42 会議室2

 ──もし、サラが自分の告白を受け入れてくれたなら、自分は王位を捨ててもいいと、エデルトルートは本気で考えている。


 王族でなくなっても剣の腕で食べていけるだろうし、経済学も習得しているから商人になっても良い。医学も学んだから医者にもなれるし、薬学にも精通しているから薬師にもなれる。

 今まで努力してきた結果、どの職業になってもサラを養う甲斐性はあるとエデルトルートは自負している。

 そう考えると昔の自分の経験は無駄じゃなかったと、前向きに考えられるから不思議であった。


 自分がこうして前向きになれたのも、サラのおかげなのだろうと思うと、エデルトルートの心は温かくなる。


 しかし、自分にとって唯一無二の存在であるサラを手に入れる為にはまず、目の前の問題を解決しなければならない。


「──何度言われようと、アルムストレイム神聖王国の王女と婚姻を結ぶ事は絶対に無い」


 エデルトルートが威厳を持って高らかに宣言する。その燃えるような赤い瞳には、揺るぎない強い意志が込められていた。


 そんなエデルトルートの宣言を聞いた元老院の議員達は絶句する。


 今まで彼がこれほどの意志を持って拒絶した姿を見るのは初めてだったからだ。


「……っ、そ、そうは仰るが、アルムストレイム教との関係は一体どうなさるおつもりで……?」


 エデルトルートの気迫に、流石のベズボロドフ公爵も尻込みする。


「アルムストレイム教と関係を修復する必要は無い」


 更に告げられたエデルトルートの言葉に、会議室中がしんっと静まり返る。


「ば……馬鹿なっ!? 正気ですか!? アルムストレイム教との関係が悪化すると<聖水>が手に入らなくなりますぞ!!」


「左様! <聖水>が齎す恩恵は計り知れません! 殿下はその恩恵を手放すのですか!」


「殿下は我が国を滅ぼすおつもりか!!」


 ベズボロドフ公爵の言葉が引き金となり、神殿派議員達が次々と抗議の声を上げる。


 会議室中が騒然となる中、エデルトルートは顔色一つ変えずに上座に鎮座している。彼にとって議員達の反応は予想の範囲だ。


「確かに<聖水>は万病を治し悪しき者を退ける。だが、何時までもそれに頼るわけにはいくまい?」


 もし<聖水>が無ければ国が滅ぶのなら、バルドゥル帝国はどうなるのか。

 アルムストレイム教が唯一布教していない国である帝国には、勿論アルムストレイム教の神殿は存在していない。それは帝国内で<聖水>を手に入れるのは不可能であることを意味する。

 なのに帝国が繁栄し続けているのは、帝国が医療に重点を置いて医療機関や研究を保護・支援しているからだ。

 その施策のおかげで病人の数は減少し、外傷を負った者も先端医療技術で回復している。

 事故や戦闘で身体の一部が欠損した場合でも、その部位を補う魔道具を用いた義肢の開発も進んでいるのだ。


 ──それは<聖水>に頼らず、自分達の力で生きて行くことが出来ると、証明されたことに他ならない。


『アルムストレイム教は『聖水』を国との交渉材料にしてるって……聖属性のものを用意できるのは法国だけだから、どの国も言いなりだってお爺ちゃんが……』


 エデルトルートは以前、サラにした質問を思い出す。

 あの時、たまたま思い付いた質問に返ってきた答えが、アルムストレイム教の危険性をエデルトルートに気付かせたのだ。


 それを切っ掛けに、エデルトルートはアルムストレイム教との決別を決意する──自分の国の生殺与奪の権利を、他の国に渡す訳にはいかないのだ。


 だが、自分達の利益を最優先する議員達は、エデルトルートの決断を否定するだろう。何とかしてアルムストレイム教との決別を阻止しようと、あれこれ理由を見付けて来るはずだ。


「……で、では! <穢れし者達>は? 最凶の<穢れを纏う闇>が我が国を襲ったらどうされるのですか!!」


 案の定、ベズボロドフ公爵が今度は国の防衛手段について言及する。


 この<穢れし者達>とは、死・疫病・血などから生じた永続的・内面的汚れ──目に見えない汚れである<穢れた>存在の事を指す。

 特に最凶と言われる<穢れを纏う闇>は、一体で三つの村を一夜で滅ぼす力を持っているのだ。


 そんな<穢れし者達>や<穢れを纏う闇>の存在が、闇属性を誤解させる要因となっているのだから、エデルトルートにとっては迷惑以外の何物でもない。


「我が国の防衛力を補う必要があるのは確かだ。<穢れし者達>への対抗策も<聖水>に頼らずに済む方法を確立させるよう、帝国と合同で研究機関を設立する予定である」


 エデルトルートの返答に、ベズボロドフ公爵は反論出来ず、悔しそうに顔を歪め、ぐっと言葉を詰まらせる。


 この定例会議で、ベズボロドフ公爵を始めとする神殿派議員達は、エデルトルートを言及し、大司教からの打診を受けさせる予定だった。それが大幅に狂ってしまうとは……。


 ……まさかエデルトルートが、この場でアルムストレイム教との決別を宣言するとは夢にも思わなかったのだ。


 神殿派議員達が押し黙り、会議室が静かになった頃、扉をノックする音が部屋中に響いた。


 エデルトルートが扉前に控える文官に目配せし、扉を開けさせると、そこには彼の腹心であるヴィクトルがいた。


「会議中失礼致します。殿下、シス様とサラ様をお連れ致しました」


 ヴィクトルの言葉に、聞き慣れない人物の名前を聞いた議員達から、訝しむ雰囲気が伝わってくる。

 しかし、エデルトルートはそんな雰囲気を気にすること無く、ヴィクトルに入室の許可を出す。


 そうして、ヴィクトルに促されて入室してきたのは、雪のような白い髪を一つに纏めている美丈夫と、鮮やかな赤い髪の美しい少女だった。


「王国の星、エデルトルート殿下にお目にかかれて光栄です」


 白髪の男性がエデルトルートに向かって挨拶をするが、その所作には無駄が無い。寧ろ大貴族の威厳を感じる程である。

 そして赤い髪の少女もまた、美しい所作で礼を執っており、貴族令嬢と比べても何ら遜色はない。


 身に纏う衣服は平民のそれと同じで質素ではあるものの、醸し出す雰囲気はさぞや高貴な血筋であろうと予想させた。


 この二人は一体何者だろうと戸惑う議員達を他所に、ベズボロドフ公爵が声を上げる。


「この崇高なる元老院会議に平民を招くなど、殿下は何をお考えか!! 神殿の件といい、殿下の行動は目に余りますぞ!!」


 悉く自分の予想とは違う行動を起こすエデルトルートに、ベズボロドフ公爵が癇癪を起こして怒り狂う。


 この定例会議では身分を気にすること無く発言できるように、と配慮されているため、わざわざ発言の許可を取る必要が無い。とはいえ、ベズボロドフ公爵の言動はあるまじき行為であった。


「彼らは私の大切な客人である。その客人を愚弄する公爵の方こそ目に余るのではないか?」


 ベズボロドフ公爵に、怒りを滲ませたエデルトルートの声が届く。


 これは流石に不味いと思った神殿派の議員達が、怒り狂うベズボロドフ公爵を何とか宥めすかして落ち着かせた。


「──それでシス殿、こちらへ赴かれたということは、決断されたのですね?」


「はい。殿下をお待たせしたこと、深くお詫び申し上げます。お時間をいただいたおかげで、私の迷いはなくなりました」


 エデルトルートとシス以外に、二人の会話を理解できる者はいない。シスと一緒にこの場へ来たサラという少女もまた、議員達同様、不思議そうな表情を浮かべている。


 そんな戸惑う議員達を一瞥したエデルトルートは、椅子から立ち上がると、会議室中に聞こえる声量で言った。


「王太子である私、エデルトルート・ダールクヴィスト・サロライネンは、このシュルヴェステル・ラディム・セーデルフェルトを、王国騎士団の団長に任命する!」


 突然の宣言に、エデルトルートとシスを除いた、この場にいる全員が驚いた。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ

拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!(*´艸`*)


次のお話は

「43 任命」です。

ついにお爺ちゃんの正体が明らかに!


どうぞよろしくお願いします!(人∀・)

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