閑話「聖剣」


  聖剣。


 彼の名前を皆はそう呼んだ。


 自分がそう名乗ったわけでもなく、親がそう言う名前を付けたわけでもない。人々が自然に呼んだものが通じる彼の名となった。


 金色の美しい髪に、碧眼の瞳。


 まっすぐと見つめられればどんな悪人も正気と正義を取り戻すと言われ、聖なるメデゥーサとも言われる現在に生きる最強の剣士とも名高い。


 魔法は扱わず、その圧倒的な剣技で悪を征し、ひれ伏させるまさに正義の味方。


 いたって普通で、何か特別な力があるわけでもない。持つ剣はどこにでもある普通の鉄剣で、扱うのは普通の剣技。


 基本中の基本、誰もが知っている技しか使わない忠実なそれが最強と呼ばれていて、多くの子供に慕われている自他ともに認める英雄。


 禁術「神の御業」魔法を扱える誠剣「ゲルニカ」が育て上げた1番弟子が聖剣である。


「にぃちゃん!」


 黄金島と言われる小さな小島の南に位置する港町「ゲルニカ」で少年が海を見ながら休む彼に声を掛けた。


「ん?」


「今日も見せてよ! あの技!」

「今日も? うーん、無理かなぁ」


 とぼける彼は身を起こして、石段の下で飛び跳ねる少年を見つめる。その少年もまた彼に助けられた一人であり、木刀を振り回す剣士見習いだ。

 

 水で濡れた金色の髪をタオルで拭きとり、無駄のない上半身を露わにさせる彼は立ちあがって飛び降りた。


「っと」

「だめなの、聖剣の兄ちゃん!」


 その言葉に彼は口角を歪ませた。


「ダメだ。それに、昨日は見せつけたわけじゃないだろ?」

「それは……うん、そうだけど」

「君を助けるために使った剣技を見せびらかすのに使うのは趣味じゃないんだ」

「で、でも、俺も剣士になって悪い奴らをじゅばばばって!」


 輝く瞳を向ける少年の頭に彼は手を添える。


「っ」

「その志は良い。だけどな。剣は人を殺すためにあるんじゃないんだ。生かすためにある」

「生かすため?」

「あぁ、殺したいがために剣を振るうのはよくない。そうすればいずれ君はその快感に殺される。前提をはき違えてはいけないんだ」

「……よく分からないよぉ」

「今はそれでいい。とにかく、生かすため、助けるために振るうんだ。その剣を」

「うーん」

「好きな女の子とかはいないのかい?」

「え、な、なんだよ、急にぃ」

「その顔はいるってことだな? じゃあそれでもいい。その子を守るために鍛えるんだ」

「ミーナを守るため……」

「あぁ、さすれば君も強くなれるさ」

「強くなれるの⁉」

「もちろんっ」


 喜び飛び跳ねる少年の背中を押して、彼は腰に携えた剣を掴む。


「じゃあ、君は家に帰りな」

「うん! またね!」


 手を振って、帰っていく少年の背中を一瞥し、海へ振り返る。


「これは、長い戦いになりそうだな」


 水平線のその向こう側。

 おびただしい量の船がこちら側に向かってきている。


 やがて、翌日。

 聖剣を巡る魔王戦争が始まった。

 

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天才サバゲーマー、異世界に転生す〜雑魚スキル【創造】でいらないと王城から捨てられたけど、サバゲー知識活かして弱肉強食の異世界で生きてみようと思います!〜 藍坂イツキ @fanao44131406

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