第8話「ライフルは強し」


 俺がデカいトカゲモンスターの足元に近づき注目させながら、スライディングし、トカゲの足元にナイフを突き立てて2回切り刻む。


「ギャアアアアアアアア!!!!」


「おらあああああ!!!」


 足元から緑色の血しぶきが跳ね、俺の頬につく。気持ち悪い感覚はあったが、そんなことを言っている暇はない。


 俺がすらっと動き、トカゲの後ろ側に回り込むとユミが魔法を詠唱し終えた。


光矢ライトアローっ‼‼‼‼‼』


 初級魔法だったが遠距離攻撃が可能な基礎的攻撃魔法だった。

 

 ヒュンっ!! と風を切り裂きながら光の矢が数本突き刺さり、再びトカゲは咆哮をあげる。


「ギュアアアアア!!!」


「ナイス!!」


 俺は転がりながらも、痛みに悶えるトカゲのしっぽをすんでのところで交わして、バク転しながら着地した。


「うぉっ――」


 我ながら、前世とは動きやすさが違いすぎてびっくりした。あの頃のお腹が出ていたデブな俺とはおさらばだな、これは。


 前後から囲むようにして、咆哮をあげるトカゲを見据える二人。

 唸り声をあげながら俺の方へ睨みを利かせ、次の瞬間突っ込んできた。


 スキルなのかよく分からなかったが、額から凄まじい速度で回転する角を突き立てながら俺の胸元へ飛び込んでくる。


 さすがの迫力に一瞬動けなかったが、すぐさま俺は右に飛び、交わしながら奴の右目にナイフを突き立てた。


「ギャアアアアッ!!!」


「ユミっ!!」


 右目の視力を奪い、今しかないと思った俺はユミに向かってアレを使えとアイコンタクトを取った。


 その真意を理解してくれたようで彼女はコクっと頷きながら、魔法を詠唱していき、次の瞬間。


光輝剣エクスカリバー!!!!』


 凄まじい光線が彼女の手元から真上に伸び、眩しくなって俺は目を閉じた。

 動けない彼女に少しは酷かもしれないが、このままでは共倒れするしかないとユミの方に突っ込んでいくトカゲに彼女は真上からそれを振り下ろした。


「ったぁああああああ‼‼‼」


「ギャアアアアアア!!!!」


 ユミの咆哮ともに、光り輝くすさまじい斬撃がトカゲの脳天を覆い、上半身が真っ二つに割れながら、その場にバタッと倒れた。


「っはぁ、っはぁ……」


「やったか?」


 しん……とした木々の中、トカゲはその場にひれ伏す様に倒れていて、その様子を数秒ほど眺めてから俺たちはお互いに目を合わせる。


 何もしないトカゲを横目に俺たちは勝利を悟り、二人で声をあげながら――


「やったよ、カイト!!!」


「凄いな、ユミ!!!」


「「よっしゃああああああ‼‼‼」」


 森に二人の歓喜の声が響き渡り、俺たち二人は初めての実践を制することになった。


 



 ――しかし、その瞬間。




「ユミっ‼‼」


「——え」



 トカゲのしっぽが急に伸びて回転し、ユミの方目がけて鋭く尖った尾が放たれた。


 あまりの速度に俺は目を疑ったが、それを感知する前に俺の体がそばにあった研究台に動いていた。


 試作一型を手に持ち、弾を込める。ボルトを引き、カチャリと音を立てて————狙いを定め、一発。


 ——————パンッ!!!!!


 乾いた大きな発砲音が森中に響き渡ると同時、ユミに突っ込んだトカゲの尻尾を横から撃ち抜いた。


 その勢いにやられたのかユミのいる方向から、それは大きく仰け反り明後日の方向に飛んでいき、木の根元に転がり落ちていった。


「はぁ、はぁ」


「……あ、ぁ」


 あまりにも一瞬でついて行けない動きに、彼女は目を点にしてその場に腰を降ろした。


 俺の方も初めて打ったライフル弾の衝撃に若干肩を痛めながらすぐさま彼女の方に駆け寄った。


「だ、大丈夫か……?」


「う、うん。ありがとう……」


「あぁ……ゆ、だん、してしまったな」


「……ま、まだ油断できないっ! 確認しにいかないとっ」


「そうだな、一応中級魔法も詠唱しておいてくれ……」


「うん」


 少し息が上がってしまった。個人的に先ほどの一瞬の身体能力には我ながら驚かされたが再び不意を突かれたら追いつける自信はない。


 手を貸してユミを立ち上がらせながら、俺は痛んだ右手でボルトをコッキングさせる。


 カチャッ! と排莢されて、地面に空の薬莢が転がった。


「気を付けてね……」


「あぁ……ユミもな」


 俺の服の端を掴みながら、ユミは後ろから恐る恐る近づいていく。俺もいきなり襲われたときに対応できるようにバトルナイフを銃の先に括り付けた。


 のこり1メートルまで近づいたところで一旦静止して、真っ二つになった顔と先程飛んできた尻尾が外れているお尻の断面を見つめるが特段再生したり、動いたりしているような様子はない。


 目が開かれたままだったが、死んだ魚のように光を失っていた。


「ふぅ、大丈夫そうかな」


「うんっ」


「でも、念のためお腹当たりを刺してみるよっ」


 念には念を。

 俺は銃剣を突き付けて、腹部を数回突き刺した。


 汚い血が溢れてきたが動く様子はなく、絶命したらしい。


「よし、大丈夫そうだな」


「……よ、よかったぁ」


 そうして俺たちは初実践を終えて、ミリアさんに報告するために一度孤児院に戻ることにした。







 時刻はもう夕暮れ時で、日がほとんど沈みかかっていた。


 道中、肩に試作一型スプリングフィールドを掛けながら歩く俺の袖を掴みながら黙って隣を進むユミ。


 顔は少し不安そうで、暗いように思われる。俺は袖を掴むユミの手に触れて、ぎゅっと握り込んだ。


「大丈夫か?」


 そう呟くとユミは顔をあげ、俺の方を見つめる。


「うん……」


 小さな声が耳元で消えていき、俺は少し悪い気がしてしまった。もしもユミがこの道に来なければ、命の危険が及ぶこともなかった。俺がもしも動けていなかったら大けが、下手したら死んでいたかもしれない。


 むしろ、しっかり歩けていること自体が凄いことだなと思う。


「なんか、ごめんな」


「……?」


「俺が誘ったがためにこんな危ないことに巻き込んじゃって……まさか、あんな場所で強いモンスターに出くわすとは思ってなかったし」


「ちがっ……別に私は嫌だと思ってないよ」


「そう、なのか?」


「うん……確かに怖ったけど、自分ってあそこまでできるんだって知れたし。カイトが連れ出してくれなければ一生あの部屋で閉じこもってたし。確かに怖かったけど、嫌だとは思ってない」


「……そうか。疑っちまってごめん」


 どうやら不安そうだったのはそう言うことでないらしい。


 前世から人と絡むのが苦手だったせいか、そういうデリケートな部分はあまり分からなかった。


「ううん。私こそ、ごめん」


「私こそってユミは何もしてないだろ?」


「庇ってくれたでしょ。ほら、あの銃? すごく反動大きかったし、まだ肩痛いのわかってるよ?」


「……バレてたか?」


「だって、すっごく顔に出てたもの。分かりやすいのが可愛いけどっ」


「照れるな……」


 カリカリと左手て頭を掻いた。


「褒めてないけど」


「そ、そうだな」


 ジト目を向けられて、俺はすぐさま咳払いをして誤魔化した。


「俺も鍛えないとだな」


「貴族はポーカーフェイスも勉強しなくちゃ駄目だよ」


「……頑張るわ」


 繋いだ手の温かさを感じながら、俺は終始黙ったまま帰路に着いた。この数か月間で、研究だったり、ユミの成長だったり、そして今日の実践。唐突だったけど濃かった数か月になった。


 もうすぐ13の誕生日だし、勉学も進めていかなくてはならない時期だ。あと1年。俺一人でああいうモンスターと渡り合えるようにしなくちゃならないな。


「ねぇ」


 孤児院に着くと、玄関先でユミは俺を引き留める。


「なんだ?」


 振り返って、立ち止まると彼女は俺の胸元近くまで駆けよった。


「……ん、ど、どうしたんだよ?」


「何でもないけど、その……なんとなく」


「え」


 なにやら頬を赤くしていたがユミは手をくねくねとさせながら「やっぱりやめた」と残して孤児院の中へと入っていった。


「……なんだよ」


 女の子の考えることはいくつになっても、異世界でも————分からないな。


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