53 闇のモノ

「これは……まさか<穢れし者>……!?」


 突然変化した空気に、バザロフ司教が持っていた水晶玉には<穢れし者>が封じ込められていたのだと理解する。


(どうしてこんなモノがこの世界に存在しているの……!? まるで世界中の悪意が凝縮してるみたいじゃない!)


 お爺ちゃんからその存在を聞かされていたけれど、実際目の当たりにするとその存在自体が受け入れ難く、禍々しい姿を見るだけで自分自身が奈落の底に落ちていくような、そんな恐ろしい感覚がして私は悲鳴を上げそうになる。

 そして騎士団でも太刀打ちできないと恐れられている闇のモノの出現に、子供達が恐怖で泣き出してしまう。


 空間が歪みそうな程の濃厚な瘴気に、呼吸するのが辛い。

 <穢れし者>でこのレベルなら、最凶の<穢れを纏う闇>が顕現したら一体……と、想像して恐ろしくなる。

 ……まだこの状況は運が良かったのだと思うべきなのかもしれない。


「こんな場所で<穢れし者>を解放するなど……っ!! お前は一体何を考えているっ!!」


「黙れっ!! 王国民などお前を神去らすための生贄だっ!! 穢らわしいお前を神去らせることが出来ればゴミでも役に立つというものよ!!」


 市場の真ん中で闇のモノを解き放ったバザロフ司教にエルが激怒するけれど、司教は聞く耳を持たず、エルごと私や子供達を殺そうと襲ってくる。


「皆んな!! 早くこっちへっ!!」


 闇のモノから、怖がって泣いている子供達を引き離すべく、必死に安全なところへ移動するけれど、闇のモノと対峙しなければならないエル達が心配で思わず後ろを振り返る。


 闇のモノである<穢れし者>を倒すのならば、聖属性の魔力かそれに準ずる聖水や聖具が必要だ。だけど聖魔法の勉強が出来ていない私は攻撃方法がわからず、エル達を助けることが出来ない。


(どうしよう、まさかこんなことになるなんて……!!)


 早々に聖属性の勉強を放棄したことを後悔しても、時既に遅しとは正にこのことだ。


(エル……!!)


 ドロドロした<穢れし者>が動く度に、触れたところが黒く変色し崩れ落ちていく。もし人間が触ると皮膚は爛れ、骨まで溶かし尽くしてしまうだろう。


 <穢れし者>は生物に反応しているらしく、その身体を八方に広げてエル達を飲み込もうとする。


 私が”危ない……!!“と思った時、エルが大声で「今だっ!!」と叫んだ。するとエルを始めとした騎士団の人達が一斉に<穢れし者>に向かって魔法を放つ。


「……!! ……!!!」


 凄まじい光に包まれた<穢れし者>が、聞こえるはずがない悲鳴を上げて苦しんでいるような錯覚を覚える。だけどそれは錯覚ではなかったようで、光が収まった後には<穢れし者>の姿は綺麗サッパリ消えていた。

 あれだけ濃い瘴気が充満していたのに今は全く息苦しくなくなり、本当に闇のモノが浄化されたのだと理解する。


「な……っ?! 馬鹿なっ! そんなはずないっ!! どうして闇のモノが消えるのだっ!!! ありえんっ!!!」


 だけど、私より驚いているのはバザロフ司教の方で、予想外だったのだろう<穢れし者>の消失に半狂乱になっている。


「貴様ぁっ!! 一体何をしたっ?!! どうして<穢れし者>が浄化されたのだっ!! この国に聖属性の者がいるなど聞いておらんぞっ!!!」


 聖属性持ちはここにいますよ、と私は心の中でそっと呟いてみる。

 結局、私は見ていることしか出来なかったけれど。


「お前に答える義理はないっ!! バザロフ司教を捕らえろっ!!!」


 エルの指示に、バザロフ司教は「……ちっ!!」と舌打ちしながら逃げようとしたけれど、騎士団員達の素晴らしい働きであっさりと拘束される。


「くそぅっ!!! 離せっ!!! 離さんかっ!!! この無礼者達めっ!!! 私は司教だぞっ!!!」


 司教だったら何して良いのかとムカついたものの、取り敢えず悪人は拘束されたし、エル達は無事だったしでほっとする。


「サラっ!! 子供達は無事ですか!?」


 バザロフ司教が見苦しく喚きながらドナドナされたのを確認したエルが、私達が避難していたところへ駆けつけてくれる。


「うん! 皆んな大丈夫だよ!」


 子供達に怪我がないことを確認したエルの安堵した様子に、私は『本当にエルは優しいなぁ』と惚れ直してしまう。


「エルも無事で本当に良かったよ……! <穢れし者>相手に勝つなんて凄いね! でも聖水も無しでどうやって浄化したの?」


「さっきのすごくかっこよかったー!! ぼくもしりたい!!」


「騎士様と一緒に魔法を打つと黒いの消えるの?」


「僕達の魔法と違うのかな? 覚えるの難しい?」


 エル達の戦いっぷりに興奮し、すっかり涙が引っ込んだ子供達が、次々とエルに質問する。


「僕もシス殿に教えて貰ったのですが、六属性が力を合わせて攻撃すると、悪しき者は浄化できるそうですよ」


「えっ?! お爺ちゃんがそんなことを!? え、でも四属性はともかく、闇はエルで、光は……?」


「私です」


 返事があった方へ顔を向けると、ヴィクトルさんが挙手していて驚いた。


「ヴィクトルさん……?! 光属性だったんだ……! あ、だから神殿へ?」


「はい。アルムストレイム教は光属性を優遇する傾向にありますので、潜り込むには私が適任だったのですよ」


(な、なるほどー! そうか、ヴィクトルさん光属性かー。でもこの人ちょっと腹黒だよね。性格と属性って関係ないのかなぁ……)


 ……なんて失礼なことを考えていると、騎士団員さんが慌ててエル達を呼びに来た。


「殿下!! まだ<穢れし者>が残っていると報告がありました! 至急、お越しいただきたいと班長が申しております!!」


「っ!? わかった、すぐに向かう!! サラ達も離宮へ避難を!!」


「う、うん!」


 バザロフ司教の登場ですっかり失念していたけれど、元々市場で騒ぎを起こしていた個体がまだ残っていたらしい。司教を拘束出来たからと油断していた。


 まだ闇のモノが残っていると聞いて、せっかく泣き止んだ子供達も、再び不安そうな表情に戻ってしまう。


「ヴィクトル! 行くぞ!」


「はいっ!」


 エル達を見送った私達は、エルの言う通り急いで離宮に戻った。






 予定よりも早く帰ってきた私達に驚いていたエリアナさんだったけれど、泣いたり不安そうな表情をしている子供達に何かを察したのか、理由を聞くこと無く優しい笑顔でいつものように「おかえりなさい」と言って迎え入れてくれた。


 エリアナさんの笑顔を見た私は、危険な場所から無事戻れたのだという安堵感に包まれ、全身の緊張が緩んでいくのを実感する。

 バザロフ司教が引き起こした事件は、自分の想像よりも遥かに衝撃を与えていたようだ。


 そして離宮の人達が用意してくれた温かい飲み物に、私と子供達はようやく一息つくことが出来た。

 私が飲み物を飲み終える頃には、泣いていた子供達もようやく落ち着いてきたらしく、一人二人と眠りに落ちていく。


 今回の出来事は、幼い子供達の心に深い傷を負わせてしまったのだろう。起きた時の子供達の反応が心配だ。


(ホントここの司祭達は碌なことをしないんだから!! 闇のモノなんてトラウマになるに決まってるでしょうがっ!!)


 バザロフ司教にはキッチリガッツリと罪を償っていただきたい。まあ、これだけの事件を起こしたのだから、軽くて終身刑だろうけれど。


 私は荒らされた市場のお店や、商品を思い出して胸が痛くなる。綺麗だったアクセサリーも、美味しそうだった料理も全て駄目になったんだと想像すると、涙が出てしまいそうだ。


 そうして私は、その場に残り頑張っているであろう、エルへと想いを馳せる。


 聖水が無くても浄化できる方法があると知ったから大丈夫だと思うけれど、それでも万が一のことがあったら……と考えると、つい心配してしまう。


(どうかエルが無事に帰ってきてくれますように……!)


 私がエルの無事を祈っていると、騎士団員から報告を受けたのだろう、お爺ちゃんが慌てて部屋に飛び込んできた。


「サラっ!! 無事か?! 子供達は……!?」


 お爺ちゃんは私の顔や眠っている子供達の顔を確認すると、ほっと溜息を漏らす。


「……全く。寿命が十年縮んだわ。見た限り怪我も無さそうで安心した」


「うん……。身体は大丈夫なんだけど、子供達が凄くショックを受けたらしくって……」


「確かに、闇のモノを見た後じゃなぁ……」


 成人している私でも姿を見ただけで底しれぬ恐怖を感じたのだ。子供達が感じた恐怖はどれほどのものか……想像するだけで泣きたくなる。

 そんな闇のモノを操っていたバザロフ司教はもう、正気ではないのかもしれない。


「お爺ちゃんはエルのところへ行かなくていいの?」


「ああ、闇のモノは一体じゃ無かったと報告を受けてな。奴らが王族を狙ってくる可能性を考慮して、俺は残ることになったんだ」


 騎士団が全員出払うと、王宮の警備が疎かになってしまうから、団長であるお爺ちゃんはここで待機しているのだという。


「殿下に何かあったらすぐ駆けつけるから心配すんな。まあ、殿下なら大丈夫だろうけどな」


「うん……。そうだよね。闇のモノもちゃんと浄化してたし……。大丈夫だよね」


 お爺ちゃんとしばらく話をしていると、部下らしい人が部屋にやってきて、エル達騎士団が戻ってきたと教えてくれた。怪我もなく無事に戻って来たと聞いて、私はようやく肩の力を抜くことが出来た。


「よし、ちょっくら事後処理に行ってくるわ。それまで子供達を頼むな」


「うん、わかった。忙しいのに来てくれて有難う。お爺ちゃんも頑張ってね」


 お爺ちゃんを見送った私が部屋に戻り子供達の様子を確認すると、余程疲れたのか、子供達は目を覚ますこと無くぐっすり眠っていた。

 今は応接室のソファーで眠っているけれど、それぞれのベッドに運んであげるべきか悩んでしまう。

 だけど、今日のことを夢に見ているのか、時々うなされている子が何人かいて、しばらくは皆んな同じ部屋で眠ったほうがいいかも、と考える。


 ──私はせめて、子供達が楽しい夢を見てくれますようにと願いながら、静かに子守唄を口ずさんだ。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ

子供達の精神的ショックは大きいようです。

ちなみにサラは歌が上手なので!

ジャイ◯ンみたいな「ボエー」じゃないです。念の為。


次のお話は

「54 闇属性の真価」です。

次回もどうぞよろしくお願いします!(人∀・)


お☆様が減っているのに気付いて地味にショック…_(┐「ε:)_

楽しんで貰えるよう精進せねば…!( ;∀;)

♡やコメント有難うございます!応援を励みに完結まで頑張ります!

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