第32話「天災と転移」
消えていく思考。
現実から引きはがされていた意識が徐々に戻っていく。
瞼の奥から見据えられる景色に映るその剣。
変な神様に呼び出される前に悟った死の一戦が迫っていた。
「っ——————」
やべえ。
本気でこんなの避けるのか?
神速使いに凡人の俺の力なんて通用するわけないじゃないか。
【目が覚めたらすぐに右にずれて窓を撃つんだ。窓をな。正確には窓の外にある黒々とした空に向かって】
奴の助言。
自称神さまで、自らの姿も明かしていないような男の戯言だぞ? 鵜呑みにする必要があるのか。
それに、生き残るがどうこう……って、だいたいあの黒い球体に銃弾撃ち込んでもいいのか。見るからにヤバそうだけど。
「……っ」
ふと、目の前を見据えると目に入ってきたのはユミの潤んだ瞳だった。今にも堕ちてしまいそうな弱弱しい瞳で斬りかかられる俺を見つめている。
まぁ、でも。
どうせ死ぬくらいなら実践した方が……いいかもしれない。
ここでやられて人生を終わるくらいなら。また転生できるとも限らないし、今は今で、この人生を全うするべきだろう。
はは、くそったれが。
全くと言って笑わせてくれるぜ、あいつ。
手のひらで躍らせられて、馬鹿みたいだな俺は。
「っく――」
声をあげて、すぐに。
ギュイン―――――‼‼‼
と空間がねじれた。
次の瞬間。時間が一気に戻っていく。徐々にシステナさんの動きが早くなっていき、数秒の間で一気に神速の領域まで到達しそうな勢いだった。
「たぁあああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼」
まずは、右に飛び退く。
「なにっ⁉」
そして、ベレッタを窓外に向かって構えて一気に二発。
――パンッ!
——パンッ!!
乾いた音が響くのと同時に、ガラスが割れて飛び散った。
「——っ!」
「な——っ」
目がバキバキになり、命の危険をじかに感じて俺はおかしくなりそうだった。手に収まるベレッタのスライドが後ろで止まり弾切れを意味している。
やったぞ、俺はあいつに言われた通りにやったぞ。
しっかり、撃った。
確実に当たった。
これで何か起こるんだよな、神様さんよぉ。
しかし、特段何かが起きるわけではなかった。
「——なに、してるんだ?」
彼女は黒々とした目で俺に訊ねてくる。
おいおい、まじかよ。何も起こらねえじゃん。ていうか、馬鹿にされたと思って彼女キレてるんだけど?
やべえ目つきで俺を睨んでるんだけど?
確実に騙された。そう思った、その時の事だった。
――――――ギュイン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
一瞬。
本当の一瞬だった。
一秒にも満たない刹那。
割れた窓から真っ白な閃光が放たれる。あまりにも眩しくて目を瞑ったが次には辺りが一気に暗くなって、暴風がこの部屋へ立ち込める。
「んがっ——‼‼」
「っ⁉」
人間など薙ぎ倒すほどの勢いの風に俺たちは部屋もろともぐちゃぐちゃになり、体が宙を舞った。ぐるんぐるんと犇めき合う音に合わせて体に瓦礫が辺り、鈍痛が激しく襲った。
やばい、意識が。
空だからすっぽ抜けそうで、耐えられないっ。
「か、いとぉ……」
ふと、ユミの声が聞こえた。
「ゆみっ——」
閃光でやられかけた目を再び開けて、ユミに抱き着く。もはや、恥ずかしいとか言っていられる状況ではなかった。
ぐるぐる回り、ぐわんぐわんと頭を襲うその嵐に身を任せながら俺は意識を失った。
再び目が覚めると俺は空中にいた。
いや、空中にいたわけではないか……どちらかと言えば落ちていた。風を受けて、待っ逆まさに落ちていた。
速度はいわずもがな。地上に着いたときには体がぺちゃんこになってもおかしくないくらいの速さで、蜘蛛の合間を抜けていきながら体が落下していく。
ふと胸元を見るとユミが気を失いながら抱き着いていた。縛られていた名和はそのままで瓦礫にぶつかったせいかかなり傷があり、今にも千切れそう。
とにかく、ユミは無事だったようだ。
「—————」
ただ、安心などできなかった。
今は空。
そして落下中。
さすがにこのまま地面に落ちれば生きて帰れる保証はない。こういう時のためにパラシュートでも作っておけば良かったが今となっては後の祭りだ。それに、今作るにも考える時間もない。すでに地面は視界に入っている。
せっかく助かったというのに地獄行きかよ。なんて戯言が出てきそうなくらいに諦めていた。
まぁ、二人で死ねるのならいいかもな。
———あ、れ。
意識が突如、途絶えた。
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