おうちデート? ①

 ゴールデンウィークなのに雨予報が続く中の、数少ない晴れの日。待ち合わせ場所に向かえば、笹森さんがすでにいた。が、1人ではなかった。


 部屋は綺麗にした。服装もシンプルで無難なものだし、大丈夫なはず。それに、スティックタイプのルームフレグランスっていうものも準備した。だから俺の部屋は今、微かに果物の匂いも混じるせっけんの香りがする。でも時間が経つと花の香りに変わっていくらしい。すげー。


 あと、触り心地のいいビーズクッションとかも用意した。これは妹に便乗したが。

 丸い顔の猫が5種類いて、白と黒は俺。グレーと茶は妹。そして家族内で1番人気だった三毛が母。みんな三毛でいいのに、『全種類あった方がいい!』とか、母親が謎理論を振りかざした結果だ。買ってくれた父親の分はない。1番欲しそうだったのに。無情だ。


 で、今、俺の目の前にいるのは、白猫のビーズクッションを抱えている爽やかくん。笑顔が眩しい。天然の太陽だろ、これ。


「お義兄さん、どうかしましたか?」

「いや、ちょっと、眩しくて……」

「? あぁ、外、良い天気ですもんね」


 ちげーわ。


 心の中でつっこみながらも、俺は笑顔を作る。


「あのさ、俺と休日を過ごすとか、本当にいいの?」

「いいんです! ずっとずっと、こうしたかったんです!!」


 対面で座っていたはずなのに、爽やかくんがすごい速さで俺の隣まで来て、輝きを撒き散らかす。


 近い近い近い!

 やっぱ距離感おかしいだろ!!


 爽やかくんの胸に抱きしめられた白猫の顔は、もう原型を留めていないほど力が込められている。対して俺の黒猫それを押し返すように、まだギリギリ可愛い顔で俺を守っている。こいつがいなかったら、爽やかくんとゼロ距離なのは間違いない。

 しかし、顔を真っ赤にした爽やかくんの笑顔が目の前に迫る。


「そ、そう。あっ! の、飲み物とか持って来るから!」

「お構いなく!」

「い、いや、俺が構うから! ちょっと待っててな!」


 っぶねー!

 妹の事が好きなんだから、危機感を抱かなくてもいいんだ。いいんだけど、あの勢いが怖い!


 冷や汗を拭いながら、急いで部屋を出る。

 そして、隣の妹の部屋を眺めた。


 笹森さんがまさか、妹の方に用があったなんて……。


 自宅へ戻っての妹の第一声が、『じゃ、おにい、お姉さん借りるね!』って、なんだよ。しかも笹森さん驚いてなかったし。俺だけが知らなかったとか、泣ける。


 いったいなにを話しているのかわからないが、聞き耳を立てるのも気が引ける。名残惜しいが、俺はそのまま下へ降りた。


「母さん、飲み物とお菓子、もらってく」

「そこに用意しといたからー」

「ありがと。父さんは?」

「ショックで部屋に隠れた」

「まじか」


 笹森さん達を招き入れた時の母親の声は、めっちゃよそ行きの高い声で引いた。たぶん、一緒に出迎えた父親も同じだったに違いない。それぐらい、笹森姉弟を気に入ってた。

 父親は父親で、妹の彼になる人が来るならちゃんと見定めなければ! と、はりきっていたが、固まってた。想像以上だったんだろうな、きっと。爽やかくん、芸能人みたく輝いてるし。


 父さん、頑張れ。


 俺に出来る事はなにもないので、心の中でエールだけ送る。繊細すぎるんだよな、うちの父親は。

 そんな事を考えながら上へ戻れば、両手が塞がっている事に今さらながら気付く。


 いけるか?


 バランスを取りながら、トレーを持ったままの拳でドアノブをゆっくり上から押す。そのまま静かに手前へ動かせば、爽やかくんの背中が目に入った。


 ん? 漫画読んでるのか?


 待たせすぎたかと思えば、彼が振り返った。


「大丈夫ですか!? 声かけてくれたらよかったのに!」

「いや、お客さんは座ってるだけでいいから」

「そんな他人行儀な!」


 いや、他人なんだけど、違うの?


 爽やかくんの中では別な世界があるようだが、俺はそこへ踏み込む勇気なんてない。なので、話題を変える。


「まぁ、とにかく座ってくれ。そういやなに読ん――」


 テーブルにトレーを無事に置けて、ようやくほっとした。でもその前に、気付けばよかった。

 爽やかくんが手に取ったのは、妹の借りてきた漫画だという事に。


「あっ。すみません、勝手に……」

「い、いや、いいんだけど、それ、もう、読んじゃった?」


 やばいところは見てませんように!


 祈った。祈るしかなかった。

 しかし、神様は残酷だった。


「読みました。これ、気になってて……。ここ! ここを読みたくて!」


 そして開かれたのは、首輪のシーン。なんでよりにもよってそこなんだよ!!


 終わった。


 ここで俺が妹から借りたと言えば、爽やかくんに妹の趣味を誤解される。けれど、俺のだと言えば、姉に変な事をする人として認定される。

 じゃあなにを選択すればいいんだ? と考えたところで、俺の頭は希望を見付けてくれなかった。

 だからもう、やけくそで質問する事にした。


「なんでそこ、読みたかったの?」

「谷川さんの気持ちに応えたくて……」

「へ?」


 目の前に、長いまつ毛の目を伏せるイケメンがいる。手に持つ漫画なんか参考にしなくてもいい。なにを血迷ったのか知らないが、その姿が俺のお兄ちゃんとしての経験が培われた、世話焼きスキルを発動させた。


「ちょっと、詳しく話そうか」

「詳しく?」


 戸惑う爽やかくんへ座るよう、丸い座布団をとんとん叩く。すると彼は素直に俺の隣に座った。漫画は大切そうに、手に持ったままだ。


「あのさ、それ、参考にするところないよな?」

「いや、あるんです!」

「だってそれ、首輪じゃん」

「首輪ですけど、大切なのは首輪じゃないんです! あの、束縛されたいって谷川さんが話してるのが聞こえて!」

「は?」


 あいつ、俺には違う事言ってたよな?


 どうにも腑に落ちず、続きを促す。


「あのさ、あいつ、本当にそんな事言ってたの?」

「はい……。谷川さんの友達がこの漫画を読みながら、『これぐらい重い愛を感じる束縛されてみたいよねー!』とか、『重い愛とか大好物』とか言ってて……」


 まじか。

 女子の考える重い愛が重すぎる。


 困り顔で話し続ける爽やかくんの言葉に、俺は知りたくなかった女子の秘密を垣間見てしまった。

 しかし、続く妹の言葉で現実に引き戻された。


「それで谷川さんも『わかるわかるー。めっちゃわかるー。重い愛っていいよねー』って、言ってたんですよ。そこからずっと、重い愛ってなんだろうって思って。でも漫画を貸してとも言えず……。だからお義兄さん、ありがとうございます!」


 お礼を言われるとなんとも言えない気持ちになるが、爽やかくんの話す妹の言葉の感じが、若干気になった。


「俺はなにもしてないんだけどね。でもさ、その時、あいつはどんな感じで返事してたの?」

「えっとですね……、こう、読みながら、頷きながら、でした」


 爽やかくんが真似までしながら教えてくれて、確信した。


 やっぱりな。

 あいつ、テキトーすぎだろ!!


 漫画を読み進めたい妹が適当に受け流した結果、爽やかくんが真に受けて悩んでいるだけ。まぁ、重い愛の片鱗は妹の方にありそうだが、余計な事は言うまい。

 そう決めて、俺は爽やかくんへ笑顔を向ける。


「それな、あいつの悪い癖だ。他の事に夢中になってると話を全然聞かなくて、適当な返事になるだけだから。あんまり真剣に考えなくていい」

「そう、なんですか?」

「そうなんです。あとな、その漫画のセリフを爽やかくんから言われたらどーすんだって聞いた事あるんだよね」


 俺の言葉に、爽やかくんがぱたりと漫画を閉じた。

 もう呼び方は『爽やかくん』で固定してほしいと言われたから、ずっとこのままだ。俺がつけたあだ名だからいいんだってさ。よくわからんが、本人の希望だから承諾した。

 そんな爽やかくんへ、俺は続けて話しかける。


「そうしたら『絶対言わないし。自由なあたしが好きだからそのままでいて、って言われた』って、嬉しそうに言ってたから、こっちが本心だ」

「その言葉は……」


 爽やかくんが浮かべた笑顔があまりにも幸せそうで、つい、尋ねてしまった。


「あのさ、爽やかくんはどうしてあいつの事を好きになったんだ?」


 俺の言葉に、爽やかくんはそばに置いてあった白猫のクッションを取り、目を閉じた。けれど微笑んだままで、妹への想いを噛みしめているようにも見える。

 そして彼は満足したのか、ゆっくりと目を開け、口を動かした。

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