう。それほどまでに美丈夫が纏う魔力は洗練されていて、一分の隙も見当たらなかったのだ。


 しかも限界まで磨き上げられたであろう魔力の波動に、その状態がこの人物にとって極自然なのだということがわかる……いや、わかってしまう。

 それは、ヴァルト自身が歴代の戦士だからこそ気付くことが出来た、あまりにもレベルが──次元が違う者の存在であった。


「突然の訪問失礼します。私はフォルシアン共和国のベルクヴァイン家当主を務めるヴァルト・ベルクヴァインと申します」


 ヴァルトはこの聖職者らしい美丈夫が、かの大聖アムレアン騎士団団長、シュルヴェステル・ラディム・セーデルフェルトなのだと瞬時に理解した。

 だからヴァルトは自分の身分を偽らず、正直に打ち明けたのだ。


「……どうぞ中へ」


 ヴァルトの素性を知った聖職者──シュルヴェステルは、彼ら親子を孤児院の中へ招き入れる。


 ベルクヴァイン親子が中に入ると、十人ぐらいの子供たちが各々自由に過ごしていた。

 子供たちはベルクヴァイン親子に気付くと、こちらにトコトコとやって来て、ペコリと頭を下げて挨拶する。


「「こんにちは」」


「はじめまして」


「いらっしゃいませ」


「どうぞごゆっくり」


「ああ、有難う。少しお邪魔させて貰うよ」


 ヴァルトが躾けられた子供たちに感心していると、シュルヴェステルに声を掛けられた。


「どうぞこちらにお掛け下さい。飲み物を用意して参りますので、少々お待ちいただけますか」


 先ほどとは打って変わって、シュルヴェステルが丁寧な物腰で接して来た。

 恐らく子供達の手前、言葉遣いに気を遣っているのだろう。


「……?」


 視線を感じたヴァルトがそちらの方へ向くと、鮮やかな赤い髪の小さい女の子が、じっとベルクヴァイン親子を見つめていた。

 女の子はヴァルトと目が合うと、ニコッと愛らしい笑顔を浮かべる。その笑顔は破壊力抜群で、ヴァルトをデレデレに溶かすほどだった。


 その女の子は三歳ぐらいで、キラキラした緑色の瞳が印象的なとても可愛らしい子だ。


 身体が大きく筋肉隆々で、どちらかと言うと強面のヴァルトを見ても、女の子は全く物怖じしていない。いつも目が合うと子供たちに泣かれていたヴァルトは、そう言えば、と思う。


 ──この孤児院の子供たちは、誰一人としてヴァルトを怖がっていないのだ。


 ヴァルトが不思議に思っていると、お茶を用意したシュルヴェステルが戻ってきた。

 そんなシュルヴェステルの姿は、彼が大聖アムレアン騎士団団長だったとはとても思えないほど自然だった。


「では、”フォルシアンの守護神”と称されるベルクヴァイン家のご当主が、こんな辺境の地までお越しになった理由をお伺いしても?」


 シュルヴェステルが早速本題に入れと言わんばかりにヴァルトへと向き合う。そしてチラッと眠っているクルトの方へ視線をやった。どうやらヴァルトが来た理由に気付いたようだ。


「実は──」


 ヴァルトはクルトが置かれている状況を洗いざらい説明した。

 きっとシュルヴェステルに隠し事は通じない。それに誠心誠意対応しなければ、助力を請いに来た相手に対して失礼だろう、とヴァルトは考えたのだ。


「……なるほど。確かにこのままではご子息は魔力が枯渇して死に至るでしょうね」


「何か方法はありませんか?! 私たちも手を尽くしましたが、どうすることも出来ず……っ、に、あ……?」


 藁にもすがる思いでシュルヴェステルに訴えるヴァルトだったが、突然視界が揺らぎ、身体動かなくなる。


「おお? ……ったく効くの早過ぎだろ。まあ、取り敢えず息子の身は預かった。返して欲しければ──……」


 シュルヴェステルの言葉に、ヴァルトは出されたお茶に何かの薬が仕込まれたいたのだと理解する。


「……っ、ど、どうして……っ?!」


 ヴァルトは混濁する意識の中で、油断した自分を後悔した。まさかあの大聖アムレアン騎士団団長が、こんな卑怯な手を使うとは思わなかったのだ。


「……クッ、クル……ト……!!」


「お。まだ意識があんのか。結構しぶといな。ああ、大事な息子は俺が責任を以って──やるから、──ろ。お前は──……」


 ヴァルトは必死に意識を繋ぎ止めようとするが、シュルヴェステルの言葉もだんだん聞こえなくなってきた。


 そうして抵抗虚しく、ヴァルトの意識はゆっくりと闇に飲まれていったのだった。





 * * * * * *





 混濁し、深い闇に沈んでいた意識が徐々に浮上していく感覚がして、ヴァルトは眠りから目覚めた。


 窓から差し込む柔らかい光を感じ、ヴァルトは久しぶりにぐっすり眠ったな……と考えて飛び起きた。


「あっ?! クルトッ!? クルトは……っ?!」


 シュルヴェステルに何かの薬を盛られ、薄れていく意識の中でクルトを奪うようなことを言われた記憶を思い出したヴァルトは、ぐるっと部屋を見渡した。


 質素な、無駄な物が一切ない部屋の中にクルトの姿はない。


 ヴァルトがクルトを探しに部屋の外に出ようとした時、”ガチャ”と、誰かがドアを開け部屋に入ってきた。


「あ、親父! 目が覚めたんだな!」


「クルト?! 無事かっ?!」


 部屋に入ってきたのは探そうとしたクルト本人で、慌てたヴァルトの様子を見て不思議そうにしている。


「んん? 大丈夫じゃないのは親父だろ? 司祭様が”疲労し過ぎ”って言ってたぞ?」


「へ?」


 確かにクルトが心配で寝不足だったことと、不眠不休でこんな辺境まで来たヴァルトの身体は酷い状態だった。

 しかしクルトに言われ、はたと気付いてみると、疲労困憊でガチガチに固まっていた身体はスッキリ軽やかで、まるで若い頃の全盛期に戻ったように調子が良くなっていた。


「……こ、これは……?! 何故……」


 ヴァルトが絶好調な身体を不思議に思っていると、ドアの隙間から赤い何かが見えた。

 よく見てみると、自分に微笑んでくれた小さい少女が、心配そうに部屋を覗いていたのだ。


「こら、サラ。寝ている人がいるんだからそっとしておかないと……って、何だ。起きてたのか」


 赤い髪の少女の名前はサラと言うらしい。

 シュルヴェステルはサラを抱き上げると、そのまま部屋の中に入ってきた。


「調子はどうだ? 目覚めたってことは、もう身体は大丈夫だな?」


「……は、はい。あの、一体どういうことでしょうか? クルトは大丈夫なんですか? それに俺はどうしてここで眠っていたのでしょう?」


 戸惑うヴァルトに、シュルヴェステルが呆れたようにため息をついた。


「何だよ。何も覚えてねーのかよ。『息子は預かっておくから、お前は取り敢えずその身体をどうにかしろ』って言っただろーが」


「え? え? ……あれ?」


 ヴァルトは意識を無くす前の会話を必死に思い出そうとするが、身体が限界だったのだろう、会話の記憶は殆ど残っていなかった。


「……チッ。まあ良い。お前の息子……クルトだが取り敢えず応急処置は済ましてある。後は魔力操作を練習させろ。じゃないとまた魔力が逆流を引き起こして暴走するぞ」


「え……っ?! 逆流?! 魔力が?!」


 ヴァルトはシュルヴェステルから受けた説明に驚いた。今まで誰もクルトの魔力暴走の原因を解明した者はいないからだ。


「何だよ。そんなこともわかんねーのかよ。共和国は遅れてんなぁ」


「ぐぅ……! た、確かに仰るとおりです……」


 五大国の中でも、共和国は魔法や魔道具について他の国より後進国だった。クルトの件も知識の拙劣さから来たものだ。


 ヴァルトはクリアになった頭で考えた。このままでは共和国は五大国の地位すら危ぶまれるだろうと。

 そうして、ヴァルトは決意する。


「シュルヴェステル様! お願いです! クルトに魔力操作の指導をしていただけないでしょうか!! 私はこれからすぐ本国に戻り、議会に提言しなければなりません!!」


「はぁっ?! 何で俺がっ?!」





 ──それから一悶着あったものの、クルトはシュルヴェステル指導の元、魔力操作の練習をするため、孤児院でしばらく過ごすこととなった。


 クルトは天性の器用さであっという間に魔力操作を覚えたが、本人の確固たる希望によりシュルヴェステルに師事し、成人するまで孤児院に滞在することとなる。


 そうしてクルトは孤児たちと一緒にすくすくと育ち、師匠譲りの口の悪さとなったのだった。


 膨大な魔力と師匠仕込みの剣技、持ち前の器用さと目を見張る美貌など、神が二物どころか四物も五物も与えたようなクルトであったが、唯一つ、与えられない方が良かったものがあった。


 ──それは、好きな女の子に対して素直になれないという、捻くれた性格である。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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