第39話「ヴォルフ・エルーダ」
俺たち二人が木々を使って射線をきりながら奴らの方に近付いているとヴォルフが反対側から飛び出して目立つように走り出した。
「何っ!?」
「誰だっ!?」
その行動で、物音に気付いた商人の二人。
二人合わせて振り向くと、ヴォルフは直後二人目がけて飛び蹴りをかます。
「—————っ‼‼‼‼」
蹴りは片方の胸元に直撃し、吹っ飛んだがもう片方はくるっと身体をくねらせて距離をとる。
着地して、片方を睨みつけるヴォルフの表情はまさに憎悪一色だった。
「な、なんだよ……あぶねえじゃねえかっ!」
「危ない? 貴様ら、奴隷商人だろ。あぶねえも糞もあるわけないだろ」
「っち、自警団かっ……くそっ」
そいつは唾を吐き捨て、腰に携えてあったサーベルを引き抜いて構える。
どうやら彼は彼で手練れの様だ。
あの速度で襲い掛かったヴォルフを避けたことも考えればかなり強そうだった。
「俺は自警団ではない。ヴォルフだ」
「ヴォルフ……へぇ、そうか、お前か」
「なんだ?」
「お前がうちのところの商人を捕まえては殺してを繰り返している奴はよぉ。ボスに聞いてるぜ、お前のことはしっかりな」
「ふん、下劣な野郎にはそのくらいするのが普通だろう」
「下劣も何も、俺たちはこれが仕事なんだ。勝手に怒らないでくれないか?」
「ふざけるな。村の子供を襲って連れ去るのが仕事だと、笑わせるな!」
ヴォルフの怒号が森に響く。
奴隷少女の首輪から伸びた鎖を掴んでいた客? と思われる鳥頭の男が少しビクついた。
「っ‼‼‼」
それを見かねたヴォルフが一瞬で移動し、鳥頭の懐に入り込む。
驚くも束の間。あまりの早さに俺も目で追えなかったが気が付けば鳥頭が頭上に飛び、鎖と共に引きちぎれていた。
「がっ……」
飛び散る血しぶき。
生首と切断部から噴き出す血がヴォルフと奴隷少女、そして辺り一面を赤く染める。
一瞬過ぎて分からない。
すげえ。
俺は端的にそう思った。俺たちなんていらないんじゃないか? とすら思ったが、そんな動きを見て生き残っている一人が笑みを浮かべた。
「すげぇな、たくっ……これは腕がなりそうだわっ、へへっ!」
「……貴様、さっきボスがいると言ったな?」
「はぁ? そうだけど、それがどうした?」
「お前を殺しても、また攫いに来ると言うことか?」
「……どうかな。俺はボスの意向は分からねえよ」
「そうか、分かった」
ヴォルフがそう言うと、再び姿を消し、サーベルが奴の手首と共に宙を舞う。
「ん、な、なぃに……っがああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼」
噴き出す血に目を当てれない表情をして、自信に満ち溢れていたはずのワニ男が咆哮をあげる。すさまじい激痛に耐えかねて噴き出す叫び声に胸がギュッと縮まったがヴォルフがやりで喉元を突き刺し、その場で息絶えていった。
バタッと倒れた奴に目もくれず、ヴォルフは腰をかがめてポカンと座ったままでいる奴隷少女に声を掛ける。
「——大丈夫か?」
「—————」
彼女は震えていて、何か怯えているような表情をしていた。
まぁ、無理もない。あそこまで圧倒的な上、顔も怖いし、この大惨事。もはや子供が見ていい現場ではないし、そんな雰囲気でもない。
少女は少し「あっ」声を出しながら、ゆっくりと身体を動かしていく。
「……驚かせてすまなかったな。もう大丈夫だ」
ヴォルフが額の血を拭って今度は優しそうに微笑むと、少女は自分の今の状況に気づいたのかもう一度顔をあげた。
「わ、わたひ……」
「もう、大丈夫だ」
「わた……わたひ……た、たすか……っ——」
大粒の涙があふれ、一気に決壊する。
「ほら、大丈夫だぞっ」
ヴォルフが抱きしめると、少女は一気に泣き出した。
「にゃああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼」
うん、にゃあ。
奴隷少女は猫だったようだ。
今言うことでもないかも知れないが、この世界にケモミミっ子、猫娘がいて俺は心底安心したのは……後の話。
結局、数分ほど抱きかかえていると泣き疲れたのか少女も眠ってしまい、ハッとしたヴォルフがこっち側に手を振った。
忘れていたのか、少し引きつった笑顔をしている。まったく、可愛い所もあるじゃないか。
「すまんっ。忘れてた」
「だ、大丈夫ですっ」
俺の言葉に続けて後ろからコクコク頷くユミ。
それを聞いたヴォルフが少し安堵して、担いでいた少女をアイドリヒの背中に乗せる。
ふぅ、と息を吐くと再び俺たちの方に向き直り、ヴォルフは頭を掻きながらこう言った。
「それで……あぁ、結局俺がすべてやってしまったな。すまない」
何を言われるのかと思ったがそんなことだった。いや、まったくだ。謝らないでほしい。俺たちはヴォルフの強さを間近で見ていることしか出来なかったし、むしろあんな場所に飛び込んで戦えるとも思っていない。
いやいやと首を振って言い返した。
「俺たちこそ何もできなかったですから……すみません」
「わ、私も……ついて、いけなかったです」
続けた謝る俺たちを見てヴォルフは笑みを浮かべる。
「そうか?」
「はい、むしろ助けてくれてよかったですよ」
「ん!」
「ま、まぁ、一応、子供だからな。俺はあんなことをするやつらを許したくないから当然のことだ」
「さすがですね」
「お前たち二人もだからな」
不意に返されて、少しびくりとしたが……さすがヴォルフさんだ。ここまで一緒に戦ってきて、思ったことだが彼は子供のことになると少し顔つきが変わる。
いろんな意味でも、もちろんいい意味でもだ。
でもまぁ、あの神様の言っていたことは本当かもしれないな。この人について行けば多少は安心かもしれない。システナさんもそうだったから完全に信用してはいけないけど、悪い人ではないのは確かだ。
多少は頼っていこう。
「——ありがとうございます」
俺は心から思った一言を告げると、ヴォルフは嬉しそうにまた笑みを浮かべた。
「それで……あの、これってどうしましょうか?」
なんて、感動的にいちいちが終わるわけもなく……地面に残った血だらけの臓物や亡骸を見つめる俺たちであったのだった。
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