おうちデート? ②
俺の自室は一瞬、静かになった。隣の妹の部屋からは、時折楽しげな笑い声が聞こえてくる。
それに、爽やかくんの声が重なった。
「谷川さんにその言葉を伝えたのは、告白した時なんです。僕が彼女に恋をした時の想いを込めて、伝えました」
爽やかくんがその時を思い出しているのか、目線を軽く下へと向けた。
「谷川さんを好きになる前の僕は、恋っていうものがよくわからなかったんです。それなのに、僕に恋してくれる子が多くて。だから気持ちに応えるどころか、理解もできなくて。女の子が少しだけ、苦手だったんです」
さらっと、すごい事言ってるよな?
でもなんか、嫌味がないというか。
俺には理解してやれないが、モテるのも大変だな。
白猫のクッションを抱きしめる爽やかくんの眉が下がる。なんて声をかけたらいいかわからない俺も、黒猫のクッションを抱えた。
気まずい空気になるかと思えば、爽やかくんが続きを話し出す。
「それである時、谷川さんが空を見てて。授業中なのに、やけに熱心に見つめてるなと思って、気になったんです。途中、泣いているようにも見えて……」
「泣いてる?」
妹につらい事でもあったのかと思い、焦ったような声が出た。
「あっ。大丈夫です。続きを聞いたら安心しますよ」
「そうなの? じゃあ続き、お願いします」
微笑む爽やかくんは頷くと、今度は俺の目を見ながら話し出した。
「僕もこの時は心配で、声をかけたんです。『大丈夫? さっき空見ながら泣いてなかった?』って。そうしたら、谷川さん、真っ赤になっちゃって」
「ほうほう」
「で、焦った谷川さんに、廊下の隅で真相を話されたんです」
そう話す爽やかくんの顔も赤くなれば、とても優しい顔になった。
「『あんまりにも雲が美味しそうで、よだれが出た』って言ってて」
は?
え、待って。
うちの妹、外でもやらかしてんの?
妹は家でよくそう言う事を言っている。
雲もそうだが、霞を食べて生きられるなら、食感も味も絶対に美味しいものがあるに違いないとか、本気で考えているからな。霞についてはきちんと説明したが、覚えているのかは怪しい。
想像するのは自由だが、外ではあんまり言うなよと釘は刺したんだが。
頭の中が忙しくなり返事ができない俺は、爽やかくんの話を黙って聞き続けた。
「たぶん、焦りすぎて喋らなくてもいい事まで喋ってて。よだれを拭いてるのを誤魔化す為に涙を拭いたような感じにしたとか、そんな事を話す谷川さんが可愛くて」
ふふっと、思い出し笑いを抑えられないように声を出す爽やかくんを見て、俺は感動してしまった。
心、広すぎだろ。
そりゃモテるわ。
呆れるよりも可愛いと言ってしまえる爽やかくんを、心の中で褒め称える。そんな俺に気付かないまま、彼は深呼吸した。
「それでそのあとに、『曇ってさ、絶対美味しい雲があるはずなんだよね。そうじゃなかったら、雲を見て美味しそうとか思わないし』ってそこまで言って、谷川さんは驚いた顔で黙っちゃったんです」
「……たぶんそれ、ようやく自分の言った事がやばいって気付いたんじゃ……」
「そうだったみたいです」
妹よ。やらかしすぎだろ。
思わず同情しかけたが、爽やかくんの笑顔はまったく曇っていない。それが不思議でしかたなかったが、そんな俺に気付いたのか、爽やかくんが理由を話してくれた。
「あんまり外で言うなってお義兄さんに言われてるって教えてくれて。でも、自分の話をちゃんと聞いてくれるのもお義兄さんだから、今でも遠慮せず、自由に好きな事を考える事ができるって、そう、言ってましたよ」
「えっ……」
あいつ、そんな風に思ってくれてたのか……。
思わぬところで泣きそうになった俺の手を、なぜか爽やかくんが握ってきた。心配させたんだろうな。それぐらい、爽やかくんが優しい人柄なのはわかったつもりだ。
「これには続きがあって、『こんな考え、変だよね。だから忘れてね』って言われちゃったんです。でももう、忘れるなんて無理でした。だから僕は、変じゃない。そのままでいてほしいって、この時は伝えました」
そう言う爽やかくんが、さらに俺の手を強く握る。
「むしろ、そんな風に考えられる谷川さんが素敵で、好きになりました。だからチョコを貰った時、『自由な谷川さんが好きだからそのままでいて』って、告白したんです」
「そうだったのか……」
そこまで妹を理解してくれた爽やかくんの存在が頼もしくて、こんな相手に見付けてもらえた妹は本当に幸せだなと思った。だから思わず、彼の手を握り返してしまった。
反応は、驚かれた。顔もどんどん赤くなってる。無意味に、俺達の腕の中で猫のクッションが揺れた。と、気付いた時には、すごい力で引き寄せられていた。
「えっ、なに――」
「そんな素敵な谷川さんが消えないで今も存在するのは、お義兄さんのおかげなんです! ですから僕は、お義兄さんを目指すんです!」
「えっ。いや、あの、俺目指したら、恋人とかじゃなくなる――」
「恋人という関係は、ただの人生の通過点にすぎません。僕が目指すのは、家族です!!」
おっも!
それが重い愛ってやつだよ!!
もしかして来年まで付き合うの待てるのも、人生の通過点だからか!?
そう言えたらよかったが、爽やかくんが喋り続けて口を挟めない。
「あんなに素敵で可愛い子、今後出逢えるわけがないんです。だから彼女に見合うように、僕がたくさん努力するしか――」
「待て待て待て!!」
掴まれている手をぐっと握り、かなり大きな声を出してみた。一応、それで爽やかくんの喋りは止まった。
「あのな、爽やかくんは爽やかくんのままでいなきゃだめだろ。俺を目指すんじゃない。妹が好きになったのは、爽やかくんなんだから。妹と爽やかくんはお互いに努力して、最高の相手になればいいだけだ」
なんて、俺もよくわかんねーけど。
でも、俺の付き合い方はきっとこうだな。
付き合った事のない人間の言葉に説得力を持たせる為、俺は真剣に爽やかくんを見つめた。
「やっぱり……。お義兄さんも素敵です」
「あ、ありがとう……」
納得してくれたのか、爽やかくんが静かに頷いてくれる。顔はまだ赤いが、それには触れないでおく。適度に距離は保たないといけない気がするのは、俺の考えすぎだと思いたい。
その時、殺気を感じた気がして振り返る。
なっ!?
ドアが少しだけ開いてる。その向こう側に、スマホを構えた笹森さんと、俺を睨み付ける妹がいた。
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