第16話 襲来
エリーさんが孤児院へ来てくれた日の夜もエルは現れなかった。
(これは本当に廃神殿に閉じ込められている可能性が高くなってきたな……)
婦人会のおばさま方に連絡をとって、子供達を見て貰うように頼んだけれど、やはり突然の事だったので今すぐという訳には行かず、二日後に見て貰える事になった。
それでも十分に有り難い。また今度何かお礼をしなければ、と心のメモに記す。
そして出発する前の晩、エルの心配をしながら廃神殿へ行く準備をしていると、窓の外に人の気配を感じた。
(……!! まさかエル……!? 廃神殿から出て来れたの……!?)
私が心逸らせながら窓に近づくと、窓の外で黒い影が動いている事に気づく。その影を見た瞬間──背中を悪寒のようなものが駆け巡る。
(違う……!! これはエルじゃない!!)
外にいる何かが明らかに悪意を持っていると気付いた私は、慌てて窓から離れて部屋から出ようと踵を返す。そしてドアの取っ手を掴んだ瞬間、「ガシャーーーン!!」と部屋中に窓ガラスが割れる音が響いた。
「な……!?」
驚いた私が振り向くと、目の前に黒い手が迫って来ていて、頭を掴まれた瞬間、視界が真っ暗になって、私の意識はそこで途切れてしまったのだった。
* * * * * *
意識が微睡んでいる私の耳に、聞き覚えのない男達の声が聞こえて来るけれど、頭がぼんやりとしていて、男達の言葉の意味を理解出来ない。
「お、意識が戻ったみたいですぜ?」
「だが、まだ意識は混濁しているみたいだな」
「眠ってる顔も可愛かったけど、目ぇ開いたらめっちゃ可愛くね?」
「手ぇ出したらダメだなんて、生殺しだよなぁ」
「しょーがねーだろ。そういう依頼なんだからよ」
「ちぇ。いつもは味見できたのになー。かと言ってガキ共は小さすぎで食指が動かねーし。この巫女ちゃん、めっちゃタイプなんだけどなぁ」
「そりゃお前、『ソリヤの聖女』様だぜぇ。街中の男どもが狙ってるってよ」
男達の「ガキ共」と言う言葉に、私の意識が急激に引き戻される。
「……子供達……は……?」
私が何とか言葉を発すると、男達がニヤニヤしながら近づいて来た。目線が低い事から考えて、私は床に転がされているらしい。
「おーおー! さすが聖女様だ! 自分の事よりガキ共が心配ってか?」
「へへっ、ガキ共は全員別の部屋にいるぜぇ? 今はおねんね中だけどよぉ」
「ガキ共は俺らがちゃあんと面倒見てやっからな! 巫女ちゃんは安心してくれ!」
「おいおい〜! お前のその面見たら安心なんて出来ねーって!」
「ぎゃはは! 違いねぇ。それに面倒見るって何の面倒だよ! 子供らは売りに出すんだろ?」
「……なっ!?」
男達の言葉に驚愕する。私だけでなく、子供達全員が連れて来られているらしい。
私は連れて来られた場所がどこなのか探ろうと、首を動かして部屋中を見渡す。部屋の中は質素な作りで家具なども置いておらず、倉庫のような場所だった。
そして次に男達の様子を見てみるとそれぞれが防具や剣を身に着けていて、一見冒険者のように見える。でもこの町では見たことがない顔ばかりだから、他所から来た流れの盗賊達なのかも知れない。
この街の人達は信仰心が厚くて良い人達ばかりなのだ。そんな皆んなが子供達を誘拐なんてする訳がない。
「子供達には何もしないで! お金が欲しいなら、今は全然無いけど頑張って働いて用意するから……!」
エルのお陰でやっと孤児院の財政難は解消されたけれど、いつまでもエルに頼る訳には行かないとずっと思っていた。だからどうにかして自分達だけで生計を立てられるように、子供達と話しているところだったのだ。
子供達はこの一年で随分成長したようで、自ら働いて孤児院を助けたいと言ってくれた。そんな良い子達を売ろうだなんて、なんて酷い奴らだ……許すまじ!
(それに子供達が売られてしまったらもう二度と会えないかも知れない……!!)
この国では人身売買を禁止しているけれど、未だに人身売買が行われている国もあると聞く。どこかの国にあると言う犯罪組織が絡んでいる可能性だってある。
「ヒュー! 流石『ソリヤの聖女』様だ! 体を張って子供達を庇うとはお優しいこって!」
「あーあ。俺がお貴族様だったら巫女ちゃんとまとめて買ってやるのになー」
「ほんとほんと。こんな可愛いくて優しい子があんな奴のものになるなんてなぁ……勿体ないぜ」
さっきから男達が言っている「ソリヤの聖女」って私の事……? そんなあだ名が付いてたの? ──いやいや、それよりも気になる事があるんだった。
「『あんな奴』って……誰の事? 私達を拐うように言った人間がいるの?」
よく考えたらあんな貧乏な孤児院を狙う人間なんていないはず。金目のものは何もないし、子供達を売るって言ってもリスクの方が大きいと思う。
(……となれば、私に恨みがあるか孤児院が目障りな人物……?)
私に恨みがある人間を思い浮かべたけれど思い付く人物に心当たりがない。もしかして自分で気付かない内に、恨まれるほど誰かを傷つけていたのだろうか。
「ん〜? まあ、普通は知りたいよなあ」
「でも契約だからなぁ。俺達の口からは言えねぇな」
この盗賊達は意外と統率が取れているのかも知れない。守秘義務を遵守とは。
(でも、契約という事は誰かから依頼を受けたっていう事だよね。盗賊達が気まぐれで孤児院を襲ったわけではないのか)
依頼人の目的や、その正体が一体誰なのかを考えていると、部屋のドアが開いて誰かが入って来た。男達は入って来た人物を見ると一斉に姿勢を正す。
「「「「「お頭! お疲れさまです!」」」」」
やたらお行儀の良い男達に驚いた。さっきの砕けた雰囲気が張り詰めたものに変化する。どうやらこの「お頭」はかなり統率力が高いのだろう。
私がお頭なる人物を見ようと顔を上げると、黒いフードを被った大柄な男が立っていた。
(コイツは……!! 私の部屋に入って来た奴だ!!)
エルと勘違いした私に襲いかかって来た人物を見て、その時の事を思い出す。顔はよく見えなかったけれど、持っている雰囲気は一緒だと分かる。
(部屋の窓を壊して入って来た男がこの盗賊団のリーダーだったんだ。くっそー! よくも窓を壊してくれたな!! 修理にいくら掛かると思ってるんだ!!)
私が心の中でお頭とやらに恨み言を吐いていると、そのお頭がフードを脱いで、盗賊達に「変わりはないか?」と尋ねる。
「へい! 巫女は丁度目を覚ましたところです!」
「そうか。どれ、顔を見せてみろ」
お頭はそう言って私の元へやってくると、膝をついて私の顔を覗き込んで来た。盗賊達のお頭は意外と若いけれど目付きが悪い強面で、頬に大きな傷があった。
お頭が私の顎を掴み、ぐいっと見えやすいように持ち上げるけれど、姿勢が辛かった私の口から「ぐぇっ」とカエルのような声が漏れる。
「……へえ。さっきはよく顔が見れなかったが、これは上玉だな」
私のカエルのような声に引くかと思ったけれど、お頭は構わずに私の顔を舐め回すように見ている。その品定めするような目に不快感が高まっていく。
(くそー! 手でも噛んでやりたいけど、子供達がいるし……!)
私が反抗したらきっと子供達を盾にするだろうと思うと、ロクに抵抗も出来ない。
「お頭もそう思います? この娘は『ソリヤの聖女』と呼ばれるほどの人気がありますからね、聖属性は無くてもかなりの高額で売れると思いますが……」
子分その一が揉み手をしながら伺うようにお頭に進言する。やっぱり私は「ソリヤの聖女」って呼ばれていたのか……全く知らなかったよ……。聖女だなんて恐れ多いなぁ。
「──いや、契約は契約だ。この娘は依頼人に引き渡す」
お頭がちゃんと契約は守ると言うと、盗賊達は凄くがっかりしたようだった。
「お頭がそう言うのなら仕方ねぇか」
「あーあ。勿体ねぇなぁ」
盗賊達は名残惜しそうに私を見ていたけれど、渋々とお頭の決断に従うようだった。
私はこの状況を打開できそうなきっかけが無いかと思い、お頭に話しかける事にする。
「私達を誘拐しても、孤児院に誰もいなくなったら異変に気づいた街の人達が街の憲兵団に知らせてくれるよ。余所者のあなた達はすぐ見つかるよ」
以前、婦人会のクラリッサさんが言っていた話を思い出す。最近街に余所者が増えたって彼女は言っていたから、この盗賊達も街の人達に見られていると思う。
「残念だったな。俺達は誰にも知られないままこの街を出られるんだよ。それにいなくなるのは子供達だけだ。聖女様はこの街に残るからな。どうとでも言い訳はあるさ」
私はお頭の言葉に驚いた。子供達だけ拐う……? それで私だけ街に残る? 一体どういう事だろう。街に残った私が子供達の事を黙っているはず無いのに。
私が疑問に思っていると、部屋の扉をガンガンと叩き、慌てた様子の人物が入って来た。その人物は私を見付けると驚いた声を上げる。
「──サラッ!!」
私が拐われて連れ込まれた部屋に、息を切らしたテオが駆け込んで来た。
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