最終話 祈り

 重症を負った私が目覚めてから一ヶ月が経った。

 目覚めたその日にエルからの求婚を受けた私は、エルの婚約者となった。


 そしてその事は王族を始めとした元老院でも正式に認められ、半年後に私達の結婚式が開かれることが決定する。

 それは王族の婚姻という大きな出来事にしては、異例の早さだった。


 私がエルと結婚するというニュースは王国中を駆け巡り、国を上げてお祝いムードとなっている。

 巷では私達をあやかって、カップルが沢山誕生しているらしい。


 そんな明るい王国の未来を確実なものにするために、解決しておかなければならない問題があった。

 それは、アルムストレイム教の神殿本部の処遇だ。


 神殿本部の最高責任者であった大司教が犯した大罪に、貴族達はアルムストレイム教の排斥、神殿本部の撤退を提言したのだ。


 実際、信じていた大司教に殺されそうになったのだから、貴族達の気持ちもよく分かる。


 そして元老院の会議でアルムストレイム教の排斥が審議されるという時、元老会議員達に異議を申し立てる人がいた。

 その人は言わずもがな、司教の付き人として神殿本部に潜入していたヴィクトルさんだ。


「確かに大司教や司教達の行いは看過できません。しかし、アルムストレイム教の教えが人々の救いになっていることもまた事実なのです」


 ヴィクトルさんの言う通り、既にアルムストレイム教は人々の生活に深く浸透し影響を及ぼしている。それを突然排斥するのは現実的ではないし、法国との関係も最悪となってしまうのは、王国としても得策ではないだろう。


「ならば、神殿本部への対応はどうする? このままという訳には行くまい?」


 エルからの問いかけに、ヴィクトルさんは真剣な表情をして返答する。


「私が監査役として神殿本部の動向を見定めます。本部にいる信頼できる者と連携し、聖職者の人選を行い、今まで残っていた悪習を一掃します」


 本国であるアルムストレイム神聖王国は他者からの干渉をものすごく嫌っている。だから通常であればヴィクトルさんの提案は到底認められるものではないだろう。


 だけど、大司教や司教達の失態でアルムストレイム教が王国から排斥されるのを防ぐためには、ヴィクトルさんの提案を受け入れた方が本国にとっても都合が良いだろうな、と思う。


「現在の神殿は国民からの信用も神の光も失われた状態です。そこで私は<救国の聖女>であらせられるサラ様にお力添えをいただきたいのです」


 更に追加されたヴィクトルさんの提案に、自分の名前が出てきて思わずギョッとする。


(え、私?! ……あ。そう言えば以前神殿本部を再建する時は力を貸して欲しいって言われてたっけ)


「オークランス卿! 言葉が過ぎますぞ!! サラ様は大司教のせいで大変苦労されたのですぞ?! 諸悪の根源を滅するならともかく、救済のための助力を乞うとは如何なものか!!」


「サラ様の御威光を利用するつもりか!!」


 元老院議員達がヴィクトルさんの提案に目くじらを立てて反対する。アルムストレイム教への不信感がめちゃくちゃ凄い。


「落ち着け。まずはサラ本人の意見を聞くべきではないか? サラ、お前はどうしたい? 率直な意見を聞かせて欲しい」


 エルが議員達をたしなめて、私へ意見を求めてくる。

 私の答えなんて始めからわかりきっているのに、エルが敢えて聞いてくるということは、私にヴィクトルさんの後ろ盾になって欲しいと思っているからだろう。


「私はヴィ……オークランス卿の意見に賛成です。神殿本部の再建にお役に立てるのなら、全力で協力させていただきます」


 私がヴィクトルさんの全面支持を表明すると、議員達から「流石聖女様……!」「なんと慈悲深い……」「正に神の御使い!!」と尊敬の目を向けられてしまう。

 正直反発されるかと思っていたので、予想外の反応にびっくりだ。


 その後、神殿本部に対する処遇が全会一致で決定し、法国の大神殿からの同意も得ることができた。

 本当はこちらからの提案に渋っていた法国の大神殿だけれど、交渉にお爺ちゃんが干渉した途端、あっさりと提案を飲んでくれたのだ。

 未だに法国でのお爺ちゃんの影響力は凄いのだと、改めて思い知らされる出来事だった。


「貴族達はアルムストレイム教ではなく貴女を信仰しているようですね」


 会議の後、エルに冗談交じりでそんなことを言われた私は慌てて否定する。


「いやいやいや!! まさかそんな訳ないよ! エルったら冗談が上手いなぁもう!!」


「え?」


「え?」


「…………」


 真面目な顔で黙ってしまったエルに、私は段々不安になってくる。


(……え。まさかそんな事ない、よね……? 冗談だよね……?)


 私は一抹の不安を感じながら、願わくば冗談の範囲で済みますように、と心の中で祈っておいた。





 * * * * * *





 神殿本部の再建を手伝うために、私は久しぶりにお爺ちゃんと神殿本部へとやって来た。


 ヴィクトルさんが言う通り、小神殿に神聖な空気や静謐な雰囲気は全く無く、神殿がただの建物と成り下がっている。


「この神殿も随分と寂れちまったな」


 ここはお爺ちゃんがアルムストレイム教と、そしてトルスティ大司教と決別した場所だ。

 お爺ちゃんはその時のことを思い出しているのか、祭壇を見上げながらポツリと呟いた。


「……全く、あの野郎……最後まで手間を掛けさせやがって」


 お爺ちゃんはそう悪態をつくけれど、その顔は少し寂しげで……。


 トルスティ大司教がお爺ちゃんに対して抱いていた想いは、きっと彼と同調した私にしかわからない。でもそれは私が簡単に言葉にしていいものではないと思う。


 そんなトルスティ大司教の想いを、私は一方通行だと思っていた、けれど……。


 大罪を犯した人だとしても、お爺ちゃんはきっと、殺したくないぐらいには彼に対して情があったのかもしれない。


「ま、ヴィクトルを助けてやるつもりで頼むわ」


 お爺ちゃんがしんみりとした空気を払拭するかのように笑うから、私も明るく笑顔で答え、気持ちを切り替えることにする。


「うん! 任せて!」


 再建を手伝うと言ったものの、私にできることはほとんど無くて、ただここで祈ればいいだろう、とお爺ちゃんが助言してくれた。


「上手く出来るかどうかなんて気にしなくていいぞ。ただいつも通り心を込めて祈れば大丈夫だからな」


 ソリヤの神殿にいた時もお祈りは毎日していたし、その心得も理解している。お爺ちゃんもいつも通りで良いと言ってくれたので、だいぶ気持ちが楽になった。


 私は祭壇の前に跪き、目を瞑って祈りを捧げる。


 ──神の教えを広め、心に安らぎを与え、人々の心の拠り所として、もう一度この神殿に祝福を与えていただけますように──


 人々の心に平穏を、と願いながら、この機会が与えられたこと、今この瞬間生かされていることに感謝する。


 そしてしばらく祈っていると、心のその奥にある扉のようなものが開く感覚がして、私はそれが魂の開放なのだと自覚する。

 開放された魂に天から光が降り注ぎ、神とパスが繋がると、私の魂から膨大な量の光が溢れ出した。


 その光は柱となって空高く昇り、雲を貫いたという。


 そうして、私が放った光は小神殿から大神殿、神殿本部一体を照らし、失った神の光を降臨させることとなった。


 私が齎した奇跡の光は再び王国中に知れ渡り、神殿は神の光が降臨し聖女が祝福した場所として、人々から<聖地>と呼ばれるようになる。


 もしこのことが法国の大神殿に知られたらと思うと反応が怖いけれど、お爺ちゃんが「気にすんな」と言ってくれたから、きっと問題ないのだろうと思うことにする。


 ただ、神殿に光を戻せたのは良いけれど、加減を知らなかった私は案の定再び昏倒し、エルとお爺ちゃんに心配をかけてしまった。


 前回重症を負った時同様、私は二人から雷を落とされ、めちゃくちゃ説教された。

 しかもこれからは王妃教育と同時に魔力操作についても勉強しないといけないらしい。

 そんな非力な私は、目も回るほどの忙しさに翻弄される日々を送ることとなってしまったのだった。





 * * * * * *





 時間はあっという間に流れ、遂に結婚式の日を迎えた。


 私がいる控室には、子供達やエリアナさん、準備を手伝ってくれた使用人の人達で大賑わいだ。


「わぁ……! サラちゃんキレイ……!」


「おひめさまみたいね」


「ちがうよ、せいじょさまだよー」


「サラ様……! 本当にお美しいです……!」


 以前のような巫女服ではなく、結婚式のために着飾った私を子供達が珍しそうに眺めている。

 準備してくれたエリアナさん達も会心の出来映えなのか、私の姿を見てとても誇らしげだ。


 ちなみに結婚式は王族と私の親族となるお爺ちゃん、新たに選出された大司教だけで行われ、後ほどお披露目の晩餐会が開かれることになっている。


「サラちゃんが王太子妃になるなんて……人生何が起こるかわからないわね」


 結婚式の準備を終え、式の開始を待つ私に話しかけてきたのは、以前お世話になった商隊の隊長の奥さん、エリーさんだ。


 エリーさんの商隊が王都の貴族と商談している時、雑談の中で私の話題が出たらしく、私が離宮にいると知ったエリーさんがその貴族に取り次いで貰い、私に連絡をくれたのだ。


「その節は大変お世話になりました」


「とんでもない。短かったけど、サラちゃんと一緒にいた時間は楽しかったわ。あの廃神殿も懐かしいわね」


(廃神殿かぁ……。あの頃はエルのことを廃神殿に祀られてた悪魔だと思いこんでたんだよね)


 ホント人の思い込みって恐ろしい。エルを悪魔だと勘違いしていたことは、私にとって黒歴史となっている。


「そう言えばあの廃神殿、縁結びの神様を祀っているって言ったでしょう? 伝承によると将来結ばれる人を夢で教えてくれるんですって。素敵ね」


「えっ……」


 黒歴史に内心悶ていた私はエリーさんの言葉を聞いて、あの時見た夢を思い出す。


 ──魂が引き込まれそうになるほどに澄んだ、紅い色の瞳と、キラキラと煌く金色の髪の──……


 私が夢を思い出した瞬間、部屋のドアがノックされ、夢に見た人と同じ色を持つ、最愛の人が現れた。


「──エル……!」


 ──優しく微笑む綺麗な紅玉の瞳が、夢の記憶と重なって一つになる。


「サラ、行きましょうか」


 正装して格好良さが増したエルが、輝く笑顔を浮かべながら私に手を差し伸べる。


「うん!」


 エルが差し出す手に自分の手を重ねた私は、後ろを振り返って子供達やエリアナさん達、エリーさんへ挨拶をした。


「じゃあ、行ってくるね!」


「「「「「いってらっしゃーい!」」」」」


 皆んなに温かく見送られながら、私はエルに導かれるように外へ出る。


 空を見上げれば、抜けるように澄み切った青空が広がっていて、それはまるで神様からの贈り物のような快晴だった。


 空から降り注ぐ光の中、辺境の地の、小さな孤児院から始まった私達の小さな約束は、王都の神殿本部にある大神殿で、将来を共にするための神聖な誓いとなった。





 ──そうして、巫女見習いだった私は<救国の聖女>となり、人々から<紅眼の悪魔>と呼ばれ、恐れられていた心優しい闇の王子様と結ばれて、溺愛されながらその生涯を幸せに過ごしたのでした。




 終











 * * * * * *



これにて、「巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。」は完結となります。


予想より長くなってしまいましたが、なんとか終わりましたよ…_(┐「ε:)_


ちなみにサラが結婚するまでの半年の間に起こったアレコレは、後日番外編として書くかもしれません。まだ登場していない人物も何人かいるので…。

いつになるやらわかりませんが、更新した時はどうぞよろしくお願いいたします!


本編終了後のエンドロールで流れる曲はこちら。

▶ AURORA/Forgotten Love

エンディングにめっちゃ合うと勝手に思ってます(ちょ)

作品違いですが、アルバム「Infections of a Different Kind」のジャケット写真がマリカのイメージに近いなーと。(個人の感想です)

興味がお有りになりましたら検索してみて下さい!(*´艸`*)


連載中はコメントや♡、お☆様を有難うございました!

それを励みに書ききりましたよ…(*˘︶˘*).。.:*♡


長らくお付き合いいただき有難うございました!


只今こちらを連載中です。


「緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長」

https://kakuyomu.jp/works/16817330648139639414


暇つぶしに是非どうぞ!


連載中の作品や新作もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ


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