第20話 廃神殿の真実

 ──ふいに目が覚めると、はじめに目に飛び込んできたのは毎日のように見ている天井だった。

 顔を窓に向けると、カーテンの隙間から光が漏れていて、朝焼け色だった空が青く染まっていくのが見える。


(……ああ、もう朝か……。そろそろ起きて朝ごはんの準備しなきゃ……)


 代わり映えのない朝の様子に、のそのそと起き上がった私は伸びをしながら盛大にあくびをする。そしてしばらく微睡んだ後、何かを忘れているような気がして「あれ?」と思う。


「──あ……っ!! エル!!」


 あまりにもいつも通りの光景だったからすっかり忘れていたけれど、私は意識を失う前にあった出来事──テオが雇ったらしい盗賊達に子供達と一緒に拐われた事や闇魔法を掛けられそうになった事、久しぶりに姿を現した悪魔に助けられた事を思い出す。


(あれって夢じゃない……よね? 現実だよね……?)


 あまりの予想外の出来事に、もしかするとエル会いたさに見た夢なんじゃないかと考える。だけど、闇魔法に身体を侵食された時の悍ましさやエルの威圧の恐ろしさを、いくら夢とはいえ想像力が貧困な私に再現できる筈もなく。


(あれが夢かどうかは分かんないけど、まずは子供達の無事を確認しないと……!)


 昨日は拐われた子供達の姿を見れないまま意識を失ったので、全員が無事かどうか心配だったのだ。

 部屋を出る前に何か変わった事がないかと、部屋をぐるっと見渡した私はふと拐われた時の事を思い出す。


「そうだ!! 窓!!」


 私がバッと振り返ると、盗賊のお頭に壊された筈の窓はちゃんとついていた。割れて飛び散った筈のガラスもはまっているしガラスの破片も見当たらない。


(……あれれ〜? やっぱりあれは夢……?)


 夢か現実か分からなくなってきた私の視界の隅に、ふと見覚えのないものが映ってハッとする。何だろうと思いながら見てみるとそれは白い封筒で、私の机の上にさり気なく置かれていた。


 封筒を手にとってみると宛名も差出人も何も書かれていなかったので、怪しいと思いつつ中を確認すると、繊細な模様が箔押しされた便箋に、綺麗な文字で自分宛てのメッセージが書かれていた。


『サラへ──今日の夜迎えに行くので、身の回りのものを纏めて待っていてください。事情はその時説明します。──エル』


(ええ? 迎えに来る? 今夜? どういう事ー!?)


 エルの手紙の内容に、私の頭の周りははてなマークがたくさん飛び交っている。


(……迎えに来るから荷物を纏めろって、孤児院を離れるという事? でもそうなると子供達は? まさか置いて行けって……? でもエルが私にそんな事を言う訳がないし……)


 何が何だか分からないけれど事情は説明してくれるみたいだし、昨日の事は夢なのかどうか確認して、それから今までの事を根掘り葉掘り聞いてやろう──私はそう決意する。


 とりあえず荷物は後で纏める事にして、先に子供達の眠る部屋へと足を運ぶ。そして子供部屋の前に来て扉を開けようとしたけれど、私の手はドアノブへ伸ばしたまま固まってしまう。


(……もし子供達がいなかったら……部屋が空っぽだったらどうしよう……!)


 思わず最悪な想像をしてしまった私がドアを開けるのを躊躇っていると、ドアノブがくるりと回り、ドアがあっけなく開かれる。


「あれー? サラ姉ちゃんどうしたんだ?」


「サラちゃんおはよう」


「サラねーちゃん腹減ったー」


 部屋からいつも通り元気そうな子供達が出て来るのを見た私は思わず子供達を抱きしめる。


「わあ! サラ姉ちゃん!?」


「うふふ、サラちゃんどうしたの? くすぐったいよ」


「ね、ねーちゃんどうした? 悪い夢でも見たか?」


 子供達の温かい体温を感じ、心の底から安堵すると同時に子供達が無事だった事を神に感謝する。本当に子供達が無事で良かった……! 


「……うん。ちょっと嫌な夢見ちゃって……ごめんね。ちょっとだけぎゅってさせてね」


「大丈夫か? もう怖くないぞ、俺が付いてるからな!」


「わたしもサラちゃんぎゅーするー!」


「あ! 俺もー!」


 私の言葉に心配してくれた子供達がぎゅっと抱きしめ返してくれる。そしてその様子を見ていた他の子達も集まってきて「僕もサラちゃんぎゅうするー」「いいなーわたしも抱っこしてー」「僕も僕もー!」と抱きついてくるので、子供達に囲まれた私はもみくちゃにされてしまう。


「わわ……っ! みんなありがとうね。おかげで元気になれたよ。さあ、朝ごはんにしよっか」


 子供達にぎゅうぎゅうと抱きつかれながらそう言うと、みんなが一斉に「はーい!」と言って笑顔になる。そんな子供達の笑顔が愛おしくてたまらない。


(いつも何気なく過ごしていた日常がこんなに幸せな事だったなんて、あの出来事がなかったら気付かなかったよ……)


 司祭様がいなくなってからずっと大変で、自分一人がどん底に突き落とされたような気になっていた。けれど子供達がいつも元気でいてくれたのはとても幸せな事だったのだ。


 きゃあきゃあとはしゃいで楽しそうにしている子供達を眺めながら、改めて神に感謝した私はいつもの日常に戻るべく、朝ごはんの準備に取り掛かる事にした。





 * * * * * *





 朝ごはんを食べている時、さり気なく昨日の事を覚えていないか探りを入れてみたけれど、子供達全員何も覚えていなかった。


(盗賊に拐われた記憶なんて無い方が良いもんね。トラウマになったら可哀想だし)


 とりあえず子供達への心配事が無くなった私は、空いた時間を利用して刺繍の内職を進める事にする。できるだけ多くの品を納品して収入を得ないと……と考え、ふと昨日の出来事を思い出す。


『……孤児院への援助資金を親父に頼んで止めて貰ったんだ』


 ──それは、盗賊達に捕まった私にテオが告げた事実で。


「ああー! 忘れてたーー!! そうだ!! テオの奴……っ!!」


 馬鹿馬鹿しい理由にすごく腹が立ったのに、どうしてすっかり忘れてしまっていたのか。自分でものんき過ぎると呆れてしまう。


「えっと、こういう場合はどこに連絡すれば……領主……でいいのかな?」


 ……今更だけど、あれからテオはどうなったんだろうと考える。

 エルに捕まったのだから地獄に連れて行かれたのかもしれない。なら、きっと盗賊達も一緒なのだろう。

 子供達は覚えていないとはいえ、酷い事をしたのは確かなのだから、もう二度とそんな気なんて起こらないようにコテンパンにして、根性を入れ直して欲しい。エルにお願いしたらやってくれるかな。……悪魔に人間の更生をお願いするのも変だけど。


 そう言えばテオはずっと前から次期領主と言われていたのに、今回の一件でその話もご破算だろうな、と思う。そもそも領主がテオに協力したせいで孤児院は大変だったのだ。領主には直接会ってガツンと言ってやらなきゃ気が済まない。


(問題はいつ領主の屋敷に行くかだけど……今すぐは無理だしなぁ)


 何だか考える事が多すぎて、もう頭の中はキャパオーバー寸前だ。

 私は刺繍していた手を止め、ちょっと休憩しようかな、と思い立ち上がると、丁度そのタイミングで玄関の扉がノックされた。


「はいはーい、っと。あ! エリーさん!」


 扉を開けた先には、相変わらず優しげに微笑んでいるエリーさんがいた。


「こんにちはサラちゃん。忙しいのにごめんなさいね」


「全然!! エリーさんならいつでも大歓迎ですよ! どうぞ入ってください!」


 前回と同じようにエリーさんを応接室へ案内し、今回もお茶を淹れようと思ったけれど、「お話したらすぐ帰るから」とエリーさんに固辞され、私も大人しく椅子に座る事にする。


「あまり時間がないから簡単に説明するとね、サラちゃんが心配していた廃神殿は入り口付近に石が落ちたぐらいで崩れていなかったそうよ」


 私が椅子に座ってすぐ、エリーさんが話してくれたのは私を安心させてくれる内容の話だった。きっと心配していた私を気遣って、忙しい合間をぬって情報を手に入れてくれたに違いない。エリーさんには感謝の気持でいっぱいだ。


「あの廃神殿が無事で良かったです! でも、崩れた石をわざわざどけて中に入ったんですか?」


 崖崩れだと落ちた石もかなり大きいだろうし、撤去するのも大変だったんじゃないかな、と想像する。


「私の知り合いが調査隊にいて、その人から話を聞いたのだけれど、神殿の入り口は塞がっていなかったそうよ。結構大きく崩れたらしいから、その話を聞いた人が勘違いしたみたいね。私も間違った情報をサラちゃんに伝えちゃってごめんなさいね」


「いえいえ! それは大丈夫ですから! 気にしないでください!」


 今回の崖崩れで巻き込まれた人がいないか、周りの状況はどうなっているかを調査するために数人の調査隊が派遣されたそうだけれど、落石が転がっていたぐらいでこれと言って大きな被害はなかったらしい。


(……あれ? でもそれって結局入り口は塞がっていなかったって事だよね? じゃあ、エルが神殿に閉じ込められてたっていうのは……?)


 自分の予想と違う話に頭の中で困惑していると、エリーさんが更に追い打ちをかけてきた。


「そうそう、あの廃神殿はもともと恋愛の神様を祀っていたそうよ。しかも縁結びの神様らしいわ。どんな神様なのかしらね」


「……えぇっ!? 恋愛の神様……? 縁結び……?」


(一体どういう事……? あの神殿はエルを祀っていたんじゃないの? それともエルは悪魔じゃなくて恋愛の神様なの……!?)


 エリーさんが話てくれた内容に、私の頭は更にこんがらがってしまうのであった。

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