第33話 招待

「ねぇ、聞いた? ソリヤから来た子供達の事!」


「ああ、孤児院の子供達でしょう? 離宮で面倒を見ているらしいじゃない?」


「でも孤児達が王宮を出入りしているなんて……ちょっとねぇ……」


 子供達が図書館で本を読んでいる間、外の空気でも吸おうと思い廊下を歩いていると、王宮で働いている使用人達が噂話をしているところに出くわしてしまった。


 ……予想はしていたけれど、私達に対してあまり好意的ではないようだ。


 使用人とはいえ、王宮で働くのは比較的裕福な家庭出身の人が多い。それは身元がしっかりしている人間でないと王宮で雇って貰えないからだ。

 だからある意味選ばれし者達からすれば、身分も何もない孤児達に良い印象を持っていないのは仕方がない事なのかもしれない。


 だけどお爺ちゃん──司祭様はいつも言っていた。『見下されている孤児だからこそ、教育はしっかりしないといけない』と。

 だから私は『教養を身に着ける事で自分の身を守る事が出来る』という合言葉のもと、子供達に出来るだけ勉強や礼儀を教えている──かつてお爺ちゃんが私に教えてくれたように。


(うーん、それでも孤児に対する偏見は根強いなぁ……)


 王宮の人達の大半が子供達に対して友好的だけれど、全員に好かれるなんて不可能だ。それでも、少しずつでも偏見がなくなればいっか、と思いその場を離れようと踵を返す。


「それがねぇ、孤児だし行儀も悪いだろうと思っていたら、全然そんな事ないんですって!」


「そうそう、そこら辺の近所の子供より余程しっかりしているらしいわよ?」


「挨拶もちゃんとできるし、とても頭が良さそうな子供達だそうよ」


「しかも殿下にとても懐いていて、あの殿下が子供達にとても優しくしているんですって!」


 歩き出した私の耳に、子供達を擁護する声が聞こえてきて思わず足を止める。


(おぉ! 子供達が褒められている! やったね! 顔はわからないけど、褒めてくれた皆さん有り難うございます!)


 こうして褒めてくれる人がいるということは、子供達がとても良い子で頑張っているからだ。これはご褒美をあげないと!


 ──やっぱりお爺ちゃんの考えや教えは間違っていなかったんだ……! と、実感した私はとても嬉しくなる。


 私が子供達のご褒美は何が良いか考えながら子供達の待つ図書館へ向かっていると、背後から声を掛けられた。


「すみません、貴女がソリヤから来られたサラさんですか?」


「え?」


 突然名前を呼ばれて思わず振り返ると、そこには優しそうな顔をした司教が立っていた。

 ちなみにどうしてすぐ司教か分かるのかと言うと、着用しているストラ──首から掛ける帯状の布の色で違いが分かるのだ。

 大司教のストラは白、司教は赤色、司祭は緑となっている。


「──神の栄光が御身を照らしますよう、司教様にご挨拶申し上げます」


 私は失礼の無いように頭を垂れて挨拶をする。私が粗相をするとエルに迷惑をかけてしまうからだ。


 ソリヤの孤児院から来た私達は元々アルムストレイム教の管理下にあった。

 なのに私達は現在アルムストレイム教とある意味敵対しているエルの庇護下にいる。そんな私達を、アルムストレイム教の者は疎ましく思っているだろう。


 ──それは私達が問題を起こせばエルの弱みとなり隙を与え、糾弾する口実になってしまう。


 だから私は警戒を最大限に引き上げて司教と対峙する。


「ははは。そんなに畏まらないで下さい。お会い出来て光栄です。私はバザロフと申します。リナレス地方を司教区としているラキトフ神殿の司教です」


 私は司教が自己紹介した内容に驚いた。司教が告げた名は先日私を拘束した(未遂だったけど)主犯だったからだ。


「初めてお目にかかります。私はソリヤ神殿で巫女見習いをしているサラと申します。先日は司教様の招聘にお答えできず大変失礼いたしました」


 本当は招聘なんてもんじゃなくて拉致だったけれど、ここのところは波風を立てずに終わらせたい。


「あの時はお会いできるのを楽しみにしていたのにとても残念でした。しかしながら、こうしてお会いできたのは至上神のお導きでしょう」


「……はあ」


 人を拉致しといて何言ってんだ? と思ったけれど、ここはぐっと我慢する。それに何だか嫌な予感がするので早々に立ち去らせていただこう。


「お会い出来て光栄でした。子供達を待たせていますので、私はこれで──」


 ──失礼します、と言葉を続けようとした私を、バザロフ司教が制止する。


「まだ私のお話が終わっていませんよ。前回は振られてしまいましたからね、今回は是非とも私にお付き合いいただきたい」


 口調は柔らかいけれど、高圧的な感じがところどころ滲み出ているバザロフ司教に不信感が湧いてくる。


(でも私は巫女見習いだし、司教に従う謂われはないし!)


「申し訳ありませんが、私の一存では決めかねます。また後日改めてお返事させていただきます」


 エルも言っていたけれど、私は一般市民と同じ身分なのだ。アルムストレイム教の聖職者じゃないのだから、司教の申し出を断る事が出来る。

 どっちにしろこの事をエルに相談しよう、そう思っていたのだけれど──


「貴女には是非神殿本部までお越しいただきたいのです。色々お話させていただきたいこともありますし、何より貴女がよく知っている彼──司祭と会いたくありませんか?」


「──っ!?」


 バザロフ司教の言葉に私の心臓が止まりそうになる。実際、一瞬だけど止まったかもしれない。逆に今は驚きで動悸が激しいけれど。


 私の驚いた顔を見たバザロフ司教は満足げに微笑むと、私に手を差し伸べる。


「司祭に会いたいのでしょう? 彼は今大司教様の庇護下にあります。本来であれば面会は不可能なのですが、私が大司教様にお願いしてあげましょう」


(え……!? 大司教様の庇護下って……! お爺ちゃんってば何したのー!?)


 ──確かに私はお爺ちゃんに会いたいと思っている──でも、このままバザロフ司教と一緒に神殿本部へ行ってしまうと、もう二度とエルに会えない……そんな気がするのだ。


「こちらとしてはかなり譲歩しているのですよ? それに私も忙しい身ですから、余り時間を掛ける事は出来ないのです」


 バザロフ司教が今すぐ決断しろと迫ってくる。どうしようか迷っている私に、バザロフ司教がトドメの一言を放った。


「……ああ、そうそう。その司祭ですが、近日中に我が法国へ連れて行かれるようですよ」


「はぁっ!? 法国へ!? どうしてですかっ!!」


 お爺ちゃんは司祭の資格を返上しに神殿本部へ行ったっきり、一年も帰って来ないままで……手紙を送っても、結局返事の一通も送って来なかった。

 だから怪我や病気か、何かの理由で身動きが取れないのだろうと思っていたのに……。


(エルから貴賓室に滞在していると教えて貰って元気なんだと安心していたら、今度は法国送りって……!)


 ──破天荒な人だと思っていたけれど、流石に意味がわからない。


(でも、法国に連れて行かれちゃったらもう二度と会えないかもしれない……。なら、ここはバザロフ司教の提案を飲むしか……!)


 一年間も音信不通だった理由も知りたいし、聞きたい事は沢山あるけれど、一番はお爺ちゃんの無事な姿を一目みたい。


「どうします? 今を逃すともう司祭との再会は叶わないと思いますよ」


 バザロフ司教のダメ押しに、私は唇をぐっと噛みしめる。


「……行きます」


 望みの返答だったのだろう、絞り出すような声だったけれど、正確に意味を拾い上げたバザロフ司教が満面の笑みを浮かべる。


「それは良かった。では、時間もありませんのでこちらへどうぞ。馬車を用意していますから」


 バザロフ司教に促され、連れて行かれそうになるところを既のところで止める。


「ちょ、ちょっと待って下さい! せめて子供達やエリアナさんに一言言ってから……」


「時間が無いと言っているでしょう? 後でこちらから使いの者を寄越しますから、貴女はこのまま馬車に乗って下さい」


「そんな!? ちょ、ちょっと……!」


 問答無用というようにバザロフ司教が私の腕を掴むと、優しげな見た目に反した強い力で王宮の廊下を突っ切っていく。


(どうして今日に限って誰も通らないの……?)


 いつもなら誰かしら人とすれ違うはずの廊下だけれど、今は人の気配が全く無い。


(──エル、ごめん……! また迷惑をかけちゃう……!)


 誰か一人でもいいから王宮の人がいたら──と考えた私が甘かった。どうして自分はこう考えが足りないのだろう。


 ──結局、私は誰ともすれ違うこと無く、神殿本部へ連れて行かれたのだった。

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