ゴールデンウィーク

隠蔽

 妹から爽やかくんを紹介されたあと、笹森さんとは少しだけギクシャクした。

 けれどそれ以上に、周りの誤解を解くのが大変だった。

 なんたって俺も笹森さんも、失恋したと思われていたからな。


 妹と爽やかくんを召喚して事なきを得たが、すっげー面倒だったな。なんでわざわざ自分のクラスに妹を呼び出さなきゃいけないんだよ。

 あれか? そんなに俺達が失恋したのを楽しみたかったのか!? 


 にやつく稲田と、杉崎さんをはじめとしたクラスの奴らの好奇心の目を、改めて自室で思い出す。

 同時に、家族と紹介した妹と爽やかくんのにこにこした顔も浮かんだ。そのあまりにも嬉しそうな様子に、過ぎた事はもういいかと考え直す。


 でもその事があったから、笹森さんとの仲も普通に戻った。

 いや。それ以上に進展するチャンスを掴んだんだ!!


 俺は無意味に、自室の真ん中で仁王立ちした。


 だからこそ、どーする、俺!?


 彼女なんていた事もなく、普段異性と遊ぶなんて事もなく、好きな人が自分の家に来るイベントに直面し、悩みまくる。


『ゴールデンウィーク中に、谷川くんの家に行ってもいい?』


 笹森さんからのメッセを思い出し、顔がにやける。


 これは、おうちデートと言っていいんだよな?


 今年のゴールデンウィークは雨続きでなんだかなと思っていたところに、まさかのお誘い。

 そんなの、断る理由なんてない。


 家なら、邪魔が入らない。

 これはその、いろいろな事を我慢しながら、我慢しなくていいって事だろ!?


 付き合うまで、してはいけない事はある。それぐらい、俺にもわかる。想像はするけど。

 でも、軽い触れ合いぐらいなら許されるだろうと、妄想が止まらない。


『2人っきり、だね……』

『そうだな……』

『だからね、ここなら、邪魔されないから、あのね……、お願い、聞いてくれる?』

『なに?』

『少しだけ、少しだけでいいから、その、私の事、抱きしめ――』


 はっ!

 いかんいかん。

 幸せな夢から戻ってこれなくなるところだった。

 今考えなきゃいけないのは、それを現実にする為に、この部屋をどうするのかだ!


 笹森さんと良い雰囲気で過ごせるように、部屋を整えようと考える。


 ゴールデンウィークまであと少し。

 それまでに出来る事って、なんだ?


 まず、部屋をぐるりと見回す。


 普通の部屋、だよな?

 変なポスターとか貼ってあるわけじゃないし、妹が勝手に入ってくるからやばいものは置いてないし――。


「あっ!」


 そうは思ったが、本棚へ向かう。


 まずいな。この漫画、微妙にエロいというか、グロいというか。いやでも結構有名だから、普通に置いておいていいか? 待てよ。1番手前に置くのはいただけないか? なんか、これが特に好きみたいに思われそうな気が……。


 それじゃうしろの列に移動するかと思えば、余計な考えが生まれる。


 でももし、手前の漫画を笹森さんが手に取って、うしろにこれがあったらどう思う?


 すると、妄想の笹森さんが苦笑いした。


『あ……。こ、これ、谷川くん、好きなんだね……』


「面白いけど、そこまで好きじゃ……!」

「ん? 面白いなら好きっしょ」

「うおっ!?」


 いつの間にか背後にいた妹に驚きすぎて、俺は漫画を落としてしまう。


「どしたの?」

「いや、お前、なんで!?」

「ちょうどその漫画読もうと思って、借りに来たとこ」


 気配を感じなかったぞ!?

 いや、俺が必死すぎて気付かなかったのか!?

 ん? これは良いタイミングじゃね!?


 別にやましい事をしていた訳じゃないが、無駄に心臓がドキドキする。

 その刺激のおかげか、俺は閃いた。


「じゃあ全巻貸してやるよ! ゴールデンウィーク中、預かっててくれ」

「えっ。これ、量多いし。いつも通り借りに来るからそこまではいいって!」

「そこをなんとか!」

「なんで?」


 くっ……。理由、話すしかないか。


 情けない兄の姿を晒すようで嫌だったが、背に腹は代えられない。そう思い、口を開こうとした。

 すると、妹がぽんと手を叩いた。


「あっ! じゃあさ、交換しよ、交換!」

「交換?」

「空間あるの、変じゃん。だから埋めるの!」


 いや別に埋めなくても……。


 そうは思ったが、理由を話さずに預かってもらえるならいいかと、俺は頷いた。


「わかった」

「助かったー! じゃあおにい、運ぶの手伝って!」

「おう!」


 扉を開け、妹が読みたがっている漫画を2人で運び出す。


 持つべきものは妹か!


 こうして、俺の悩みは解消されたはずだった。


 ***


「どうしてこうなった……」


 ベッドに腰掛けた俺は、声に出して呟くしかなかった。それぐらい、やらかした。


 自分の部屋の本棚には、妹が友達から借りた少女漫画がある。

 タイトルは、『俺様王子様は悪役令嬢に恋をした』、だ。

 まぁ別に、笹森さんには妹から預かったって言えばいいだけ、だったんだよな、この段階までは。

 けれど俺は好奇心から、読んでしまった。


 これ、例のやばいやつじゃん。


 手に持つ漫画には、妹がホワイトデーの時に話していた、好きな子に首輪を送りつける男が登場していた。俺様王子もやばい奴だがその弟が首輪の送り主で、さらにやばくて笑えない。


 読まない。

 読まないはず。

 読まないで下さい!


 そう念じながら、俺はそっと漫画を閉じた。

 交換なんてしないで、笹森さんの意識が漫画にいかないように俺が頑張ればよかったんじゃね? とか、考えないようにする。虚しいからな。


 そういやなんで妹は『助かった』って、言ってたんだ?


 本棚が溢れているわけでもなく、部屋も足の踏み場がないとか、そんな事もなかった。

 けれど、考えてもわからない事はわからない。


「やべっ! もうこれはいいとして、居心地の良い空間を作らねば!!」


 漫画に気を取られすぎて、当初の目的がまるで達成されていない。

 引き続き、俺の孤独な戦いが始まった。

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