第33話「獣人族:ヴォルフ」
目が覚めると夜だった。
見えてくるのは知らない天井とユラユラとひしめく白い毛並み。
まるで前世の実家にいたゴールデンレトリバーのような感じだった。はは、あいつはもうめっちゃ可愛かったなぁ。俺が29になる頃には死んでしまったが……こっちでは犬は大切にしたい。
って、話が反れたな。
知らない天井と毛並み、そして……寝返りをすると目に入ってくる焚火の音。
パチパチという音を立てながら、薄暗い小屋の中を照らしていた。
もちろん俺には焚火を立てた記憶もなければ、こんな小屋に上がり込んだ記憶もない。無論、言わずもがなだが覚えているのはシステナさんの攻撃をかわして、空に向かって銃を撃った……だけ。
いやっ、外に吹き飛ばされる前にユミを抱きしめたはずだ。危うく瓦礫の下敷きになってしまうところを必死で掴んで――。
しかし、俺が見渡す限りには彼女はいない。
じゃあ、ユミは?
「はっ——!?」
ハッとして身を起こすと俺の隣にユミが横たわっていた。
灯台下暗しとはこの事と言ったばかりに後ろで心地よさそうな表情で眠っていた。スゥスゥと寝息を立てていて、今までの少しツンツンぎみな雰囲気が皆無だった。
まぁ、こっちの方が可愛いからずっと寝てもらっても構わない。
にしても、どうしてユミだけに毛布がかかっているんだ。俺は何もかかってなかったのに。
まぁ、ここはレディファーストって言うことにしておこうか。俺もユミには風邪を引いてほしくはない。最近はすこし冷えてきているしな。
ひとまずユミはいるから一安心だが……ほんとにここはどこだろうか。
俺たちがいた孤児院……にしては狭すぎるし、孤児院横に置いてあった小屋にしては少しデカすぎる。
見渡す限りの壁や窓が見たことがなかった。
横には無造作にハンドガン《ベレッタ》が置かれていて、ユミの魔法杖も壁に立てかけられている。
そして、極めつけには俺らの目の前に寝ているこの犬(のようなもの)だ。ものと言っては何だが、大きさが半端ない。あまりにもデカすぎる。おそらく3メートルは超えている。うちの家にいた犬なんか一口で食われてしまうくらいには大きかった。
寝顔はユミ同様に可愛いが……こんなドデカい犬を使役できる人間でもいるのだろうか。いや、それとも犬が一人で暮らしているのか?
……んな、そしたら俺たちはまるで食べられに来ているだけじゃないか! やばい、さすがに戦闘準備をっ!
「——目が、覚めたか?」
焦ってユミを起こそうとしているとすぐ近くで渋く野太い声がした。聞き覚えのない声だ。今まであまり男の人には出会っていなかったからここまで威圧的な声は聞いた事がなかった。
そのせいか、少し背筋がぞっとして俺は息をひそめる。
「震えてるな、大丈夫か?」
どうやら、心配してくれているようだ。さすがにここで何も言わないのは違う気がして、俯きながら「うん」と頷いた。
「……そうか」
「は、はいっ……」
「ならよかったよ」
渋い声は少し穏やかに言い返す。どうやら許してくれたらしい。いや、許されているのか、俺は? てか、なんで謝ってるんだ。
——そして、誰だこいつ?
思い立ってはいられなくて、俺は顔を見上げる。すると、俺らの真正面。焚火で姿が隠れていたが黒い影が見えた。
犬ほどではないがかなり大きくて、ガタイもよさそうに見える。前世でこんな感じの自衛官がいた気がして、あの頃の威圧感を痛烈に思い出した。
うん、あれはやばかった。
焚火の先を注視していると声の元がみるみると浮き上がってくる。白い肌に、赤い瞳。鼻は高く、頭からは角が一本生えている。手と足が獣毛に覆われていて、見渡す限りの筋肉。筋骨隆々でまさに巨漢と言った感じだ。
そして極めつけには一本鎗。
しっかりと手入れがされているのか、先端からは美しく金属光沢が輝いている。いやはや、あんなのに刺された確実に死ぬと断言できる。俺の銃では貫通出来なさそうだ。
しかし、この見た目から見てみるに彼はおそらく獣族とかその辺の種族だろう。明らかに人間ではないが、言葉は話せるので一安心だ。別に悪そうな種族じゃないから大丈夫だろう。
にしても、どうしてそんな獣族がここにいるんだろうか。彼が助けてくれたのか?
覚えている記憶では空から落ちて……そういえば心のなしか背中が痛い。
そこで、俺は訊いてみることにした。
「あ、あの……こんばんは?」
「あぁ」
「え、えっと……」
おっとやばい。ここにきて久方ぶりのコミュ障が襲い掛かってきた。ニート時代を思い出すな、まったく。
とはいえ、どうやって聞き出そうか。いきなり聞いてもいいのか? まずは名前を名乗るが普通かな?
まぁ、日本の常識がこの人に通じるわけではないだろうが、ひとまずは名乗っておくか。
「お、俺はカイトです。カイト・フォン・ツィンベルグです……」
「ん、あぁ名前か。ヴォルフだ」
名前はヴォルフ。どことなく狼の英語に似ているがカッコいいからいいとしよう。
「あ、あのヴォルフさんにお聞きしたいことがあるのですが……いいでしょうか?」
「なんだ?」
「えっとぉ……こ、ここはどこで?」
「ここはエルーダの里だ」
エルーダの里? 聞いた事がない。もしかして、あの災害でエランゲルの外にでも突き飛ばされたのか?
いやでも、さすがに小国とは言っても空中浮遊して10km先の壁まで超えるだなんて無理な話だ。
「え、エルーダ?」
「エルーダを知らないのか? いや、まぁ……そうだな、知らなくて当然か……」
「は、はい?」
「なんでもない。まぁ、とにかく無事で何よりだ。子供にはしっかりと生きてもらわなきゃいけないからな。安心したよ」
「は、はぁ」
どうしてか俺の質問をスルーされた。
聞かれたくない事情でもあるのだろうか。しかしまぁ、俺もこの種族の正確な名前も知らないし、話すといけないこともあるかもしれない。とりあえず、場所を聞くのは後にしよう。
「それじゃあ、その、おじさんが俺たちを救ってくれたんですか?」
「救った? いや、俺はただ拾っただけだぞ?」
「拾った?」
「なんだ? 覚えていないのか? お前たち二人はエルーダ草原に寝転がっていたじゃないか」
寝転がっていた?
そんな記憶はない。エルーダ草原って言うのも今初めて聞いた言葉なんだ。そんなことがあるわけない。
しかし、目の前に座っているこの巨漢の獣族はそう言った。
「……そんなことは、ないと思いますけど」
「そうなのか?」
「は、はいっ……だってさっきまでエランゲルに」
「っ」
すると、そう言った瞬間。巨漢の獣族は固まった。まるで、昔生き別れた母親に出会ったかのような形相で俺を見つめている。
ゴクリ。
生唾を飲み込む音が焚火の先から聞こえてきて、俺も少し緊張した。
まさか、悪いことでも言ったのか? エランゲルと戦争中とか……もしかしたら、何か因縁があるとか。
でもエランゲルにはそんな悪い歴史を聞いた事がない。クロスベリアとの一件以外何があったわけではないはずだ。
—————だったら、何が?
そこまで至ったところで、彼は再び口を開いた。
「————東大陸の、エランゲルか?」
「え、そうですけど……?」
東大陸の?
そりゃあ、ここは東大陸なんじゃないのか。だって、さっきまでエランゲルにいたんだぞ?
「お前ら、二人でか?」
「はい……?」
「まじか、ほんとなのか?」
「ほ、ほんとですけど……」
俺が頷いても彼は中々信じてくれそうになかった。あからさまに驚いた表情で指を顎にあてながらうわの空。考えているようだったが埒が明かないため、俺は訊ねることにした。
「その、さっきから何かしましたか? 急に驚いてるんですけど……」
何か悪かったらユミを担いで逃げればいい。
少し怖くて震える手を握り締めながら見据える。
しかし、帰ってきたのは予想もしない言葉だった。
「ここは……西大陸の北西部、獣人族が統括する『エルーダの里』だぞ」
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