夏祭り

 急いで風呂に入って、リビングへ急ぐ。もう映画を観る準備が万端な妹に感心する。こういう時の行動力は見習うべきだな。

 そんな事を考えながら横に座り、スマホと向き合う。


「もしかして、今から誘うの?」

「おう」

「あたしが文章考えよっか?」

「なんでだよ。俺が誘うんだから俺が考える」

「それでこそおにいだよ!」


 なんだか妹に褒められたが、悪い気はしない。「仲良いわねー」とか、母親がキッチンの方から呟いてくる。その手には、高いアイスが。それ、父さんのじゃ……? とは言えず、もう買ってきてから1週間経ってたのかと、現実を受け止めた。


 父さん。

 お盆休み中は俺に出来る事なんでもするからな。


 心の中で父親への誓いを立て、気合を入れる。


 よし。

 普通に誘うぞ。普通に……。


 普通ってなんだ? とか浮かんだが、無視する。ここで悩んだら誘えなくなる。


 えーっと、『笹森さん、こんばんは。あのさ、いきなりなんだけど、夏祭り、予定空いてる? 空いてたら、俺と一緒に行きませんか?』で、いいか?

 なんか俺の文章、緊張がまんま伝わるかも。


 急に恥ずかしくなった。かっこ悪い。もっと余裕のある男でいたい。


 でも、いいか。


 笹森さんに対して、良く思われたい。この気持ちはずっと変わらないだろう。でもだからこそ、この感じのまま伝え切ろうと思った。そうじゃなきゃ、書けない。

 だからい勢いに任せてフリックする。


『2人だけで、行きたいです』


 送信!!


 追加した文字を見続ける度胸はなく、すぐにメッセージを送る。画面はもう見ない。恥ずかしすぎる。


「送れた?」

「……おー」

「お疲れ! あっ、始まるよ!」


 まだ落ち着かないまま、スマホを自分のすぐ横に置く。そして笑顔の妹に誘われて、前を向いた。



 魔法使いやら不思議な生き物がどんどん出てくるファンタジー映画を観続ける。最初は俺と妹だけだったが、すぐに母親も混ざってきた。途中、父親も帰って来たらから、家族全員で鑑賞中だ。


 ん?


 母親と妹が実況中継みたく喋ってる。

 夕飯を食べ終えた父親が洗い物を終え、冷蔵庫に向かったあと、「……ない」と呟いたのも聞き取れた。

 しかし、笹森さんからの返事が気になっていた俺は、震えるスマホの確認を優先した。


『谷川くん、こんばんは。誘ってくれた事、すごく嬉しくて、返事遅くなっちゃいました』


 目に飛び込んできたこの言葉だけで、じーんとしてしまう。やっぱり好きな人がそう思ってくれるのは、こっちも嬉しい。

 だから、急いで続きも読む。


『実は、予定空けてました。谷川くんから誘われてもいいように。だから、2人で行きましょう』


 うそだろ……。

 俺の為に、わざわざ?

 もし、俺に誘われなかったら……?


 ときめいていた俺の胸が、ぎゅっと痛む。だって、想像してしまったから。寂しそうにスマホを眺める笹森さんを。

 なんでもっと早く行動しなかった。待たせてる間、笹森さんにいろいろ考えさせてしまったに違いない。


 なにしてんだ、俺。

 かっこ悪すぎんだろ!


 でも、嘆いたところで過去は変わらない。

 だから俺は、夏祭りを笹森さんと全力で楽しむ事を決意した。

 彼女の事が本当に好きだと、安心してもらえるように。


 ***


 夏祭り当日。やはり人がごった返している。その中を、笹森さんとゆっくり歩く。繋いだ手は、とても熱い。

 妹と爽やかくんもいるだろうが、今日は別行動だ。時間と待ち合わせ場所もずらして、それぞれ大切な人と過ごすと決めた。


「人、多いね」

「だな。歩く速さ、これぐらいで大丈夫?」

「平気だよ。気にしてくれてありがとう」

「いや、俺、わかんないからさ。なんでも言ってくれていいから」

「……うん」


 はにかむ笹森さんは浴衣を着ているからか、普段よりも魅力が増してる。気を付けねば、誰かにさらわれるかもしれない。そう本気で思うほど、可愛い。


 彼女は淡い水色がベースで、白い牡丹のような大きな花が描かれた浴衣を着ている。帯もふんわりとした優しいピンク色で、全体的に儚げな感じ。

 長い髪も軽く巻いて、それを帯よりも薄いピンクの花飾りでまとめ上げている。そんな彼女のうなじをあまり直視できない。夜だしお祭りだして、妙な気分になりそうな気がした。

 そして足元も下駄で合わせている。履き慣れないものって疲れるだろうし、痛くもなるはずだ。


 俺は普通の格好だから、笹森さんの変化を見逃さないようにしよう。


 歩きながら決めたが、それでも見惚れてしまう。だってこんなに可愛い子が、俺の事を好きでいてくれるなんて、夢みたいだから。


「谷川くん? 私、どこかおかしい?」

「……あ。そういうんじゃ、なくて……」


 じっと見すぎて勘違いさせてしまった。

 でも、不思議そうな顔をした笹森さんの大きな目が、明かりでキラキラしている。それが彼女の純粋さを表しているようで、守りたくなる。

 それに今日は、素直な気持ちを言うんだ。俺の事をたくさん知ってもらう為に。


「さっきさ、その浴衣似合うねって言ったけど、髪型とかも全部、その……、笹森さんだから、可愛いよ」


 いざ伝えれば、詰め込みすぎてよくわからない言葉になった気がする。でも、隣にいる彼女は笑ってくれた。


「私だからって言葉、嬉しいな。だってね、今日は谷川くんだけに褒めてもらいたくて、頑張ったから」


 これは、やばいな。


 思わず、握った手に力を入れてしまう。それぐらい、笹森さんを感じたい。


 可愛すぎる。


 それしか浮かばないぐらい、彼女の事をまた好きになる。

 相変わらず笹森さんは微笑んでいるが、照れているようにも見える。

 夜だからはっきりとはわからないが、きっと俺達の顔は真っ赤だろうなと、思った。

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