39 平穏
お爺ちゃんがアルムストレイム教と決別してから一週間が過ぎた。
神殿本部からはあの日以来、何の接触もなく穏やかな日々を過ごしている。
私がバザロフ司教に連れられた時、周りに誰もいなかったのは神殿派の貴族が手を回したからだった。
その事を重要視したエルは、バザロフ司教に加担した貴族を「拉致監禁幇助」の罪に問い罰を与えたのだ。
今回の一件で神殿派の貴族達が大人しくなったのは良いけれど、神殿本部まで静かなのがすごく不気味だ。このまま何事もなければいいな、と願うばかりである。
──私は一週間前の出来事を思い出す。
バザロフ司教に連れ去られた後、神殿本部から離宮に戻った私とお爺ちゃんを見て、子供達は凄く喜んでくれた。
ちなみに突然私がいなくなってしまった王宮内は大騒ぎだったらしい。
「子供達がサラさんを探して王宮内を走り回ってね。全く泣き止まないし、それはもう大変だったのよ」
疲労の色を浮かべたエリアナさんが、その時の様子を教えてくれた。
「……うぅ、すみません……!!」
「ふふ、サラさんが悪い訳じゃないでしょう? それは皆んなわかっているわ。だから今回の件で神殿に対する不信感が王宮中で高まっているのよ」
子供達が号泣する姿を見て、普段から子供達を可愛がってくれている人達が憤慨しているらしい。
しかもその一件以前から、横柄な神殿関係者達に不満を持っていた人達も結構な数いたらしく、今まで溜まっていた鬱憤を吐き出すかのように、苦情が神殿本部に殺到しているのだそうだ。
もしかして神殿本部が大人しいのは苦情の対応に忙しいためかもしれない。
「そうそう、サラさんのお爺さま? って、お何歳なの? 想像よりも若くて驚いているのだけれど」
エリアナさんが遠慮がちに聞いてくるけれど、そう言えば何歳だったっけ? と思い記憶を辿ってみる。
「うーん、多分なんですけど、五十歳は過ぎている……かな?」
だけど私が物心ついた頃から、お爺ちゃんの見た目は全然変わっていない。だからお爺ちゃんの見た目は凄く若いのだ。
「まあ! とても五十歳には見えないわ! どう見ても三十代前半よねぇ……若さの秘訣ってあるのかしら?」
「いや〜、そこまではちょっと……ワカラナイデスネ……」
──そんな会話をエリアナさんと交わしたのはほんの序章に過ぎなかった。……と云うのも、お爺ちゃんが離宮に来てから同じような質問がすっごく増えたのだ。
離宮で働く人達はともかく、王宮の人達からもお爺ちゃんの事についてアレコレ質問攻めにされている。
(今まで全く気にしていなかったけれど、久しぶりに見たら周りが騒ぐのも仕方ない……よね)
昔はモテまくったとかブイブイ言わせてたとか色々自慢されたけど、年寄りの自慢話かーと軽く聞き流していた。
だけどここに来てようやく昔話は本当だったのだと実感する。
離宮でも王宮でもお爺ちゃんは女性方に大人気で、常に熱い視線を注がれている。それが貴族の夫人達だけに留まらず、ご令嬢にも人気だというのだからびっくりした。
格好良いは勿論、ナイスミドルだとか渋いとか色々言われているようだ。
(ソリヤの街では全然そんな事なかったのにな……。土地柄か何かなのかな?)
どちらかと言えばソリヤの街では尊敬されていたと思う。一部の人間からは恐れられていたみたいだけれど。
「うーん……」
「どうした? 腹減ったのか?」
離宮にある私達に与えられた部屋で、刺繍していた手を止めてぼーっとしていると、子供達をお昼寝させて戻って来たお爺ちゃんが声をかけて来た。どうやら私の声が漏れていたらしい。
「違うよ! ちょっと考え事してただけだよ! すぐに食べ物に結びつけるのはやめてよね!」
私はお爺ちゃんに文句を言いながら、こういう何気ないやり取りが本当はとても幸せな事だったのだと、この一年で凄く痛感した。
きっと子供達の存在とお爺ちゃんとの思い出のおかげで、辛い時間も耐えられたのだと思う。
「ふーん? ……まあ、何かあればすぐに言えよ」
「うん」
お爺ちゃんは私に深く聞くような事はせず、向かいのソファーに座る。
「あ、お茶淹れるから、ちょっと待っててね」
「おう、頼む」
私はお爺ちゃんと入れ替わりでソファーから立ち上がり、お茶の準備をする。
この部屋には生活するための設備が整っているからとても助かっている。
お茶も孤児院で飲んでいた王室御用達の物を、私が気に入っていると聞いたエルが用意してくれているのだ。
私は淹れたお茶をお爺ちゃんの前に置く。
「はい、どうぞ」
「お、ありがとな」
お礼を言ってお茶を飲むお爺ちゃんを見ながら、私はさっき考えていた事を言ってみる。
「ねえ。今まで『お爺ちゃん』って呼んでいたけど、呼び方を変えた方が良いかな?」
「何だ? いきなりどうした」
「だって皆んなお爺ちゃんの事若いって言うし、孫がいるようには見えないし……」
何よりお爺ちゃん本人が嫌じゃないのかな、と思ったらどんどん気になってきたのだ。
「俺は今まで通り『お爺ちゃん』でいいぞ? 俺にとってお前は孫みたいなもんだからな」
「…………そっか」
お爺ちゃんは赤ん坊の時に私を引き取ってくれた。その時のお爺ちゃんの年齢であれば父親呼びでもいい筈なのだ。
だけど敢えて自分を「お爺ちゃん」と呼ばせるという事は、何か理由があるのかな、と思っていたものの、ずっとその理由を尋ねないでいた。
でも今回の件をきっかけに、私はお爺ちゃんの過去が凄く気になってしまっている──お爺ちゃんが自ら話してくれるのが一番なのはわかっているけれど。
私はそんな考えを振り払うように、話題を変えることにする。
「そう言えば、私ってこれまで自分の属性を知らなかったんだけど、光属性なんだって! すっごく魔力量は少ないみたいだけどさ」
魔力量の少なさには正直がっかりしたけれど、基本の四属性ではなくエルと同じ原始の属性だったのは嬉しかった。
「何……!? お前誰に鑑定された!? 他に何か言われなかったか!? 身体におかしいところは無いか!?」
のんびりお茶を飲んでいたお爺ちゃんだったけれど、私が属性の話をした途端、驚きを隠さず慌てた様子で質問攻めにされてしまう。
「えっ!? え、えっと、鑑定したのはあの時神殿にいた司教達だけど……でも皆んなで鑑定してもわからなかったところに大司教が来て……」
「はぁ!? 皆んなで鑑定って……!! 何してくれとんじゃあのクズどもがっ!! 目ぇ潰しときゃ良かったぜっ!! 糞がっ!!」
(ひえー! お爺ちゃんガチギレしてるーーー!! でもこの感じ久しぶりー!)
お爺ちゃんがこうして怒るのは何度かあったけど、それも随分昔のように感じられて、怖さよりも懐かしさがこみ上げてくる。それに私のために怒ってくれているのがとても嬉しい。
でも「身体におかしいところは無いか」と聞かれ、思い当たる事があったものの、多分大した事じゃないだろうし、これ以上お爺ちゃんを怒らせるのは避けたいので黙っていようと思う。
「大体なぁ、無闇矢鱈と人間を鑑定するのはご法度なんだよ! ……って、お前まさか鑑定して良いって許可した訳じゃないよな?」
お爺ちゃんに聞かれた私はぶんぶんと首を振って否定する。
「だよな! 無許可だよな! くっそー! 知ってたらあいつら纏めて破門してやったのに……!!」
(司教達を破門する前に自分から破門されたもんねぇ……)
私は時すでに遅しと悔しがるお爺ちゃんを眺めながらお茶を飲むと、そう言えばと思い立つ。
「お爺ちゃんは私の属性を知っていたの? 知ってたなら教えてくれたら良かったのに」
もしかしたら大司教に言われた魔力量の少なさを気遣ってくれたのかもしれない。
魔力量が少なくてがっかりはするけれど、落ち込んだりしないのに。
「ああ、それなぁ……。機会を見てお前には話さなきゃとは思ってたんだよなぁ……」
お爺ちゃんは頭をガシガシと掻きながら「そろそろ潮時かもな」と呟いたかと思うと、私の事をじっと見つめてくる。
「え……なになに? どうしたの?」
私が疑問に思っていると、お爺ちゃんは「お前も年頃になったしなぁ」とため息交じりに呟いた。
その呟きはどういう意味だと考えながらお茶を飲んでいる私に、お爺ちゃんがニヤリと笑い「サラはエデルトルート殿下が好きなのか?」と直球で聞いてきた。
「──ぶふぉっ!!」
「うわ、汚ねぇな」
思わずお茶を吹き出した私にお爺ちゃんが「やれやれ、やっぱりまだまだ子供だな」と仕方なさそうに言うけれど、きっとお爺ちゃんは私がお茶を飲んだタイミングを見計らっていたに違いない。
「ち、ちょっと!! 今のワザとでしょ!!」
テーブルに零してしまったお茶を拭きながら、お爺ちゃんをギッと睨む。
だけど私が睨んだところでこの人物が怯むはずもなく。
「悪い悪い。で、どうなんだ? 殿下のこと好きなのか? ん?」
口だけの謝罪をしつつ、再びお爺ちゃんがぐいぐいと質問してくる。
「いやいや、いきなりそんな質問されても……って、どうしてそんな事聞いてくるのさ!?」
「どうしてって、俺の今後の人生設計に関わってくるからな。サラの気持ちは知っておかないと」
「……えぇ〜〜?」
もしかして恋バナがしたいのかな、と思った私の予想と違うお爺ちゃんの言葉に、思わず困惑の声が漏れる。
「それで? どうなんだ?」
(うーん? これからの人生設計の意味がわからないけど……。でもお爺ちゃんの事だから興味本位で聞いてきた訳じゃないよね……)
こうしてお爺ちゃんが冗談めかしているのは、私が言いやすいように、と気遣ってくれているからかもしれない。
「──うん。私はエルが好きだよ」
お爺ちゃんが真剣だったとわかり、私も真剣に返事を返す。
さっきまでの冗談っぽい雰囲気はいつの間にか無くなり、私とお爺ちゃんの間に緊張感が漂う。
「……そうか! わかった!」
「う、うん?」
お爺ちゃんの明るい返事に、さっきまで部屋中に漂っていた緊迫した雰囲気が霧散する。
そして二ヤッと笑うお爺ちゃんの笑顔に、私はぱちりと目を見開く。
(あっ! お爺ちゃんがこの表情をするのはろくでも無いことを思いついた時だ……!)
お爺ちゃんが何を思いついたのかは分からないけれど、その思い付きが災いを呼び寄せませんように──と、非力な私は祈ることしか出来なかった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ
拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!(*´艸`*)
隔週更新の予定でしたが、完結まで更新頻度を上げようと思いますので、お付き合いいただけたら嬉しいです。
次のお話は
「40 身分差」です。
お爺ちゃんの暴走(?)が始まります。
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