35 再会
神殿本部に連れて来られた私が集まっていた司教達から魔力属性を〈鑑定〉されている時、トルスティ大司教が小神殿に入って来た。
「トルスティ大司教様、叙階前にこの娘の属性を<鑑定>したのですが属性が視えなかったのです。私だけでなくここにいる者全員で確認したのですが、誰にも属性はわかりませんでした」
「ほう……それは珍しい」
司教達から報告を聞いたトルスティ大司教が私をじっと視る。
今日私は一体何回<鑑定>されたんだろう……。
鑑定の儀でもこんなに見られる事は無いだろう。流石にそろそろ不快になってきた。
「……なるほど。これはわからないでしょうね。彼女の属性は『光』ですが、本当に微かなので気付かなかったのでしょう」
「おお……! 流石大司教様!」
大司教の鑑定結果に司教達が感嘆のため息をつく。
(属性が『光』……! 私は光属性なんだ……!)
初めて知った自分の属性に驚いたけれど、微かな属性ってどういう意味だろう。そんな言葉初めて聞いたよ……。
「光属性ではありますが、魔法の適性はありませんね。とりあえず叙階は行えるでしょうが」
大司教によると私は魔法が使えない人間らしい……。ちょっと残念。せめて初級の魔法でもいいから使ってみたかった……。
「残念ながら聖属性も持っていないようですね。彼の方が辺境の地で守り育てた娘と聞いて、もしや『聖母』かと期待したのですけどねぇ……」
勝手に期待しておいて期待はずれたったと、私に価値はないのだと、蔑みの目を向けられながら溜息混じりに言われてカチンとくる。
大司教というからどれぐらい立派な方なのだろうと思っていたけれど、結局は私を無理やり連れて来たバザロフ司教や、子供達を助けてくれなかったツルッとした司教達と大して変わらないではないか。
この神殿本部の聖職者には、人を慈しみ、哀れな人々を助け、救いの手を差し伸べる──そんな慈愛の心が全く感じられない。
私がそう思った瞬間、聖なる光に満たされている筈の神殿が、急に色褪せて見えた。
──神の光は失われ、祈りの声は届かない。
光が失われたこの場所にいるのが嫌になった私は、早く離宮に帰りたくて堪らなくなる。
最早子供達の笑顔や笑い声で溢れているあの場所が、私にとっての聖域なのだ。
(だけど……お爺ちゃんを置いて帰る訳には……!)
お爺ちゃんに会えると思ったから、ある意味敵地である神殿本部までやって来たのに。
「……それで、私は司祭様に会いに来ただけなのですが、何時になれば会わせていただけるのですか?」
大司教に会う為には巫女にならないといけないみたいな事を言われたけれど、目の前にはその大司教がいる。なら、もう叙階を受けて巫女になる必要はないだろう。
「先程も言った通り、司祭と面会するには貴女に巫女になっていただかないといけません」
バザロフ司教はどうしても私を巫女にしたいらしい。だけど、そこまで私を巫女にしたがる理由がわからない。
「魔法の適性もなく、聖属性もないただの巫女見習いが巫女になってもお役に立てないと思いますが? きっと期待を裏切る事になりますので、このお話は辞退させていただきます」
大司教への嫌味を込めて、巫女になれという要求を突っぱねる。
今回の件で神殿本部には心底がっかりした。巫女以前に巫女見習いもやめてしまいたい。
そもそもソリヤの神殿から離れた時点で私はもう巫女見習いではないのだ。
今日まで習慣で巫女服を着ていたけれど、もうこんなものは脱ぎ捨てて、明日からはエリアナさん達と同じ使用人のお仕着せを着る事にしよう!
「なんと無礼な娘だ……!」
「小娘が生意気な事を!」
「誰に向かってそのような口を叩くか!」
「大司教様に失礼だろう! 早く謝罪しろ!」
司教達が口々に非難してくるけれど、発言を撤回するつもりも謝るつもりもない。
こうなってしまえばお爺ちゃんにはもう会えないだろうけど、ここで私が折れて言いなりになる方がお爺ちゃんは怒ると思う。
「そういう訳ですので、私はこれにて失礼します」
とりあえず一言、司教達に挨拶をした私は扉に向かって歩き出す。
「……待ちなさい」
背後から掛けられた声にちらりと目を向けると、笑いをこらえていたらしいトルスティ大司教が、たまらずといった感じで笑い出した。
「ははは! これはこれは……! 流石彼の方が育てただけあって肝が据わっていますね!」
嫌味を言われて笑い出したトルスティ大司教に、司教達がポカーンとする。さっきまで私に文句を言っていた司教達も戸惑っているようだ。
「先程は大変失礼致しました。貴女を蔑ろにするような意図はありませんでしたが、誤解させてしまい申し訳ありません」
トルスティ大司教はそう言うと、私に向かって頭を下げて謝罪した。
「へっ!?」
「大司教様!?」
「な、なんと!?」
意外なトルスティ大司教の行動に、司教達が驚愕の表情を浮かべている。心なしか顔色も悪い気がするのは……きっと気のせいじゃないのだろう。
この国でトップに立つ聖職者である大司教が、一般人と同等の、しかも孤児である巫女見習いに対して謝罪するなど前代未聞なのだと思う。
「え……っ、いや、その……っ! もう気にしていませんから! だから大司教様もどうかお気になさらず!」
私は慌てて大司教の謝罪を受け入れた。
もうこれ以上問題が起きる前に、ここはさっさと退散してしまうに限る。
「では! 今度こそ失礼します!」
私はシュタッと手を上げて挨拶をし、一目散に逃げようとしたけれど、大司教はどうしても私を帰したくないらしく、再び声を掛けてきた。
「まあ、待ちなさい。私は貴女がとても気に入りました」
「……へ?」
またもや変な声が出てしまった。だけど予想外の事を言われたのだから仕方ない。
「単刀直入に言います。貴女も一緒に本国の大神殿へ行きませんか? 貴女さえ良ければ栄光ある大神殿で神に仕える巫女にして差し上げますよ」
本国の大神殿とはアルムストレイム教の総本山、アルムストレイム神聖王国にあるオーケリエルム大神殿の事だろう。
オーケリエルム大神殿で働くには厳しい審査と試験があり、そう簡単になれるものじゃないと聞いた事がある。
同じ司教や司祭でも、オーケリエルム大神殿か地方の神殿かでその位階も違ってくるのだ。
だから聖職者達は誰もが本国のオーケリエルム大神殿で働きたいと願っている……らしい。
「……え、でも、大神殿で働くには難しい審査と試験の他にも家柄が関係してくるんですよね? 孤児の私が大神殿で働けるなんてとても思えないのですが」
いや、別に大神殿で働きたいだなんて少しも思っていないけれど。
大司教とは言え本国の人間じゃないのに、そんな事が可能なのか気になっただけなのだ。
「ふふふ。その点はまず問題ないでしょう。私からの推薦状と貴女が会いに来た方の身分があれば、すぐにでも巫女になれるでしょう」
「それはお爺ちゃんの事ですか? 身分って……お爺ちゃんは一体……」
このトルスティ大司教という人物は本国でもかなり顔が利くらしい。そしてお爺ちゃんの事にも詳しそうだ。
(それにしてもお爺ちゃんってば何者なのー!? 田舎にいるただの司祭じゃないのー?)
貴賓室にいるって聞かされた時、もしかして身分が高いのかな? って一瞬考えたけれど、でも私が知るお爺ちゃんはとても高貴な人とは思えない。
「えっと、私が会いに来たのはソリヤの街で司祭をしていた人物なのですが……。誰かとお間違えでは?」
もしかして司祭違いなのではないだろうかと今更ながら不安になってきた。
(ソリヤの司祭じゃなくてソリスの司祭だったりして! うん、ありえる!!)
ソリスはソリヤと名前が似ているのでよく間違えられるし、ソリヤと比べて交易が盛んな大都市なので規模が全く違う。
そんな大都市の司祭と間違えたと言われた方がまだ納得できる……ような気がする。
「やはり彼の方は貴女に身の上を話されていないのですね。ならば私が教えて差し上げましょう」
どうやら勘違いではなく、さっきから大司教が言っている「彼の方」というのはお爺ちゃんの事で間違いないらしい。
「貴女を育てた方は、アルムストレイム神聖王国が誇るせ──」
大司教により、今まさにお爺ちゃんの謎が明かされる! と思ったその時──
”ドカーーーン!!”という音と同時に小神殿の扉が吹き飛んだ。
爆風と飛び散る扉の破片に、私は怪我をしないよう咄嗟に体を屈めて身を潜める。
(そう言えば、以前もこんな事があったような……)
私はラキトフ神殿の司祭からエルの正体を聞き出そうとした時の事を思い出す。
(あの時もあと一息というところでトラブルがあったっけ……)
「な、何事!?」
「だ、誰か!! 誰か衛兵を呼べ!!」
「何者だ!? ここは神聖なる神殿だぞ!」
突然の事に司教達が慌てふためいている。
あの重厚な扉を破壊して誰かが乱入して来たのだろう、足音と共にその誰かが近づいてくる気配がする。
(──あ! もしかしてエルが助けに来てくれたのかも!)
あの時と同じように、タイミング良くエルが来てくれたのだと思った私の頭を、その誰かが優しく撫でた。
(あれ……? エルじゃない……)
──私の頭を撫でる大きな手は、小さい頃からずっと変わらない、私が大好きな手で──
「サラ、久しぶりだな。一年間も苦労させてすまなかった。孤児院を守ってくれて有難うな」
──ずっと聞きたかった、大好きなお爺ちゃんの声と、優しい瞳の笑顔を見た私の目から、自然と涙が溢れ落ちた。
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お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ
これからこちらの更新も隔週とさせていただきます。
ぬりかべ令嬢と交互の更新となります。
両作品ともどうぞよろしくです!❤(ӦvӦ。)
拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!
次回もどうぞよろしくです!
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