49 出自(エル視点)

 シス殿からアルムストレイム教の策略によって、闇属性が貶められたのだと聞いた僕は、怒りの炎が体中を駆け巡りそうになるのを何とか抑え込む。


「……自分達の利益のために、彼等はそんなことを……?」


 ただその為に、僕は貶められ、母は心を壊されたというのか……!

 王宮中の人間から畏怖され、化け物扱いされたのも、全て奴らの私利私欲のために……?


「……はい。アルムストレイム教上層部の腐敗はひどく、彼らは自分達の利益を守るためなら、教徒ですら利用するのです」


 シス殿の知人も、闇属性だと判明した途端、全てのものを失ったという。


「私の知人はとても優秀な修道士でした。彼は魔法にも精通していて、将来は秘跡聖省に入省して魔法を研究したいと希望していましたが、闇属性だというだけで未来は閉ざされ、強制的に暗部へ配属されました」


 そうして、シス殿の知人はそのうち嗜虐的な性格となり、無実の亜人を拷問した罪で処刑されたのだそうだ。


 教皇が交代しないまま、長い時間が経過したアルムストレイム教は、自浄作用が働かずに組織が腐り、そして聡明だった人間を歪めてしまうほどに、本来の性質から大きく変貌してしまったのだろう。


「話が逸れてしまいましたね。申し訳ありません」


「いえ、お話し下さり有難うございます。真実を知ることが出来て助かりました」


 今までは司祭達から心無い言葉を投げ掛けられる度に煩わしく思っていたけれど、これからはそんな悪意に惑わされずに済むのだから、今回教えてもらった話は僕にとってとても有難い。


「勿体ないお言葉をいただき有難うございます。……それで本題ですが、殿下は本当にサラを伴侶に望まれるのですか?」


 シス殿の真剣な表情に、これは最終確認なのだと理解した。きっと返答次第で僕の──いいや、この王国の命運が左右されるのだろう。


「はい。僕はサラ以外の伴侶は考えられません。サラでないと駄目なんです」


 サラが平民のままだったなら、僕は王族籍から抜けるつもりだった。だけど何の憂いもなくサラと結ばれるのなら、この国ごとサラを守りたいと心から思う。


「……そうですか。ならば私はサラの出自について、殿下にお伝えしなければなりません」


 僕の返答を聞いたシス殿は、安堵した笑みを浮かべると、サラの過去について話し始めた。


「もうお察しだと思いますが、サラの両親はアルムストレイム神聖王国の出身です。そしてサラの母親はアルムストレイム教に於いて<焔の聖女>と呼ばれていた炎系聖属性の持ち主で、父親は聖騎士団序列第二位、聖ファーレンテイン騎士団の団長でした」


「……っ!?」


 サラの両親がアルムストレイム教徒で、もしかすると上位聖職者なのではと予想はしていたけれど……。まさか<聖女>と<聖騎士>だったとは、全く予想していなかった。


「そのような高位の人間同士の娘が、何故孤児に……? サラのご両親はご存命なのですか?」


「……駆け落ちした二人に追手がかかりましてね。既に二人は神去ってしまいました」


「駆け落ち……!? <聖女>と<聖騎士>が?」


 身分的には何ら問題がなさそうだけれど、駆け落ちしなければならない理由があるのだろうか。

 不思議がる僕に、シス殿が教えてくれたのは、アルムストレイム教の教皇の異常なまでの<聖女>に対する執着だった。


「聖属性を持つ人間は全て『花園』と呼ばれる施設に集められます。世界中で行われる<鑑定の義>で聖属性だと判明した者も全てです。そして『花園』に集められた者は敬遠なる教徒になるための教育を受けますが、本当の目的は聖属性同士の人間を掛け合わせ、<聖母>をこの世に降臨させるためなのです」


「その<聖母>とは一体……? <聖女>とは違うのですか?」


「<聖母>とは教皇──私は聖下とお呼びしていますが、その聖下の対となる存在であり、聖下の花嫁となる者のことです。竜人や獣人でいうところの番と同じでしょうか」


 教皇は随分前から<聖母>を探し求めているのだという。


「<聖母>は聖下にとって『魂の片割れ』『半身』なのだそうです。だから聖下は<聖母>を生み出せる聖属性の人間を集め、子供を産ませては<聖母>かどうか確かめ、探しているのです」


 だから<聖騎士>とは言え、聖属性を持たないサラの父親との結婚を反対されたために、二人は駆け落ちという手段に出たのだろう。


「聖属性を持つが故に、愛のない結婚を強いられる……そんな歪な行為を繰り返したからでしょう、『花園』では聖属性を持つ赤ん坊の出生率が年々低下しているのです」


 シス殿が騎士団長を辞めてから十五年経過しているから、当時から更に出生率は低下していると予想する。


「サラの母親……聖女レティーツィア様はそんな結婚を嫌がり、激しく抵抗したと聞いています。そして父親のクラウディオもまた、『花園』の存在意義に疑問を持つようになった、と」


 サラの父親であるクラウディオが団長を務める聖ファーレンテイン騎士団は、法国の最高戦力である大聖アムレアン騎士団に次ぐ強さを誇るけれど、その役割は<聖女>や<聖人>の守護なのだそうだ。


 聖ファーレンテイン騎士団は、聖女達が各国から要請され来賓として招かれる時や、祭祀を行うために遠征する時に護衛として同行する。

 更に最凶の厄災である<穢れを纏う闇>を浄化するために、<聖女>の力が必要になった時も同行し、<聖女>が浄化を終わらせるまで<聖女>の身を守りながら戦うという。


「クラウディオは元々大聖アムレアン騎士団に所属していたのですが、その強さを見込まれ聖ファーレンテイン騎士団の団長に収まりました。そしてレティーツィア様と出逢い、恋に落ちたと聞いています」


 当時はお互い惹かれ合っていたものの、護衛する側とされる側という身分の差に、二人は悩んだりすれ違ったりしていたのだそうだ。他にも<聖女>の位が教皇に次ぐ高位というのも原因の一つとしてあったかもしれない。


 ──そうして、紆余曲折があったけれど、二人は将来を誓い合う仲となった。


「しかし、聖下はそんな二人を認めようとせず、レティーツィア様を監禁した上、クラウディオを騎士団長から解任し、投獄したのです。守るべき聖女を穢した大罪人として」


 聖騎士団序列第二位の聖ファーレンテイン騎士団団長である、クラウディオの投獄は法国中に衝撃を与えることとなった。

 しかし法国では他にも色んな事件が続発しており、その頃の事を人々は『混迷の三年間』と呼ぶようになったのだそうだ。

 その様々な事件の中には、女人禁制の大聖アムレアン騎士団で男装していた女性団員が発覚したり、ナゼール王国の国王とシス殿の恩人である大司教が暗殺されたりと、シス殿にとっても大変な時期だったらしい。


「先程クラウディオ殿が投獄されたとお聞きしましたが、彼は釈放されたのですか?」


「……いえ、処刑の前日に何者かの手引で脱獄しましてね。その時は処刑を免れたのですよ」


 クラウディオ殿を手助けした人物……と考えようとして思考を止める。該当するのは目の前にいる人物以外ありえないと気付いたのだ。


「では、レティーツィア様もその時一緒に逃亡したのですね?」


「はい。『花園』を警備していたクラウディオは人目につかない場所や抜け道等も全て熟知していましたから。レティーツィア様を連れ出すのは簡単だったと思います」


 そうして、法国から逃亡した二人は気候が穏やかなナゼール王国に辿り着き、身辺が落ち着くまで一年ほど滞在していたのだそうだ。

 しかし国王が暗殺され、アルムストレイム教の勢力が大きいナゼール王国は、二人にとって安住の地とは言えなかった。だから二人はアルムストレイム教の力が及ばない、バルドゥル帝国へ向かおうと考えたのだ。そして旅の途中で、レティーツィア様がサラを身籠った事が判明する。


「身体が弱く身重なレティーツィア様が、人目を忍んで帝国へ向かうのはリスクが高いと判断したクラウディオは、サロライネン王国でサラを出産し、サラがある程度成長してから帝国に向かうことにしたのです」


 サロライネン王国に逗まってからしばらく、サラが誕生しレティーツィア様の体調も戻りつつあったある時、遂に二人の居場所がアルムストレイム教の者に知られてしまう。


「クラウディオ達を見付けたと報告を受けた聖下は、直ちに<使徒>を向かわせました。騎士団を派遣しても危険だと判断したのでしょう」


 聖ファーレンテイン騎士団の団長だったクラウディオ殿は、他の騎士団の人間とも顔見知りで仲が良かった。

 だからクラウディオ殿を慕う騎士団を派遣しても、寝返って逃亡を手引する可能性があるとして、教皇の言いなりである<使徒>を向かわせたのだ。


「<使徒>は”裏の騎士団“と称され、聖下の命令であればどんな非道な行いも厭わない者達です。そんな手段を選ばない<使徒>に、流石のクラウディオも次第に追い込まれていきました」


 きっとクラウディオ殿達を追い詰める為に、<使徒>の連中は罪の無い人達も巻き込んでいったのかも知れない。じゃないと、正攻法ではクラウディオ殿に敵わないだろうから。


「私が追っ手のことを知り、駆け付けた時にはもう……」


 シス殿は後悔の念に苛まれているのか、言葉を詰まらせてしまう。


 部屋に沈黙が訪れた時、寝室の方からサラのうなされる様な声が聞こえてきた。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ


拙作に♡やコメント本当に有難うございます!(∩´∀`)∩ワーイ


次のお話は

「50 開花」です。

サラ視点に戻ります。


次回もどうぞよろしくお願いします!(人∀・)

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