第21話 拉致

 以前雨宿りした廃神殿は、てっきりエル──悪魔を祀っていた神殿だと思いこんでいたけれど、本当は恋愛を司る神様の神殿だったとエリーさんに教えて貰い、私の頭の中は混乱する。


「今考えたら、悪魔信仰の神殿にしては全く禍々しくなかったものね。私、前の街で怖い話を聞いた直後だったから変な想像しちゃってたみたい。あの時サラちゃんまで怖がらせてしまったし」


 エリーさんは国や街を行き来して商売をする商隊の一員で、しかも隊長の奥さんでもある。だからあちこちで色んな噂を耳にするけれど、最近不穏な噂が多いそうだ。


「レフラの森で大きな魔物を見たとか、大森林の半分が消し飛んだとか、そんな噂が多いのだけれど、飛び交う噂を聞いていると何となく『闇』を感じてしまうのよ」


 エリーさんが言う『闇』は、自然現象や魔法属性の闇ではなく、悪意ある悪しきものの『闇』なのだそうだ。


「えっと、それはこの周辺で悪しきものが悪さをしている、と言う事ですか?」


「そうなのよねぇ……これと言った証拠も何も無いのだけれど、商人の勘とでも言うのかしら、最近の出来事に何かの意思を感じるのよね……変な話だけれど」


 『闇』といえば盗賊のお頭の闇魔法や、エルの事を思い出す。

 私もつい先日『闇』絡みの経験をしたばかりだし、きっとエリーさんの話は本当の事なのだろうな、と思う。商人の勘は侮れないと言うし。


「あ! ごめんなさいね、こんな話になっちゃって。とにかくサラちゃんが心配していた神殿は無事だったし、悪魔じゃなくて恋愛の神様の神殿だったから安心してね、って伝えたかったの」


「エリーさん……! 私の為にわざわざありがとうございます!」


 こうして自分を心配してくれる人の存在をとても嬉しく思い──私はハッと気が付いた。

 エリーさんはいつも私を気遣ってくれているのに、私はエリーさんに何も返せていないのだ。


(何かエリーさんにお礼をしたいけれど……どうすれば良いんだろう? さっき作ったお菓子は子供達が食べちゃったし……)


 私がどうしようと悩んでいると、エリーさんが「そろそろお暇するわね」と言って席を立ってしまう。このままではお礼が出来ずに帰らせてしまうと焦った私の頭に、さっきまで刺していた刺繍の事が浮かび、「あ!」っと閃いた。


「エリーさん、渡したい物があるのでちょっと待っててください!」


 私はエリーさんにそう告げると慌てて部屋に行き、刺繍したハンカチを持って応接室に戻る。


「お待たせしてごめんなさい! これ、私が刺繍したんですけど、良かったら使って貰えませんか?」


 私がそう言ってハンカチを差し出すと、エリーさんは「まあ……!」と目をパチクリさせてハンカチを受け取り、嬉しそうに微笑んでくれた。


「この刺繍、サラちゃんが? すごく素敵……! ありがとう、とても嬉しいわ!」


 エリーさんに渡したのは枝に止まっている青い小鳥を刺繍したハンカチだ。花の刺繍もあしらっていて、エリーさんのイメージにぴったりかなと思う。


「ふふ、この小鳥とても可愛い……あちこちを旅する私と同じね。大切に使わせていただくわ」


 エリーさんはそう言うと、ハンカチを大事そうに鞄に入れてくれた。そんな様子に、ハンカチを気に入ってくれた事が伝わってきて嬉しくなる。


 それからエリーさんは「また遊びに来るわね。今度はゆっくりお話しましょ」と言うと、少し慌てた様子で孤児院を後にした。きっと忙しいのに無理に時間を作って来てくれたんだろうな、と思うとハンカチだけじゃなく他の物も渡せば良かったな、と後悔する。


(また遊びに来てくれるって言ってたし、それまでに何かお礼を考えておこう)


 私はエリーさんに感謝の気持ちを込めて、エリーさん達の商隊が無事に旅を終えますように、と心から祈った。

 




 * * * * * *





 エリーさんが帰ってから子供達の面倒を見ている内に、あっという間に時間が過ぎて、気が付けば外はすっかり日が暮れて夜になっていた。

 私は子供達に晩御飯を食べさせた後の片付けをしながらこれからの事を考えていた。


(えっと、子供達を寝かせたらすぐに荷物を纏めなきゃいけないよね。エルが来たら色々話したいけど……時間あるかなぁ)


 テオや盗賊達の事と神殿の事、エルの正体の事……聞きたい事はたくさんあるから、今晩は眠れないかもしれないな、と私は徹夜を覚悟する。


 それから子供達を寝かしつけ、自分の部屋に戻ろうとしたところで玄関の扉がノックされる。


(……え、こんな時間に誰だろう……? もしかしてエルが来たとか……?)


 いつもは私の部屋に直接やってくるエルだけれど、今日はお行儀よく玄関から来たのだろうか、と思いつつ、念の為確認しようと扉に向かって声を掛ける。


「えっと、どちら様でしょうか?」


「私はソリヤを司教区としているバザロフ司教の使いの者だ」


 扉の向こうから返ってきたのは意外な人物の声だった。


(ソリヤを担当している司教の名前ってバザロフっていうんだ……初めて知ったよ)


 管轄の司教の名前を知れたのは良いけれど、こんな時間に教会の人間が一体何の用だろうと不思議に思いながら扉を開けると、司祭服に身を包んだ壮年の男性とその後ろに修道士らしき男性が二人立っていた。


「えっと、どうぞ中にお入り下さい。そちらでお話を──……」


「いや、ここで良い。お前が巫女見習いのサラだな?」


 神殿関係者だし立ち話できる雰囲気じゃないと思い、応接室に案内しようとしたけれど、そんな私の言葉は司祭に遮られ、代わりに名前を確認される。


「はい、そうですけど……」


「うむ。お前をバザロフ司教がお呼びだ。私達と一緒にラキトフ神殿まで同行願おう」


 私は司祭からの要請に驚きつつ困惑する。同行を願うと言われたけれど、もしかして今すぐ行かないといけないのだろうか。


「それは今からという事ですか?」


「うむ。あちらに馬車を用意しているのでそのまま乗って貰いたい」


 何だか気軽に言うけれど、子供達を置いて行く訳には行かない私は申し出を断る事にする。


「申し訳ありませんが子供達を置いて行く訳には行きません。また日を改めて──……」


「それは出来ん。司教様をお待たせする訳にはいかんのだ」


 断ろうとした私の言葉をまたもや遮った司祭が、後ろに控えていた修道士達に目配せをすると、頷いた二人が私の腕をそれぞれ拘束する。


「えっ!? ちょ、ちょっと! 何をするの!! 離して!! って、司祭様!! 一体どういう事ですか!?」


 まるで犯罪者のような扱いに抗議の声を上げるけれど、私の訴えは無視されて強引に馬車に乗せられてしまう。


(くっそー! 一体何なの! 何で私が会った事もない司教に呼ばれるのー!?)


 無理やり乗せられた馬車の中では修道士二人に両脇を固められてしまい、身動きが取れないので逃げ出すのは難しそうだ。ちなみに私の正面には司祭が偉そうに座っている。


 私はもう一度この状況の説明を求めようと司祭に問いかける。


「これは一体どういう事なのですか!? きちんと説明して下さい!!」


 相手は司祭で巫女見習いの私がこんな口の聞き方をして良い相手ではないけれど、あまりの理不尽さにムカついた私にそんな配慮が出来る筈もなく。抗議する私を司祭はジロリと鋭い眼光で睨みつけてきた。


「お前は巫女見習いの身でありながら、あの『紅眼の悪魔』と懇意にしているな?」


 司祭の放った言葉に、私の心臓がドキリと跳ねる。


「え……紅眼……悪魔……?」


(……それって、やっぱりエルの事だよね……)


「隠しても無駄だ。こちらで調べは付いているぞ」


 調べは付いていると言う司祭の言葉に、法国が持っているという魔道具の事を思い出す。


(すっかり油断していたけれど、例の異形の者を見つけ出すと言う魔道具が使われていたんだ……!)


 でも、エリーさんの話でエルの神殿は恋愛の縁結びの神様だったと聞いた。それなのにこの司祭はエルの事を悪魔と言う。


 ──エルの正体って一体何なのだろう……悪魔なのか神なのか、私には全く分からない。

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