第10話 司祭の謎
私は気を取り直してエルにお茶をご馳走しようと準備をする……と言っても、このお茶もエルから貰った物なのだけれど。
(この紅茶もすごく良い物なんだよね……一体何処で売っているんだろう? 今度ランベルト商会で聞いてみようかな)
お茶の準備が終わり、お互い向かい合って座る。ちなみにエルは椅子で私はベッドに腰掛けた状態だ。
「では、テオとの会話を教えていただけますか?」
「うん? ああ、えっと──」
(テオの話なんて聞きたいんだ。もしかして結構マメなのかな?)
私は先日あったことをエルに話す。でも大した話では無いのですぐに話し終えてしまった。これと言って有益な情報じゃなくて申し訳ない。
「…………なるほど、だからそんな話に……」
私の予想に反して、エルは何かを考え込んでいる。今の話にそんな考えるようなことあったかなあ?
「これからは出来るだけ彼には会わないで下さい」
エルはテオの事があまり好きではないようで、テオと今度ゆっくり話す約束をした事を説明するとすっごく反対されてしまった。
「どうして? 別にテオに会いたいわけじゃないけど、情報は集めなくてもいいの?」
子供達への贈り物の代償として領主に関する情報を集めて欲しいって、エル本人が言っていたのに……。
「貴女にお願いした僕が浅はかでした。貴女に諜報員のような真似が出来るとは到底思えません。僕の人選ミスです」
(人選ミスって……そんなに駄目かなあ? テオって結構良い情報源だと思うんだけど)
「領主周りの情報は僕の方で集めますから、貴女は決して彼と関わらないで下さいね」
「まあ、別に会いたくも何とも無いからいいけれど……」
でもそれじゃあ益々貰った贈り物との釣り合いが取れなくなってしまうから、何か別の方法で返さないといけなくなってしまう。
「……そこまで意識されていないって、逆に同情してしまいますね……」
私のテオの扱いにエルが苦笑いを浮かべている。
「そりゃ、私一筋とか何とか言っているけれど、言葉と行動が伴っていないし、散々女の子と遊んでいるような男はちょっとねぇ……」
可愛い女の子を沢山侍らしているのに、まだ足りないのだろうか。
「千人斬りでもしたいのかな?」
そんな私の言葉に、「カチャン!」とエルのカップが音を立てる。普段冷静そうに見えるエルがものすごく動揺しているのが伝わってきた。
「……貴女、そんな言葉を一体何処で……」
「ん? 司祭様からだけど? 昔はブイブイ言わせていたとか、女に不自由したことがないとか、良く自慢してたな、って」
嘘か本当か分からないけれど、司祭様──お爺ちゃんは昔すっごくモテたのだそうだ。それで色々苦労したとか何とか。
「もう女は懲りごりだから、この辺境に来たって言ってたよ……って、どうしたの?」
エルを見ると、机に両肘を付いた手で顔を覆っていた。今日はよく顔を手で覆う日だなあ。
「……そんなに項垂れなくても……エルだって選びたい放題遊び放題でしょ?」
この美貌だったら女悪魔とか淫魔にもモテモテだろう。きっと美女が選り取り見取りなんだろうな。
「いやいや! そんな不誠実なことはしませんよ!」
項垂れていたエルが顔をガバっと上げて反論する。その赤い顔に、この悪魔はかなり初心なのだと分かって驚いた。
(人間のテオより身持ちの固い悪魔って。普通は逆じゃないかなあ?)
悪魔でも貞操観念はしっかりしているらしい。まあ、エルが特別なのかもしれないけれど。
それにしても、こっちが情報を提供する立場なのに、随分悪魔について詳しくなってしまった気がする。これではイカンと思い、エルに何か知りたいことは無いかと質問することに。
「そうですね。ではアルムストレイム教について貴女が知っている範囲で教えていただけますか? あの国はあまり情報が出回りませんから」
エルが初めて私に質問を投げかけてきた。私が分かる範囲ならどんな事でも答えよう。あまり重要な事は知らないけれど、これで少しは対価が払えるといいな。
ちなみに世界的にアルムストレイム教が宗教に於いて一大派閥なのは自明の理だけれど、意外なことにアルムストレイム教の総本山である法国──アルムストレイム神聖王国の事はあまり知られていないのが現状だ。それは法国が秘密主義なのが原因なのだけれど。
「法国が秘密主義なのは、あの国の本神殿に神から与えられた<神具>だの<秘儀>だの色々あるからだろうね。そんな神の神秘を奪われたり暴かれたくないんじゃないかなあ」
ちなみにこの国にもアルムストレイム教の神殿本部があるけれど、基本この国は自由信仰を認めている。今はアルムストレイム教の勢力が強いけれど、昔ながらの民間信仰や土着神を信仰をしている人達もいる。
「神聖王国と銘打っているけど、法国のトップは実質教皇でね。『国王? 誰それ?』って感じらしいんだよね。それにアルムストレイム教って言うけれど、それは神様の名前じゃなくて教皇が代々受け継ぐ名前なんだよ。今の教皇になってから随分経つみたいだけれど、退位する気配が全く無いんだよね。まあ、司祭様は『不老不死の妙薬でも飲んだんじゃね?』って言っていたけれど」
「現在の教皇はまだ若いと聞いたことがありますが……なるほど、長い間一人の人間が教皇を務めているんですか。それは知りませんでした」
「まあ、教皇なんて法国の住人でも滅多に見れないしね。顔を知らない人が殆どじゃないかなあ。司祭様は『マジ美形! やべぇ!』って言っていたけど」
時々司祭様の口真似を交えて話する。司祭様、人が居ないところだったら凄く口が悪かったからなあ。外面も良かったし、騙されてる人も多かったんだろうなと思う。
「若くて綺麗で歳を取らないなんて、まるでエルフみたいだよね。でも法国は純血主義がまだまだ根強いし。<使徒座>の中でも亜人嫌いが数人いるらしいから、教皇がエルフだなんて有り得ないんだけどさ」
「……え!? いや、ちょっと待って下さい! 貴女は<使徒座>の事もご存知なんですか?」
私の話を静かに聞いていたエルが、突然声を上げたから驚いた。
「うえっ!? ま、まあ、司祭様から聞いた範囲なら……?」
「貴女を育てたという司祭様とは一体何者なんですか? 教皇の姿を見た事があり、更に法国の中央行政機関である各聖省の長の事までご存知だなんて……ただの司祭では無いのでは?」
エルに真剣な顔でそう言われ、改めて司祭様──お爺ちゃんの事を思い出す。
「……何ていうか、自由な人だったなあ。聖職者なのに、その枠に縛られない感じと言うか。破天荒な性格をしていたしね。今は神殿本部にある引退司祭様用の施設で隠居してるんじゃないかなあ」
「隠居……? 貴女や子供達を置いて、ですか?」
いつもは甘い声色だったエルの声が、一段も二段も冷たく低くなる。心なしか部屋の気温が数度下がったような気もする。
「いや、司祭の位を返上しに行ったっきり音信不通でさ。お爺ちゃんは帰ってくるって言ってたのにおかしいなーって。だからもしかして何かあったんじゃないかなって。ただ、怪我とか死んだなら連絡があるはずだけど、今のところそれも無いから生きているとは思うんだよね」
エルはお爺ちゃんが私達を見捨ててのうのうと隠居していると思ったのだろう。悪魔なのに私達の心配をしてくれるなんて、お人好しなんじゃないだろうか。
「……やはり神殿本部か……」
慌てた私のフォローにエルの怒りは治まったようだけれど、今度は何かを考え込んでしまう。
でも敬語が抜けたその呟きに、自分の前では素を見せてくれているのかも、と思うとちょっと嬉しい。
(何が目的なのかは分からないけれど、何だか忙しそうだよね……)
悪魔にも睡眠が必要かどうか分からないけれど、ちゃんと寝ているのか心配になってしまう。……巫女見習いが悪魔の心配だなんておかしいのだろうけれど。
──でも、せめてこの部屋にいる間だけは……少しでも心が安らいでくれたらいいな、なんて……私はそう思わずにはいられなかった。
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