50 開花
──身体が熱い。
身体の奥から渦巻く炎が溢れ出て、まるで全身が燃えているみたい。
今の私はきっと高熱を出しているのだろう。
胸の奥から溢れ出てくる何かのせいで身体が悲鳴を上げているけれど、ずっと一緒にいた大切なものが消えていくような喪失感に、身体よりも心が押し潰されそうに痛い。
(……いや……! きえないで……!)
大切なものが失くならないように必死に守ろうとするけれど、そんな努力も虚しく、大切なものはどんどん小さくなっていく。
そして、胸のあたりが一瞬”チリッ“としたと同時に、消えそうな程小さくなった大切なものが、私から完全に離れてしまう。
(だめ……! いっちゃやだ! おいていかないで……!)
生まれた時からずっと一緒にあった大切なものとの突然の別れに、私は悲しくて悲しくてボロボロと涙を零しながら大泣きしてしまう。
そんな泣きじゃくる私の頭を、そっと優しく撫でる感覚がする。
お爺ちゃんの大きい手とは違う、細く柔らかい手の感覚を不思議に思う。
(だれ……?)
『……貴女の幸せを願ってる──愛しい子──……』
初めて聞く声のはずなのに、何故か懐かしい気持ちで胸がいっぱいになるけれど、その懐かしい声は次第に聞こえなくなり、大切だったものは空気に溶けるかのように消えてしまう。
「……っ!! やだ……!! いかないで……!!」
大切なものに向かって一生懸命手を伸ばすけれど、手は虚しく空を切る。
「サラっ!」
──だけど、大好きな声に名前を呼ばれたかと思うと、空を切った私の手を大きな手が包み込む。その少し冷たい感触に、私は夢から現実に連れ戻された。
「……ん……? エル……?」
火照った身体にエルの手の冷たさは心地よく、寂しさでいっぱいだった心が、手を握られたことで落ち着いていくのがわかる。
薄っすらと目を開けると視界がぼやけていて、頬を伝う涙の感触に、自分が夢を見て泣いていたのだと気付く。
段々視界がはっきりしてくると、そこには心配そうな表情をしたエルと、心配の中にも少し怒りをにじませた表情のお爺ちゃんがいた。
「……あれ? ここ、どこ……?」
* * * * * *
目覚めた私は、庭園で倒れた私をエルが寝室へ運んでくれたのだと教えて貰う。
「……! あ、あわわ……! こ、この度はご迷惑を……大変申し訳なく……!」
余りの失態に、思わず敬語になってしまう。
「ふふっ、どうぞお気になさらず。サラが無事に目覚めてくれて良かったです。安心しましたよ」
エルは笑顔で気にするなと言ってくれるけれど、私は気になって仕方がない。
まさかエルに担がれてエルのベッドに運ばれたなんて……! 道理で良い匂いだと……って、いやいや、そこじゃない。
しかも寝ている間に、エルと思いが通じ合った事をお爺ちゃんに知られるなんて……!
自分から言おうと思っていたのに、既に知られていたのが思いのほか恥ずかしい。
「シス殿に事情を説明する必要があったので、僕の方からお伝えしました。一緒にシス殿に報告しようと言っていたのに、すみません」
「ううん! 私が倒れたせいだから! エルが謝る必要ないから!」
何が起こっているのか知る為には正確な情報が必要で、情報の量は多ければ多いほど良いのだから、エルが状況説明をするのは当然のことで。
私がエルから説明を受けていると、部屋の扉がノックされ、「失礼します」と言って文官らしい人がエルを呼びに来た。これから会議が始まるらしい。
「サラが目覚めたばかりなのに申し訳ありません。執務が終わり次第すぐ戻りますから、ここでゆっくり休んでいて下さい」
エルはそう言うと、私に気遣いながら文官さん達と部屋を出て行った。
そうして、広い部屋で私はお爺ちゃんと二人になったのだけれど……。
「…………」
……お爺ちゃんは言葉を発することなく座っている。
(やばい……これはかなり怒っている……!)
お爺ちゃんがこうしてずっと無言でいるのは、かなり怒っている時なのだと、私は長年の経験で知っている。声を出して怒られるより、こうして静かに怒られる方が何倍も精神的にクルのだ。
(でも倒れただけでこんなに怒るとは……! 他にも何かやらかしたっけ……?)
お爺ちゃんに怒られるようなことをした覚えはないけれど、こういう時は大抵私が悪いので、必死に記憶を辿ってみる。
「……あ」
そう言えば、と思い出したタイミングで、私が目覚めてからずっと黙っていたお爺ちゃんがようやく声を出した。
「サラ。何か俺に言うことはないか?」
「あの、その……身体のこと、黙っててごめんなさい……」
「痣が消えたんだな?」
「うん…………へ? 消えた……?」
私が慌てて服の中を覗き込むと、先日までは薄っすらと残っていた痣が、何故か綺麗サッパリなくなっていて驚いた。
「……! え?! ない! どうして……」
私が黙っていた身体の変化──それは、私が生まれた頃からあったという胸の痣が、だんだん薄くなっていったことだった。
痣が増えたり濃くなったのなら心配だけど、薄くなる分には問題ないと思ってたのに……。お爺ちゃんの様子からして、私が倒れたのは痣が消えたことが原因のようだ。
お爺ちゃんから散々、身体に変化があれば必ず教えるようにと言われていたのに、私はその変化を大した事じゃないと勝手に判断してしまったらしい。
「あの痣は封印の一種でな。お前が倒れたのは封印──痣が消えたからだよ」
「ふ、封印!? なにそれ!! 聞いてないよ!!」
「言わなかったからな」
「だーかーらー! どうしてそんな大切なこと黙ってたのさ!! 騎士団長のことも言わなかったじゃない!!」
「俺の経歴はともかく、痣のことは説明しようと思ってたんだよ。変化があったとわかっていればな」
「うぐぅ……っ!」
お爺ちゃんからの反撃に、変化を黙っていたということもあって反論できない。
「それに封印なんてするからにはそれなりの理由があるんだから、そう簡単に話すわけ無いだろ。だから俺はお前から痣に変化があると言われてりゃ、こうならないように対処するつもりだったんだ」
お爺ちゃん曰く、胸にあった痣は私の魔力が漏れないように施された<呪術刻印>の一種だったらしい。
だけど私がエルを好きになり、エルへの想いがどんどん大きくなって……そして想いが通じ合ったことで、魔力が溢れ出して私の封印を壊してしまったのだそうだ。
「……どうして私の魔力を封印していたの?」
「アルムストレイム教の奴らにバレたら強制的に<花園>行きになるからな。お前の両親はそれを望まなかったんだよ。だからレ……お前の母親は魔力を封印したんだ」
「え……」
お爺ちゃんから「母親」と言う言葉を聞いた瞬間、私は寝ていた時に見た夢のことを思い出す。
私を「愛しい子」と言った懐かしい声と、優しく頭を撫でる手の感触。そして大切なものを失ったような喪失感……。
(もし大切なものが痣だったとしたら……あの声の人は……もしかしてお母さん……?!)
何故あの痣を大切に感じたのか、ずっと不思議だったのだ。だけどその理由はきっと、痣がお母さんと私に残された唯一の繋がりだったからだろう。
──お母さんは死んでからもずっと、私のことを守ってくれていたのだ。
そんな封印を私に施したお母さんって一体……と思ったところで、私は先ほどの話を思い出す。
「あれ? 今、<花園>って……それは聖属性の……? え、まさか……」
「お前は光系統の聖属性持ちだ。ちなみにお前の親は<聖女>と<聖騎士>だからな」
「………………………………はい?」
あまりのことに絶句している私を他所に、お爺ちゃんが私の生い立ちについて色々教えてくれた。
両親の名前や二人が出逢った経緯、逃亡中に私が生まれたこと──。
(まさか以前教えてくれた、駆け落ちした二人が両親のことだったなんて……!)
貴族どころじゃない両親の正体と迎えた最後に、私の頭の中は混乱を極めてしまう。
「……じゃあ、私のお父さんとお母さんは<使徒>に……」
聖属性を持つが故に、好きな人と結婚できないなんて……! しかも駆け落ちした人間を追い詰めて殺すなんて、それが人々を正しき道へ導く聖職者のやることなのか……!
今まで自分が信じていたものが足元から崩れていき、込み上げた怒りがドス黒く変化した感情に心が染まりそうになる。だけど私はぐっと踏ん張って、闇に飲まれないよう、怒りをぎりぎり我慢する。
「サラは聖下に──アルムストレイム教に、復讐したいか?」
私の怒りを察したお爺ちゃんが尋ねてくる。きっとお爺ちゃんは私が復讐したいと言えば、力を貸してくれると思うけれど──……。
「……ううん。私が復讐しなくても、神様は見ていてくれているし……。それにアルムストレイム教の教えが間違ってる訳でも、教徒全てが悪い訳じゃないから」
実際、アルムストレイム教の教えは素晴らしいと思う。ただ、その教えを自分の都合が良いように捻じ曲げたり、信仰心を利用するような輩がいるのが問題なのだ。
アルムストレイム教の聖典の中に「愛する子供達よ、自ら復讐してはいけません。ただ主の怒りに任せなさい。主は言われました。『復讐するは我にあり、我これに報いん』と。」という一節がある。
だから悪人に報復するのは神様にお任せしよう。きっとその叡智を以て、私が考えるよりももっとえげつない罰を与えてくれるに違いない。神様、頼みますよ!
「……だけどもし復讐を許されるのなら、アルムストレイム教からエルを──この国を守りたいと思うよ。アルムストレイム教の企みを阻止することと、エルと幸せになることが、私に出来る最大の復讐かな」
私が笑顔でそう答えると、お爺ちゃんは安心した表情を浮かべた。
それから「そうか。じゃあ、きっちり復讐しないとな」と言って、ニヤッと笑う。また何か悪巧みしているらしい。
「よし、これからに備えて今のうちにゆっくり休んどけよ」
お爺ちゃんが冗談交じりに言うけれど、'今のうち'の部分が引っかかる。
「……えっと、休んだ後はどうなるの?」
「そりゃ、やることがいっぱいあるからな。しばらくは大忙しだろ。勉強とか勉強とか勉強とか?」
「えぇっ!? なにそれ!! 勉強しかないじゃん!!」
勉強に追われる自分を想像してひーっ!となる私を、お爺ちゃんが憐れみの目で見てくる。
「そうは言ってもな。お前殿下と一緒になりたいんだろ? なら妃教育が必要だろうが。それに復讐するならまずこの国の現状を知らないとな。まあ、それは妃教育にも必要なことだし、丁度いいんじゃね?」
「……ぐうっ」
お爺ちゃんの言葉に、もう私はぐうの音しか出なかった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ
サラさん、闇堕ち回避成功です。
拙作に♡やコメント本当に有難うございます!❤(ӦvӦ。)
次のお話は
「51 嵐の前」です。
子供達と一緒にお勉強開始です。
あと10話ぐらいで完結の予定です。
本当は30話ぐらいで終わらせたかったのにやっぱり無理でした…_(┐「ε:)_
最後までまでお付き合いいただけたら嬉しいです!
次回もどうぞよろしくお願いします!(人∀・)
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