43 任命
ヴィクトルさんに案内されて辿り着いた場所は、元老院議員達が集う会議室だった。
歴史がありそうな、荘重な装飾がされた扉をヴィクトルさんがノックする。すると、しばらくして重厚な音を響かせて扉が開かれた。
初めて見る会議室は、高そうな美術品が飾られてるけれど落ち着いた雰囲気で、国の中枢を担う貴族達が集まるのにふさわしい場所に見えた。
だから突然そんな場所に連れてこられた私の頭の中は、疑問符がたくさん飛び交ったままだ。
だけど、正面の上座に座る人物を見た私は、はっと自分を取り戻す。
「王国の星、エデルトルート殿下にお目にかかれて光栄です」
お爺ちゃんが見惚れるような所作で、丁寧にエルへ挨拶をする。
そんなお爺ちゃんの姿に一瞬驚いたけれど、ここでボケっと突っ立ってる訳にはいかないと思った私は、以前教えてもらった礼儀作法を思い出し、可笑しくないようにお辞儀する。
私達を見た貴族達が、ほぅっ…と溜息をもらす。
貴族達が感心する様子に、私のお辞儀は可笑しくなかったんだと思うと、心にちょっとだけ余裕ができた。
私は失礼にならないよう、サッと部屋中を見渡して貴族達の顔を確認する。
(あ、エルの隣りに座ってるおじさん、すごく顔が赤い。高血圧かな?)
私達が来る前にどんな話をしていたのかは分からないけれど、きっと国が抱える重要な問題に立ち向かうために頑張ってくれているのだろう。
そう感謝したのも束の間、その名も知らぬ元老院議員のおじさんが、突然エルに向かって怒り出した。
「この崇高なる元老院会議に平民を招くなど、殿下は何をお考えか!! 神殿の件といい、殿下の行動は目に余りますぞ!!」
おじさん議員の言い分に私はホントだな、と思う。だけど同意できるのは前半だけだ。後半の神殿の件というのは、やはり私が関係するあの件だろう。
(……という事は、あのおじさん議員が神殿派か……)
エルに誡められたおじさん議員が、周りの議員達から宥められているのを見て、何となく勢力図が目に浮かぶ。
私が頭の中で王族派と神殿派の議員を分別していると、エルとお爺ちゃんが会話し始めたので、慌てて思考を戻す。
「──それでシス殿、こちらへ赴かれたということは、決断されたのですね?」
「はい。殿下をお待たせしたこと、深くお詫び申し上げます。お時間をいただいたおかげで、私の迷いはなくなりました」
エルが言うお爺ちゃんの決断とは、離宮で話していた人生設計のことだろう。
どうやらお爺ちゃんは自分の身の振り方にずっと悩んでいたようだ。
(そんなにお爺ちゃんが悩んでいたなんて……全然気付かなかったよ……)
どうも私は他人の機微に疎いらしい。そう言えば婦人会のおばさま方にもよく鈍いって言われていたっけ。
自分の不甲斐なさを反省していると、エルが椅子から立ち上がって元老院議員達を一瞥する。
そうして部屋中に聞こえる様に、その美声を響かせる。
「王太子である私、エデルトルート・ダールクヴィスト・サロライネンは、このシュルヴェステル・ラディム・セーデルフェルトを、王国騎士団の団長に任命する!」
──エルの宣言に、私の頭は一瞬真っ白になる。
「ちょ……!? エル!! お爺ちゃん!! 一体どういう事なの!?」
辺境の地で司祭だったお爺ちゃんが、突然騎士団長に任命されるとは、一体誰が予想できたであろうか。
「どうもこうも、俺の就職先が見つかったって話だ。まあ、そういう訳でサラには悪ぃが子供達を頼むわ」
「だからって何で突然騎士団長なのさ!! 色々すっ飛ばしすぎでしょー!!」
王国騎士団長なんて重職、なりたいからなれるなんてある訳ない。
本来、平民が騎士になるためには潤沢な資金が必要なのだ。それは何故かと言うと、騎士団に入るためには試験を受けなければならないからだ。
その試験の内容を詳しくは知らないけれど、馬術と剣術は必須とされている。
それらを修めようと思うと、乗馬の訓練やら武具の用意、優秀な教師への依頼とかなり高額になるし、短期間で修得出来るものでもない。
「そこの娘の言うとおりです!! どこの馬の骨とも知れぬ男を、いきなり騎士団長に任命するとは……!! 一体殿下は何をお考えか!!」
「そのような暴挙、騎士団員も黙っておりますまい!」
「栄誉ある王国騎士団を侮辱する行為ですぞ!!」
驚きから回復した議員達が次々と反対意見を述べる。
(そりゃ突然現れた人間が王国騎士団長だなんて、誰だって反対するよね)
「殿下が騎士団長に任命されるという事は、その方はかなり腕が立つのでしょうか」
一部の議員達──主に神殿派の議員達がブイブイ文句を言っている中、エルの隣りに座っていたもう一人の議員が手を上げてエルに質問する。
騒いでいる議員達とは違い、落ち着いた雰囲気で優しそうな人だけれど、持っているオーラが全然違う。どう見ても高位の爵位を持つやり手なお貴族様だ。
「うむ。先日行われた騎士団との手合わせでは、短時間で団員全員に勝利している」
エルの返事に、質問したお貴族様だけでなく、反対していた議員達も驚愕している。
「──なっ!?」
「ば、馬鹿な……!? 騎士団全員……だと!?」
「しかも短時間で……?」
(えー!? お爺ちゃんってそんなに凄かったのー!?)
私が驚きの視線をお爺ちゃんに向けると、私の視線に気づいたお爺ちゃんがニヤリと笑う。
きっと私を驚かせたくて黙っていたに違いない。してやったりという表情を浮かべるお爺ちゃんが憎らしい。
議員達がどよめいている中、お爺ちゃんがすっと前に出ると、エルに向かって頭を垂れた。
「不肖シュルヴェステル・ラディム・セーデルフェルト、謹んでその任お受け致します」
「うむ。我が王国騎士団の練度向上を期待している」
騎士団長の任を受理したので、お爺ちゃんの正式な騎士団への入団が決まった。
だけど日を改めて、今度は国王陛下から任を与えられる任命式が行われるという。
(うわー! お爺ちゃん本当に騎士団長になるんだ……!!)
私がお爺ちゃんの出世に感動していると、またもやおじさん議員が文句を言ってきた。
「き、騎士団全員を倒したのなら、その者の腕前は確かなのでしょう。だがしかし! 腕が立つだけでは団長の任は務まりませんぞ!」
「……確かに。それで騎士団の練度を上げることなど出来るのか?」
「練度を上げるのなら、この世で最強と謳われる大聖アムレアン騎士団ぐらいにはなって貰わないとねぇ」
「左様、ならば我らも安心して騎士団長を任せられるというもの」
発言した議員達の言葉に、同じ神殿派であろう他の議員達もニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる。
お前に出来るものならやってみろ、という心の声が聞こえてきそうだ。
(大聖アムレアン騎士団……! 魔王でも裸足で逃げ出すと言われている法国の懐刀だよね……? それぐらい強くなれって、なんちゅう無茶振り!)
さっきから神殿派の議員達は何でもかんでも否定してくるので、部外者の私でもいい加減腹が立ってきた。
否定するなら代わりとなる代替案を出すなり提案するなりすればいいのに。
「今すぐは無理でしょうが、ご期待に添えられるよう、尽力する所存です」
だけどお爺ちゃんは、神殿派議員達の嘲笑を気にすること無く、余裕の態度で返事をした。
その堂々とした姿はその辺の貴族達より貴族らしく、私でも思わず見惚れるほどだった。
(お爺ちゃん格好良い! いつものお爺ちゃんならとっくにブチギレているのに……!)
相手を困らせるつもりが全く動じず、寧ろ余裕の態度を見せられた議員達が悔しそうな表情を浮かべている。
「……ほ、ほう、随分自信があるようだな……! 本当に我が国の騎士団を大聖アムレアン騎士団レベルまで引き上げられると……?」
「はい。私、シュルヴェステル・ラディム・セーデルフェルトの名にかけて」
引っ込みがつかなくなったのだろう、おじさん議員がまたもやお爺ちゃんに挑発的な言葉を浴びせる。
それでもお爺ちゃんは動じず、それどころか騎士団を強くする約束を交わしてしまう。それも普通ではありえないレベルにだ。
(ひーっ!! お爺ちゃんってばなんちゅうことを……!! これ、言い方は丁寧だけど、売り言葉に買い言葉じゃん!!)
「……セーデルフェルト……? どこかで聞いた事がある名ですね」
「私にも聞き覚えがありますね。しかしどこで聞いたのやら……」
「先程から思い出そうとしているのですけどねぇ」
お爺ちゃんの身を案じる私の耳に、恐らく王族派議員だろう人達の話し声が聞こえてきた。
どうやらお爺ちゃんの名前を知っているらしく、思い出そうと必死になっている。
「き、貴様如きが戯けたことを……! 大聖アムレアン騎士団は法国が誇る最高戦力なのだぞ……!」
「今まで法国が他国の侵略を受けなかったのは、大聖アムレアン騎士団があってこそなのだ!」
「その名を聞くだけで連合国の大軍が戦意を喪失すると言われておるのに……!」
どうしてもお爺ちゃんの言葉を信じられないのだろう、神殿派議員達がしつこく抗議してくる。
そんな議員達の様子に、お爺ちゃんが呆れた顔をすると、エルに向かって声を掛けた。
「恐れながら殿下、この場で私の口調を戻す許可をいただけますでしょうか」
「……んん? ……良い。許可する」
エルから許可を得たお爺ちゃんは、エルに「有難うございます」と礼を言うと、未だ納得していない議員達を一瞥する。
「さっきからギャアギャアうるせーんだよ! 俺が騎士団を強くするって言ってんだろーが!! それに殿下が認めるっつってんだからお前らは黙ってろ!!」
(ぎゃーーー!! お爺ちゃん貴族に向かって何怒鳴ってんのーーー!?)
「こ、この……平民風情が……!! 我らを愚弄するか!!」
「愚弄も何も、さっきから文句しか言わねー奴らが何言ってんだ? 俺に不満があるのならかかってこいよ。決闘でも何でも受けてやるよ」
お爺ちゃんの挑発におじさん議員が息を呑む。
決闘と言われても、騎士団を全滅させたお爺ちゃんに勝てる人間はこの中にいないだろう。
「お前のその自信は何なのだ!? 本当に騎士団を強く出来るというのか!?」
「だからさっきからそう言ってるだろうが。何回同じこと言わせんだよ」
しつこい議員に、お爺ちゃんがうんざりとしている。あれは早くうちに帰りたい顔だ。
「ど、どうしてそう言い切れる……! その自信は一体どこから……?」
「どうしても何も、俺がその大聖アムレアン騎士団の騎士団長だったからだよ」
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ
ようやくお爺ちゃんの秘密が明らかに!(隠してない)
拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!(*´艸`*)
次のお話は
「44 解決」です。
内容はタイトルまんま。色んな問題が解決していきます。
どうぞよろしくお願いします!(人∀・)
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