第12話 領主

 街の市場で食材を購入していたら、テオとばったり出くわしてしまった。お茶を誘われたけれど、断ったにも関わらずしつこくて、挙句の果てに腕を掴まれてしまう。


「ちょっと! 離してよ!」


「ほらほら、行こうぜ! 俺とゆっくり過ごしたいんだろう?」


 この人の話を聞かない性格をどうにか出来ないものか。いや、それ以前に私断ってるよね!


「いや、私テオとゆっくり過ごしたいなんて言ってないから! 話を捏造しないで!」


「……んん? そうだっけ? まあ、良いじゃん! ほら、行くぞ」


(いやいや! 良くない良くない! って、腕を引っ張るなー!)


「テオ様、サラが嫌がってます。手を離してあげて下さい」


「そうそう、無理強いは良くないっすよ!」


「しつこい男は嫌われるって常識ですぜ?」


 私とテオのやり取りを見ていた市場の人達がザワザワと騒ぎ出す。流石に鈍いテオも、周りからの批判的な言葉や視線にたじろいでいる。


「な、なんだよ! 俺はサラを誘っただけじゃねーか!」


「だから無理だって言ってるじゃない! 子供達が待ってるんだから!!」


 テオが怯んで手の力が弱まった瞬間、バッと腕を振り払う。私がいつも着ている巫女服は年季が入っているので、破れやしないかとヒヤヒヤしていたのだ。


「……っ! 何だよっ! 俺が誘ってやってんのにっ!!」


 今までテオが誘うと女の子はホイホイとついて行ったのだろう。テオは本気で私が嫌がっている事にようやく気付いたらしく、「……っ! じゃあ、もういい! 後で後悔しても遅いからな!!」と、どこぞの小物のような捨て台詞を吐いて去って行った。





 * * * * * *





 ソリヤの街が見渡せる高台に、このリナレス地方を治める領主が住む屋敷がある。

 その屋敷は王都にある貴族街の邸宅と比べると絢爛ではないものの、歴史を感じられる重厚な雰囲気を持っていた。

 屋敷の門には威圧感がある大柄な門番がいて、不審者がいないか常に目を光らせているが、屋敷に近づいてくる人物──領主の息子であるテオバルトの姿を認めると無言で会釈し、屋敷の中に迎え入れる。


 テオバルトが屋敷の中に入ると、執事を筆頭に使用人達が列を作って出迎えた。


「テオバルト様、お帰りなさいませ」


 執事がお手本のような所作で挨拶をする。この執事はかなりの高齢でありながら姿勢正しく俊敏で、矍鑠としており全く老いを感じさせない。領主の話ではテオバルトの祖父の時代から仕えているらしいが、年齢は不詳なのだそうだ。


「親父は書斎か?」


 テオバルトが執事に問い掛ける。その様子はサラに絡む時とは全く違う、不機嫌で固い表情だった。


「はい、主は読書をしていらっしゃいますが、読書中は誰も邪魔をしないように、と言付かっております」


 執事から進言されたテオバルトは苦々しい表情で「チッ」と舌打ちする。テオバルトの父親である セレドニオは大の読書家で、一旦書斎に籠もると中々出て来ないのだ。


 テオバルトはずかずかと廊下を進み、書斎の前に立つとドンドンと扉を叩きながら「親父! 入るぞ!」と言い、中からの返事を待たずに部屋に入った。


 書斎の中はまるで図書館のような重厚感のある雰囲気が漂っているが、もちろん図書室は別に作られている。飴色の高級な机の上には本が積み上げられており、その奥にいるであろうセレドニオの姿を隠してしまっている。


「親父! 孤児院への資金提供はちゃんと止めているんだろうな!?」


 テオバルトが本の山に向かって声を上げるが、返事は聞こえない。


「サラの奴、未だに俺に援助を求めて来ないんだぜ!? もう孤児院には金が残っていないはずだろう!? どうなってんだよ!」


  セレドニオからの返事が無くても構わずに、テオバルトは声を上げ続ける。そうしてしばらくすると、読書の邪魔をされた事に腹を立てたのだろう、機嫌が悪そうなセレドニオの声が聞こえてきた。


「……全く、うるさい奴だ。儂が書斎にいる間は何人たりとも近づくな、と執事に伝えておいたはずだが?」


「その事は聞いたから知ってるけどよ! 今はそんな事より孤児院の件だよ! なあ、ちゃんと資金は渡していないんだよな? 神殿からの支援金も渡していないよな?」


 テオバルトの切羽詰まった様子に、 セレドニオはやれやれとため息をついた。


「司祭が不在となってからは孤児院に資金は渡しておらんよ。もうかれこれ一年経とうとしているのだ。既に経営が破綻しておってもおかしくないのではないか?」


「俺もそう思ってサラに会いに行ったんだけどよ! それが全然平気そうなんだよ! ガキ共の服が買えないぐらい困ってるハズなのに!!」


 通常であれば、神殿に併設されている孤児院には神殿本部から援助金が、街の領主からも補助金が支給される事になっている。だが、サラがいる孤児院には長い間それらのお金は支給されていない。

 それは全て領主であるセレドニオが、息子であるテオバルトの望みを叶える為であった。


「資金が無くなれば俺を頼ってくると思っていたのに……! 一体どうなってんだよ……!」


 テオバルトはずっと昔からサラが好きだったが、全く相手にされていなかった。彼なりにサラに振り向いてもらおうと、あの手この手で挑んだものの全てが玉砕している。

 その手段が自分の裕福さや顔の良さのアピールだったり、ワザと女の子を侍らせてみたりと間違った方向に進んでいるのだから、相手にされないのも仕方が無い事だろう。

 だけど馬鹿なテオバルトは自分の間違いに気付かない。


 サラに相手にされないテオバルトは、神殿の司祭が不在なのを利用し、神殿や孤児院に渡すべき資金の支払いを停止させ、生活に困窮したサラが自分を頼って来るのを待っていたのだ。だが、資金提供を止めてそろそろ一年にもなろうとしているのに、サラが自分の元へ来る様子は無い。


「邪魔な司祭が帰ってくるまでにサラを手に入れたいのに……!」


 司祭がいた時はサラに接触しようとするといつも邪魔をされていた。だからサラを手に入れるのであれば今が絶好の機会なのだ。


「そもそも、あんなガキどもがいるから、サラは俺の誘いを受けられないんだ……! クソッ! ガキどもさえいなければ……」


 テオバルトは孤児院の子供達が以前から邪魔で仕方がなかった。何故ならサラを誘っても子供達を理由にいつも断られているからだ。

 しかし本の間から聞こえた不機嫌な声に、テオバルトの思考が逸らされる。


「お前が資金さえ止めればあの娘が手に入るので協力してくれ、と懇願したからその通りにしてやったと言うのに……情けない奴だ」


 この街の領主であり、父親でもあるセレドニオが積み上げられた本の間から現れる。その容貌はテオバルトによく似ているが、持っている雰囲気と目の鋭さには領主の風格があった。


「これ以上あの孤児院を放置していたらワシの沽券に関わる。現になぜ援助しないのかと苦情も増えている。あの娘が欲しいのなら早くどうにかしろ」


 セレドニオのその言葉にテオバルトは悔しそうに歯噛みする。領主権限で停止している資金提供が再開されてしまうと、サラが自分を頼ってくれる機会が無くなってしまう。


(ようやく俺と話がしたいって、サラの方から言ってきたのに……!)


「本来なら身寄りが無い孤児上がりの娘が相手など反対するところだが、あの娘は住民達に『ソリヤの聖女』と言われるぐらい人気がある。だから特別に協力してやっているのだ。我が家の名声の一助になると思ってな」


 サラの人気の高さはテオバルトもよく知っている。彼女に懸想する男達の多さも。だからテオバルトは一刻も早くサラを手に入れたかったのだ──他の誰かのものになる前に。


「期限は援助を停止してから一年間──二週間後までだ。分かったな」


 セレドニオはテオバルトにそう言うと書斎から出て行ってしまった。


 そうして一人残されたテオバルトは「クソッ!!」と叫ぶと、悔しそうに歯を食いしばるのだった。

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