夏休み・後編
宿題
8月に入って少し経つが、遊んでばかりもいられない。学生には、夏休みと同時に課せられるものがある。
それが宿題だ。
一応、俺の通う学校は少なめではあるらしい。絶望的な量を出してくる無慈悲なところではなかったのが救いだ。
よし。
ここまで進めときゃ、来週には終わるだろ。
腕を伸ばし、ひと息つく。こういう時の背伸びは、解放感があって気持ちいい。
外はどんより曇ってるけどな。ま、こういう雨が降ったり止んだりしている時だと外に出る気もしないし、面倒なものを片付けやすいのもある。
そういうわけで、自分へのごほうびだ!
朝から時間を見つけては宿題を進め、今は15時過ぎ。よく頑張った、俺。なので、疲れた体に糖分を摂取する為、下へ向かう。
珍しく、高いアイスを買ってきてくれた母さんに感謝だ。
あれだな。母さんは新商品に目がないから、仕入れてきたんだろ。
こういう時、女帝のような母親でも罪悪感を抱くのか、他の家族の分もある。
けれど油断してはならない。期限は1週間。それを過ぎるとすべてなくなる。
『いらないのかと思って』なんて、白々しく言われる。
『君が美味しく食べてくれたならいいよ……』って、食べ逃した父親の笑顔が悲しげなのは見間違いじゃないはずだ。
早く食べてしまわなければ……!
俺は父親を尊敬している。こんなに快適に暮らせるのは、父親の努力のおかげだから。それに同性だし、味方したい。
でも俺は、簡単に諦めたりしない!
父さんと違って、食いっぱぐれるミスはしない!
そう決意して、リビングのドアを開く。
すると、妹の姿が目に入った。
水玉模様の薄いオレンジ色のルームウェアなのはいい。母親がいないからソファの真ん中に陣取り、テレビで映画を観ながらアイスを食べている。いや、スマホもいじりながらか。
その様子に余裕しか感じられない。だから思わず質問した。
「なぁ。もう宿題終わったのか?」
「まだー。でもほら、うちの高校って宿題少ないし、楽勝っしょ!」
「確かにな。でもある程度は終わらせておけよー」
「らじゃ!」
キッチンに向かいながら話し続け、俺もアイスを取り出す。このクリスピーのやつ、美味いんだよな。目的の物は手に入れたし、妹の隣に移動する。
「なに観てんの?」
「ポリハタ」
「またか」
「うん。何度観ても飽きない」
「なんか続編出てなかったか?」
「あるある! 過去編みたいなやつね! それ夜にテレビでやるから一緒に観よーよ!」
「おー」
2人でパリポリ音を響かせて、アイスを食べ続ける。美味すぎ! 至福の時だな、これは。妹も好きな映画を観ながらなんて、贅沢なひとときだよな。
それなのに、必死でスマホも眺めてる。
「なにしてんの?」
「んー……、いいのがないかなって思ってさぁ」
「いいの?」
「そう。あたしの心を震わせるもの、探してるんだよねー」
なんだ?
もしかしてと嫌な予感がしたが、とりあえず尋ねる事にした。
「その、心震わせるものを具体的に教えてくれ」
「ん? えーっと……」
妹が残りのアイスを口へ放り込み、腕を組んでうなり出す。けれど、なかなか答えを発表してくれない。
どうした。
なにをそんなに考える必要があるんだ。
あれか。詳しく言えないほどやばいのか。
それに気付いてゾッとした。
待てよ。待ってくれよ。
今は夏で、涼みたい。
だけどな、そういうのはいい。しかも今、アイス食べて冷えた。
だからもう充分だ!
急に部屋が寒くなったのは気のせいだと思いたい。しかし確認せねば。谷川家をお化け屋敷にしてはならない。
兄として、この妹を全力で止めるのが俺の使命だ!
そう決め、まだ考え込んでる妹をじっと見つめた。
そして言葉を慎重に選ぶ。
「あのな、そんなに考え込むぐらいなら、やめとけ」
「…………」
「聞こえてるか? そこまで考えるならやめとけよ」
「……ん? なに? なんか言った?」
俺の声が聞こえなくなるまで考えんでいい!!
これしきの事でイラついていては、身が持たない。だから水に流す。イメージの中で。
だからか、夏休みが始まってすぐの、みんなで遊んだ時の波のプールに流された妹の映像が頭の中に浮かぶ。それのおかげで、気が済んだ。今後も冷静になりたい時は、これを思い出せばいい。
悟りを開けた気分になった俺は、笑顔を向ける。それでもう1度、言葉を変えて伝える。
「あのな、悩むならやめとけって」
「えー! でもさぁ、悩むっしょ! ほら、期間限定なら妥協したくないし」
「期間限定……」
「そだよ! 特に今年の夏は……」
頬を赤らめた妹の発言が理解できない。だって悩んでいるのは、また恋に関する呪いみたいなやつだろ? しかも期間限定で今年の夏がキーワードなら、成功させてはいけない。
味わうと決めていたアイスを急いで食べ、妹と向き合う。
「期間限定っていう言葉に惑わされるな。また来年も、同じような謳い文句が書かれるはずだ。でもな、それに釣られている時間があるなら、自分を磨け。それだけでいい」
どうして両想いなのに、変な努力をし続けるのか。
俺には理解できないが、そんなに好きなら今の自分で勝負すればいい。
自信を持て、妹よ! お前はそのままでいいんだ!
あ、呪いだけはやめますように!
目力というものがあるが、今の俺はきっとかなり力強く再現しているはずだ。本気だからな。
なのに、妹は首を傾げた。
「おにいは普通の私服派?」
「私服?」
「そ。浴衣じゃないんだねー」
「は?」
話が噛み合っていない。なんで服の事になったんだ? だからもう1度、質問する事にした。
「私服と浴衣って、どういう事だ?」
「ん? 夏祭りに行く時の服装! 夏休みは期間限定でしょ? それに付き合う前の夏だから、やっぱり特別なものにしたいじゃん!」
はぁっ!? ちゃんと言えよ!!
勝手に勘違いした自分も悪いので、言葉を飲み込む。
そして、アイスを無駄に早く食べてしまった事を後悔した。
「夏祭りね……。爽やかくんと行くのか?」
「そだよー! だから浴衣探してるんだよね! おにいはお義姉さんと行くの?」
「今のところ、そんな話にはなってないぞ」
行けたらいいなとは思うが、プールの事もあるし、正直迷う。またクラス全員集合でも楽しいが、夏祭りは2人っきりがいいとかも、言いにくい。
「えっ!? なんで? なんで誘わないの!?」
「いや、誘いにくいなと……」
「はぁー!? 絶対待ってるって! 早く連絡しなよ! あたしに自分を磨けとか言ってる場合じゃないし! おにいこそ、もっと頑張んなよ!!」
「うっ……!」
まさかの妹の言葉が、ぐさりと刺さる。
確かに、消極的になっていた。別に2人っきりになりたいと伝える事は、悪い事でもないのに。
まさかの妹からの励ましに、俺は勇気を出して笹森さんを誘う事を決めた。
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