第13話 自覚
「……あ! サラちゃん! おかえりなさーい!」
「サラねーちゃんおかえりー!!」
「はーいただいまー! ほーらみんなー! お土産だぞー! あ、クラリッサさん! 子供達を見てくれて有難うございます!」
街から帰ってきた私を見つけた子供達が嬉しそうに集まってくる。そんな笑顔の子供達に囲まれながら孤児院の中に入ると、子供達を見てくれていた婦人会のクラリッサさんにお礼を言う。
「あらあら、サラちゃんお疲れ様だったわねぇ。さあ、中に入って」
クラリッサさんに促された私は子供達と一緒に食堂へ行き、お土産に買ったお菓子を鞄から取り出した。
「ほら、お土産のチョコレートだよ。みんなで仲良く分けてね」
チョコレートは自分が作れるお菓子じゃないし、子供達が大好きなのを知っているので、ちょっと高額だったけれど思い切って奮発したのだ。
前回食べたのはお爺ちゃんがいた時だから、もう一年以上口にしていない事になる。
「うわー! チョコレートだー! 僕これ大好きーー!!」
「あまいにおいね。おいしそうね」
「わぁ!! サラねーちゃんありがとう!」
案の定子供達はとても喜んでくれた。食堂中が「あまーい!」「おいしーい!」と言う子供達の声で溢れかえる。
そんな子供達の笑顔を眺めていると、クラリッサさんが私の前にお茶が入ったカップを置いてくれた。
「最近、この街に他所から来た人間が増えて来たって聞くけれど、サラちゃん一人で大丈夫だった?」
クラリッサさんの言葉に一瞬テオとのアレコレを思い出すけれど、結局市場のみんなに助けられたし、何ともなかったのでわざわざ言うまでも無いかと思い、軽く流すだけにする。
「ちょっとテオにお茶を誘われたけどね。断ったらどっかに行ったし大丈夫だったよ」
私がそう言うとクラリッサさんは眉を顰め、心配そうに「まあ……」と呟いた。
「これからは街に行く時は誰かと一緒に行きなさい? サラちゃん一人じゃ心配だわ」
このクラリッサさんをはじめ婦人会のおばさま方や、街の人達はいつも私の心配をしてくれる。本当に優しい人達だと思う。この孤児院がこうして存続出来ているのも街の人達のおかげなのだ。
「大丈夫だよ。この街の人達はとても優しいし、心配する事は何も無いよ。……まあ、一部を除いてだけど」
もちろん、その一部というのはテオの事だ。昔から何かと絡まれるけれど、最近その頻度が高くなってきている感は拭えない。
そう言えば領主の息子って勉強しないのかな? いつもフラフラしているみたいだけど。
「もう! サラちゃんは不用心ね! サラちゃんはとても可愛いのだからもっと自覚して! 自分を大切にしてちょうだい!」
「はい、気を付けます」
クラリッサさんの迫力に思わずこくこくと頷いて返事する。最近同じ様な事をエルにも言われたっけ。
「サラちゃんはこの街の大切な宝なんだから、本当に気をつけなさい? 皆んないつもサラちゃんを心配しているのよ」
「え……。いや、宝って……そんな大袈裟な」
この街唯一の神殿の、唯一の巫女だからかな? まだ見習いだけど。でもそんな風に思ってくれている事がとても嬉しくて、私の心がじんわりと温かくなる。
「……でも、すごく嬉しい! 有難うクラリッサさん」
私には親がいないから想像でしか無いけれど、もしお母さんがいたらこんな風に心配してくれたのかな……なんて思いながら笑顔でお礼を言うと、涙目のクラリッサさんにぎゅうっと抱きしめられた。
「もう! サラちゃんったら可愛すぎよ! うちの子にしたいぐらい! でも抜け駆けはダメって掟があるし……!」
クラリッサさんが何かぶつぶつと呟いているけれど、クラリッサさんのふくよかな胸に顔が埋まっている私の耳では良く聞こえない。
それからしばらく抱きしめられた後、よしよしと頭を撫でられ、ようやくクラリッサさんから解放された。すごく嬉しいけれどちょっと苦しい。でもこうして誰かに抱きしめられるのってすごく癒されるんだな、って実感した。
「そう言えば、最近のサラちゃんは表情がすごく明るくなったねってみんな言っているわよ」
「え? 本当? 私そんなに暗かった?」
なるべく顔に出ないように気を付けていたけれど、いつの間にか悲壮感を醸し出していたのだろうか。最近まで本当に生活がギリギリだったしな。
「そうね。いつも笑顔だったけど、ふとした拍子にね」
どうやら私が孤児院の事で悩んでいた事は街のみんなにダダ漏れだったらしい。
「でも最近のサラちゃんは心から笑っているっていうのが分かるし、それに何だか綺麗になったって噂なのよ。好きな人が出来たんじゃないかって街の男の子達がソワソワしているらしいのよ」
「ふぇっ!? な、何それっ!?」
す、好きな人って……! 孤児院の事でいっぱいいっぱいなのに、そんな余裕があるわけ──と思ったところで、私はふと紅玉の瞳を思い出す。
(──っ! 違う違う! そりゃエルはすっごく綺麗な顔をしているし、とても優しいけれど、悪魔だから……! エルは私と相反する存在なんだ!! だから魅了されちゃダメだ!! 負けるな私!!)
好きか嫌いかはさておき、実際孤児院の危機を救ってくれたのはエルなのだ。だからクラリッサさんが言う通り、私が心から笑える様になったというのなら、それはきっと──……
(……やっぱり、エルのおかげなんだろうなぁ……)
私は艶やかな黒髪の、美しい悪魔の姿を思い浮かべる。忌むべき色を纏っていても、私は彼に嫌悪感を持った事は一度も無い。
むしろ一緒にいるとホッとして、温かい気持ちになる。
「あらあら、好きな人の事を考えているのかしら? 頬を染めちゃって可愛いわぁ」
エルの事を思い出していたら、クラリッサさんにそんな事を言われてしまい、反論もろくに出来ないまま私の顔はどんどん赤くなる。
「まあ……! 本当だったのね……。ごめんなさい、サラちゃん。揶揄うような事を言ってしまって。サラちゃんに好きな人が出来て嬉しいわ。きっととても素敵な人なのね」
私の様子に心情を察してくれたクラリッサさんが、頭をよしよしと撫でながら謝ってくれる。
(……うぅ……認めたくなかったけど、やっぱりそういう事だよね……)
綺麗で優しくて、気遣いが出来て……何より、私の押しつぶされそうだった心を救ってくれた。そんな人に惹かれない筈がなかったのだ。
──私は無駄な抵抗を諦めた。
理由を付けて否定する事で、自分の気持ちを誤魔化していた……それはきっと、傷つきたくなかったからなのだと今なら分かる。
エルが何者でも関係ない──私はあの美しい悪魔に、恋をしているのだ。
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