おうちデート? ③

 妹から『いくらおにいでも、爽やかくんと付き合うのは許せない』とか言われた。普通に誤解だ。弁解させてくれと思えば、爽やかくんが動いてくれた。

 そのおかげで、ようやく念願のおうちデート開始だ。

 だからこそ、笹森さんが自分の部屋にいる事を意識してしまう。


 笹森さんは緊張しないのだろうか?

 普通そうに見えるんだが……。

 でもなんでスマホ持ったままなんだ?


 爽やかくんが座布団を俺に近付けてくれたおかげで、自然とすぐ隣に笹森さんが座ってくれている。

 そんな彼女がずっと横向きにスマホを持っている事が、どうにも気になる。

 そして俺が見すぎたせいか、目が合った。


「いろいろと、ごめん」

「ううん。大きな声が聞こえて、心配で覗いちゃった私達もいけなかったんだよ」

「それは俺のせいでもあるから、お互い様って事にしよう。あとさ、スマホ、なんでそんな風に持ってんの?」

「あっ!」


 謝罪もしつつ尋ねれば、笹森さんは慌ててスマホをタップして、テーブルに置いた。


『修羅場終わったー?』

「は?」

『どもどもー。杉崎でーす!』

「えっ、これ、なに?」


 笹森さんのスマホの画面には、笑顔の杉崎さん。今までミュートにしていたのか? しかし、どうしてビデオ通話になっているのか、理解ができない。

 そんな俺へ、笹森さんが話しかけてくる。


「学校じゃないから、心配して様子を見てくれてるんだよ」

「……もう少しわかりやすく、お願いします」

『学校外なら邪魔されないと思うであろう健全な男子の暴走を止めようと思って、杉崎、時間を作りましたー!』


 そんな配慮いらねーんだよ!!


 と、怒鳴りたいところを我慢して、俺はなんとか言葉を絞り出した。


「そんな、こと、しなくても、ダイジョウブですよ」

『うっそだー。あ! 笹森ちゃんの前だもんね。そういう事にしておこっか!』


 杉崎さん、もうやめてくれ……!


 あながち間違いではないので、俺の心臓はグサグサ刺されている。考えるぐらい許してほしい。なんなんだよ、今日は。

 悲しみに暮れる俺に、笹森さんからも無慈悲な言葉を告げられる。


「用事も済んだし、そろそろ帰るから大丈夫だよ」

「えっ!? もう帰るの!?」

「うん。子猫ちゃん……じゃなくて、妹さんとの話し合いも終わったし、長居は悪いから」


 あ、妹の呼び方も子猫ちゃんのままなんだな。

 じゃなくて!!


 あまりにもショックすきで、俺は何も言えなくなった。


『そういや、話まとまってたもんね。じゃ、また明日ねー。谷川くんは連休明けにお会いしましょう!』

「うん。明日!」

「お、おぅ……」


 よくわからんが、3人で話してたのか?

 なんで?


 さらに訳がわからなくなり、俺は呆然とする。


「びっくりさせてごめんね?」

「い、いや、いいけど……」


 情けないが、俺はそんな返事しかできない。

 それなのに、笹森さんが立ち上がってしまう。


「また、学校でね」


 微笑む笹森さんの手を、思わず掴む。そして俺も立ち上がり、驚く彼女を見つめる。


「な、なに?」

「あのさ、今日、笹森さんと会えるの、楽しみにしてたんだ。なのに、用があったのは妹の方って知らなくて、俺……」

「……ちょっとだけ、向こう向いててくれる?」


 笹森さんの困惑した顔が、ほんのり赤く染まる。そのままよくわからない事を言われたが、真剣な目をしている彼女の言葉通り、俺はうしろを向いた。

 すると、俺の背中に笹森さんの手が添えられたのがわかった。


「妹さんに、どうしても聞きたい事があって。だけどそれは谷川くんには知られたくなくて。それでも、私が谷川くんの家に行く事は伝えておかなきゃって思って、あの言葉だけ送って勘違いさせちゃって、ごめんなさい」


 そっと、笹森さんの手以外のなにかが、俺の背中にくっついた。


「あと、あとね……」


 笹森さんの声が背中を伝う。彼女はおでこを俺に押し付けているのだと、この時に気付いた。


「私、谷川くんと2人っきりになったら、我慢できなくなっちゃいそうで……。今だって、ドキドキが止まらなくて……。だからね、もう帰えらなきゃ――」


 笹森さんがなにを隠しているのかとか、気になっていた事すべてがどうでもよくなった。

 それぐらい、か細い声が俺の耳に届く度に、体が熱くなるのがわかる。だからもう振り向いて、大好きな人を抱きしめようとした。

 けれど、妹の叫びがそれを邪魔した。


「ぎゃーーー!!! まだ無理まだ無理!!」


 な、なんだ!?


「急ごう!」


 いろんな意味で動けない俺を置いて、笹森さんが先に部屋から出てしまった。


 えっと、あー……。行かなきゃな。


 俺は考えるのを止め、隣の部屋へ急いだ。


 ***


「お前さぁ、あれはないだろ」


 とりあえず妹を落ち着かせれば、なぜか俺だけが追い出された。その時に簡単な事情は理解したが、もう用済みのような扱いに、悲しくなった。

 そして、来た時よりも荷物が増えていた爽やかくんと笹森さんを見送り、俺の部屋で妹と反省会が開かれている。


「でもでも! なんかね、爽やかくんに触れられると、その、もう、どうしていいかわかんなくって!」

「お前を元気付けようと、頭を撫でただけだろ? 確かに心臓に悪いかもしれないが、あの態度は……」


 いや、爽やかくん、めっちゃ愛おしそうに見てたな、妹の事。


 叫ぶほど拒絶するのはよくないと言いたかったが、爽やかくんが全部受け止めているならいいのか? なんて思い直し、最後まで言えなくなった。けれど、妹にはわかっていたようだ。


「わかってる。わかってるよ? でもでも、胸がドキドキしすぎて苦しくて……。付き合うまではこういう事しないでおこうって言ってくれたけどさ、どうしたらいいの?」

「こればかりは、俺もなにも言えないな。ま、慣れるしかないだろ」

「うそっ!? 慣れる日なんて来るわけないじゃん!」


 うーん。俺の妹は想像以上に奥手だったのか。


 積極的に爽やかくんへ想いを伝えていると思えば、触れ合う事は恥ずかしすぎて無理とか、よくわからん。やっぱり乙女心は複雑だな。


「ま、ゆっくり頑張れ。爽やかくんなら待ってくれるだろ」

「そうだけど……。おにいは全然平気なのに」

「そりゃそうだろ。家族だからな」


 その家族の一員になろうとしてるんだぞ、爽やかくんは。


 この事実はさすがに伝える勇気がない。

 口に出したら最後、真実になりそうで怖いから。

 いや、それはそれで、妹的にはいいのか? などと考えがまとまりそうになった俺は、無理やり話題を変えた。


「まぁ、今すぐ解決する事じゃないから、諦めろ。あとさ、2人が持ってた荷物、あれ、なんだ?」


 俺の言葉に、妹が残念そうな顔になる。けれど、すぐ笑顔になった。


「付き合うまでまだ時間あるし、なんとかなるよね! あとね、お義姉さん、漫画気になったみたいだから全巻貸したんだー!」


 切り替えはえーな。


 ずっと元気がないよりはいいかと、俺も気分を変えるように明るい口調で話す。


「あれ、全部漫画だったのか。なに貸したんだ?」

「おにいから預かってた漫画!」

「………………は?」


 待てよ。

 待ってくれよ。

 今、なんて言った?


 その事実を、俺の頭が拒絶する。

 そこへ、妹が最高に眩しい笑顔で話しかけてきた。


「あたしの部屋にあの漫画があるのが不思議だったみたいで、全部説明したんだ。それはおにいので、おにいのイチオシだよ! って。さすがはあたしでしょ!? そしたらね、借りたいって言われたの。だからね、読み終わったらおにいに直接返してくれればいいって、言っておいた!」

「……な、なっ、な――」


 なんて事してくれてんだっ!!!


 せっかくの努力が無駄になり、さらにはもっと酷い結果になり、俺はテーブルに突っ伏した。


「どしたの?」

「……いや、いいんだ……。隠そうとした、俺が悪いんだ……」

「え? うーん……。あ、わかった! お気に入りだから貸したくなかったんだ。ごめん、気が利かなくて」


 そうじゃねーよ……。


 なにを言っても遅すぎる。だから俺は、口を閉ざした。


「そだ! おにい、ありがとね! 預けてあるあの漫画さぁ、ちょっと病んでるキャラ出てくるから、読まれたくなったんだよね」

「……あ、それなら、爽やかくんに読まれた……」

「それはいいよー。あたし達の会話から知ってたみたいで、引かずに興味持ってたから。どんな漫画だよ!? って思ったんだろうね!」


 もう喋る気力はなかったが、俺が謝罪しようと口を開けば、妹はあっけらかんと言い放つ。

 

 じゃあ、読まれたくなかったのって……。


 そう考える俺へ、妹は笑いながら答えを教えてくれた。


「読まれたくなかったのは、お義姉さんの方! 将来家族になるかもしれないし、その前に、変な子だって思われたくないの、わかるっしょ?」


 そういう事か。

 お似合いすぎだろ、妹と爽やかくん。


 似たような考え方だからこそ惹かれ合うのか? なんて考える俺は、もう精神的なダメージを食らいすぎて瀕死の為、微笑む事だけに努めた。



 こうして、おうちデートは終わった。いやこれ、デートじゃないよな?

 残りのゴールデンウィークはどうなったか? そんなのは聞かないでほしい。いつも通り、家族の絆と男の友情を育んだ。

 いいんだ。今はこれで。来年、彼氏彼女の時間を思いっきり楽しもう。

 そう決心した俺を、誰か褒めてほしい。

 そんな俺の今年のゴールデンウィークは枕をちょっと濡らして、平和に終了した。

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