第30話「2度目の再会①」


 迫りくる死。

 俺は動け出せなかった。


 ただ、その一瞬でユミが悲惨な目を俺に向けていたのが見えた。


「んんんん!!!!!」


 口すらも縄で縛られているのに、縄を食い込ませながら、唇の端が張り裂けそうなほどに言葉にならない音を叫び続けていた。


 そんな姿を見て、腰に携えたべレッタを掴み、ズボンの端でスライドを引き、前方に向けて一発発砲した。


 ————パンッ‼‼‼


 乾いた音が小さな部屋で響く。


 慌てながら撃ってしまったためか、何も見えなかった。弾は当たったのだろうか。


 すぐさま、前方の打った方向を見ると彼女はいない、どうやら外したようだ。


 しかし、そう思った時。


 背中から視線を感じて俺は咄嗟に壁際に飛び退けた。


「っち」


 どうやら目にも見えない速度のシステナさんは俺の背中に回り込んでいたらしい。


 流石はだ。彼女の固有スキルであり、厄介すぎる能力だ。神すらも追いつけない領域の速度、数秒間しか使えなくてもやはり脅威だった。


「早すぎますっ——‼‼」


「カイト君も良くなったわねっ‼‼」


 システナさんの口角は苛立ちながらも少し上がっていて、どこか俺との戦闘を楽しんでいるようだった。彼女は言っていたか、私の部隊で私と渡り合えるのは副隊長くらいだと。


「っく!」


 再び彼女が動き出す。

 今度はイカサマだった。光の初級魔法「閃光フラッシュ」を左手から放ち、右手で持つ聖剣を振り回して突っ込んでくる。


 しかし、どうしてか魔法までの間でラグが生じていて俺はギュッと目を閉じて備えることができた。すぐさま飛び退いて、また発砲。

 

 それを何度か繰り返し、宿は半壊。壊れた窓際の壁から悲鳴が聞こえてもはや作戦どうこう言っている場合ではなさそうだった。作戦も何も裏切られたんだがな。


「っはぁ、っはぁ」


「そろそろ疲れてきたんじゃないのかしら?」


「まぁ、大丈夫ですよっ」


「あらまぁ、しっかり殺してあげるわよ!!!」


 笑みが深まる。

 どうやら彼女は俺で遊んでくれているらしい。作戦がうまくいかない腹いせをするために、どうやら俺で退屈を凌ぐつもりのようだ。こちらとしては嬉しいがただ、体も限界に近い。


 相手は軍の騎士。鍛えたとは言っても地力が違う。


 どうしようか、そう考える頭も働く無くなってきて俺の動きにもぼろが出始める。突進してきた彼女の体をもろに受けて、背中を壁に打ち付ける。再び交わした斬撃も足を掠って、血が足れる。


 そろそろやばい。

 いっそ、闇魔法「黒煙幕スモーク」で逃げ切るか? ただ、それじゃあユミが助からない。いっそのこと収納魔法からトンプソンを出して撃ちまくるか? でもそれじゃあ予備動作でバレてしまう。


 考えても考えても袋小路だった。




 詰みだ。

 チェックメイトだ。


 なんせ彼女は本気を出していない。神速も最初の一発以外はすべて遅く感じるし、俺が慣れていること自体おかしい。


 このまま疲れた俺をユミの前で楽しく殺すつもりだろうか。


「っもう、だめそうかしらねぇ!」


「っはぁ……っく」


「痛くないように殺してあげるわよっ‼‼」


 それはありがたいが、生憎と殺すならその巨乳で挟んで窒息死したいわ。クソッたれ。


 なんて、言う余裕はなかった。奥の方ではユミが悶えるように、唇の端から血を流しながら叫び続けている。


「—————っ」


 やばい、突っ込んでくる。

 二度目はない。


 これ以上は……俺もやられる。


 くそ……真面目に、胸の中で死にたかった。


 死線が見える。掻い潜れないそれが見える。俺は逃れられない。


 走馬灯が見えた。


 死ぬときは見ると言う噂を前世でも聞いていたが本当らしいな。転生前の死はそんなことなかったというのに、皮肉だろうか。


 二度目もダメだったか。二度目の人生もダメか



 これで、俺は……。







【君はまた死のうとしているのかい?】


 なにやら声がする……。

 あれれ、と目を開けると朧げな視界がスッキリと澄み渡っていた。


 一面の白い景色。まるで北海道の田舎にある実家の冬のようで、どこか肌寒い。


 久々の景色だな。いやぁ、ほんとに。

 かれこれ異世界に転生してきて、色々あって、出会いもあって、孤児になったり、可愛い女の子に好かれたり、ヤバいお姉さんに騙されたり、おっぱいの揺れ具合を見たり……何より、あんなにも多くの実銃を撃てたのは最高だった。


 ははっ。

 脳裏に浮かぶユミやミリアさんの顔。

 これが走馬灯ってやつか。久方ぶりだな。


 異世界でも死ぬのか……。


 俺は再び見た世界の真ん中でそう思った。


【おいおい、無視とはいかがなものかね?】


 はぁ、誰も自分の走馬灯を無視するものかね……。俺は30歳……いや、まぁ13歳か。合わせて43歳の中年のおっさんでもあるけど。


 とにかく、銃好きで女の子の胸には目がない俺が……そんなことするわけないわ。いや、でもその肩書なら無視するかもな。いい加減なのは実際そうだし。


 ま、死んでるからいっか。

 どうせあんなんじゃ死んだんだしな。


【おいおい、勝手に死なないでくれってよぉ……こっちの手間を考えてほしいんだって。こっちもね、異世界との橋渡しの作業、かなり強いんだよ?】


 異世界との橋渡しだぁ?

 ははっ。んな、なろう系ラノベじゃあるまいし……。


 ん、あれ、そう言えば俺も異世界転生してたっけ?


【13歳で認知症ですか、おじさんは】


 おい、どっちかにしろよ。

 だいたい……って、あれ?


 何かおかしいな。俺って誰と話してるんだ? 誰と。


 そんなこんなで気がつくと、俺はあの時と似た白一色の世界でぽつんと立っていた。


 目の前には体中にモザイクが入りまくった人間が俺を見つめている。誰だ、こいつ。


【おいおい、僕の事、忘れちゃったのかい?】


 忘れた?

 一体全体なんの……いや、待て。思い出せ、俺。どこかで聞き覚えのある声だ。この景色と結びつく場所で……この高い声で話しかけてきて……。


 あ、あのときか!

 俺が死んだときに転生させてやるとか言った変な神様っぽい奴!



――続く

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