青春ってこんな感じ、かも

「じゃーん! 見て見て!!」


 デデン! とか効果音がつきそうなぐらい、突然妹が俺の部屋のドアを開け放った。そして胸を張って、仁王立ちしてる。


「お前さ、いい加減ノックぐらいしろよ」

「それよりさ、これ、見て見て!」


 それより、じゃねーだろ!


 と、怒りたいのを我慢する。それぐらい、妹がキラキラした目で俺を見て、自分の胸元を指差してる。

 そこまでされたからには反応してやらねばと、勉強していた俺は体ごと妹の方へ向く。

 そんな妹は制服のスカートに白のTシャツ姿だが、ど真ん中に『売約済』と書かれていた。


「なんだそれ?」

「ふっふー! 爽やかくんとね、お揃いなんだー!」

「……あ、そう」

「えー! もっと食いついてきてよー!」

「あぁ、そう!」

「そうじゃないし! もっとセンスが光る言葉、かもん!」


 ちっ。めんどくせー!

 しかしここは兄として、受けて立つ!


 ただのバカップルに付き合ってられるか。それが俺の正直な気持ちだ。まだ付き合ってないけどな。もうな、いいじゃん。付き合っちまえよ。と、言いたいが、それは完全にブーメランで俺に返ってくるから、言わん。

 来年の2月まで長いなと思いつつ、俺は妹への返事を真剣に考えた。

 そして座布団の上へ移動し、正座する。


「兄として、大変嬉しゅうございます。末長く、お幸せに」

「ははっ! 有り難きお言葉、しかと受けまつりました!」


 受けまつりました?


 俺の部屋へしれっと入って、正座して頭を下げた妹の口から、よくわからない言葉が飛び出した。


「受けまつるって、なんだ?」

「ほら、なんか、飾っとく? みたいな!」

「飾るって、お前……」

「おにいの言葉が嬉しかったから、その言葉をここに飾っとくの!」


 なに言ってんだ?


 自分の胸を叩く妹の満足そうな顔に、まぁいいかと思って、笑っておいた。

 その代わり、違う事を伝える。


「それ、誰に売約済かわかんねーから、いっその事、名前でも入れたら?」

「……いい! いいね、それ! これ学校に着ていくし、そうする!」


 もうここまできたら、バカップルを突き進め。


 妹の話を聞く限り、クラス公認の仲らしい。すごい適応能力の持ち主が集まってんだなと思った。それにシャツの下に着るし、どーせ見えない。だからこそ、大胆にだ。これも青春の1ページ! 


 少し、ほんの少し、うらやましい。俺も笹森さんとお揃いのもの、欲しいな。なんて、顔を赤らめて立ち上がった妹を見ながら、考えてしまった。


 ***


 試験前に勉強がおろそかになってしまった俺は、教室に残って勉強していた。すると稲田も加わり、笹森さんまで来てくれて、さらには杉崎さんも輪に入った。

 ある程度やったところで、稲田と杉崎さんがなにやらひそひそ話していたと思ったら、先に帰ると言い出した。


「じゃ、お先ー!」

「谷川くん。君は約束を守る人だと、わたしは信じているからなっ!」

「杉崎さん、なにキャラだよ」

「2人とも、気を付けて帰ってね」


 元気に手を振る稲田と、きりっとした顔をした杉崎さんを見送り、俺と笹森さんは小さな声で笑った。今日の杉崎さん、ちょっと面白いぞ。たぶん、笹森さんもそれで笑ったはず。


 そういや、稲田と杉崎さん、前よりも一緒にいる事が多いような?


 1年の時、みんな同じクラスだった。その時もまぁまぁ、仲が良かった。でも2年になって、その距離が縮まったように思う。


 もしかして、もしかするのか? なんてな。


 そういや稲田の恋の話は聞いた事がない。それは好きな人がいなかったからかもしれないし、話したくないだけなのかもしれない。

 だからもう、気にしない事にした。恋愛なんて、自由にしたらいい。するもしないも、本人が決める事だ。いつか相談されたら、俺なりに答えられればいい。それだけだ。


「そういや笹森さん、貸した漫画、面白い?」


 この前稲田と話して気持ちがすっきりしていたから、さらっと聞く事ができた。


「ハラハラドキドキしっぱなし! 先が気になるし、谷川くんが好きな漫画だから、面白いよ」


 俺の事を感想に加えて微笑む笹森さんが、可愛い。こういう、ちょっとした気持ちでも伝えくれる事が、嬉しくてたまらない。

 だからこそ、顔が赤くなってきたのがわかったが、笹森さんの目線が動いた。


「あっ。外、まずいかも」

「ん? ほんとだ。俺達も帰るか」


 静かになった教室に、笹森さんの不安そうな声が響く。そんな彼女の目線の先は、真っ黒な雲。梅雨ではあるが、最近は曇りだけが続いてたし、今日も雨は降らない予報だったのにな。


「傘ある?」

「いや、持ってきてない」

「私も! この時期、天気を予測するのも難しいんだろうね」


 お互いの状況を確認しながら、急いでカバンに勉強道具を詰め込む。今ならまだ間に合うだろ。そう願うしかないが、それを実現させるために、俺達は少しだけ早歩きで教室を出た。



「杉崎ちゃん達、いないね」

「急いで帰ったんだろ」


 すぐに学校を出たから稲田達に追いつくと思ったら、姿すらなかった。もしかしたらもう駅にいるかもしれないとか、そんな事を話していたら、雨粒がぽたりと顔に当たる。それがすぐに増えはじめた。


「走ろっか!」

「足元、気を付けてな!」


 お互い、肩にかけていたカバンを傘代わりにして、駆け出す。


「なんだか、こういうのって、いいね」


 走りながら、笹森さんが嬉しそうな声を出す。


「青春っぽいよな」

「うん!」


 考えている事は一緒だったみたいで、俺もこの天気を楽しむ。高校2年生の、今、この瞬間。こうして同じ事を考えてくれる人と笑いながら、過ごす。


 最高じゃないか? 俺の青春。


 なんて思っていたら、神様が気を利かせてくれたのか、すぐさま土砂降りへ。ま、これもいい思い出になるだろう。

 しかしだ。前が見えなくなるぐらい雨を降らせるとか、そんな大サービスはしなくていい!


「ちょ、ちょっとこれは……!」

「駅まであと少しだから、行こう!」

「そうだね!」


 ここで立ち止まるよりは駆け抜けた方が被害が少ないだろうと、走り続ける。

 俺達の足音よりも強い雨音しか聞こえない。けれど、笹森さんの存在はしっかりと感じながら、駅にたどり着いた。

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