夏の思い出
少し照れくさくなりながらも、歩き続ける。人の流れに合わせながら、屋台を見て回る。
「お腹空かない? 花火まで時間あるし、今、食べとく?」
「それがいいね。谷川くん、食べたいものある?」
「俺は、焼きそばとかたこ焼きとか、かな。あとは美味しそうなの見つけたら食べる。笹森さんは?」
「私も同じ! じゃ、並ぼっか!」
花火がよく見える場所に余裕を持って行きたい。それが今日の2人の目標だ。
でもだからって、焦りながら食事するのはなんか違うからな。
笹森さんに無理はさせない。
それに、今の彼女を目に焼き付けたい。
いつもとは違って、はしゃぐように手を引く笹森さんが可愛くて、彼女だけを眺めた。
「えーっと、えーっと……」
たこ焼きと焼きそば、どちらも多めに入っているところを見つけて買った。2人で分けて食べるのが楽しみだ。
そして今は、飲食スペースにいる。
けれど、笹森さんの様子がおかしい。ちらちらとこちらを見ては、戸惑っている。
「どうしたの?」
「あの、さ。焼きそば、お箸が1膳しか入ってなくて……」
「あ、そうなのか! ごめん、取ってくる!」
「そこまでしなくていいよ! でも、どうやって食べよっか?」
それで悩んでたんだ。
気付かなかった俺に気を遣ってくれたのだろう。だから提案した。
「半分食べたらくれる?」
「……そ、そうだよね! そっか、先に半分食べちゃえばいいのか!」
俺の言葉にびっくりしたような笹森さんが、手で顔を仰ぎはじめた。
「笹森さん、なにか別の方法でもあった?」
「えっ!? あの、その……」
笹森さんの考えを知りたくて尋ねたが、彼女はもじもじして黙ってしまった。
「ごめん。もしかして俺、変な事聞いた?」
「……ちょっとだけ、耳貸してくれる?」
なんだ? と思いつつも、少しだけ屈む。すると、笹森さんの手が耳に触れた。
「お箸を持ってる人が食べさせるとか、考えちゃった」
それだけ言ってすぐに離れた笹森さんは、顔を背けて飲み物を飲んでいる。俺は彼女の発想に、しばし時が止まった。
それって、あーん、って、こと?
自分が考えた言葉に、やられた。
やってほしい。ぜひとも。しかし、焼きそばって難しいんじゃ?
じゃあたこ焼きでやろう。そうしよう。
どこか、大切なネジが飛んだ気がした。が、もう止まれない。だって憧れる。そういうシチュエーションに!
だから勢いに任せ、笹森さんの耳にそっとささやく。
「焼きそばは大変だから、たこ焼きで食べさせ合いっこしよ」
はずっ……!!
言葉にしたら正気に戻った。
やばいぞ、まずいぞ。俺はなんて事を言ってしまったんだ! 引かれたかもしれないと思いつつ、笹森さんの顔を覗き込む。すると目を見開いていた彼女は、無言で頷いてくれた。
よっしゃ!!
心の中でガッツポーズをすれば、笹森さんがぎこちなく動き出した。
そしてたこ焼きを手に取り、ふーふーと息を吹きかけてくれる。
そこまでしてくれるんだ……。
確かに出来立てで熱い。だから、その心遣いが嬉しい。
「まだ熱かったらごめんね? はい……、あーん」
やばい。
くっそ可愛い!!
首を傾げながら、恥ずかしそうに見上げてくる笹森さんの表情にくらくらする。こんなに幸せでいいのだろうか!? なんて思いながら、ぱくりとひと口で食べた。
「!!!」
「だっ、大丈夫!? これ飲んで!」
神様、調子に乗った俺が悪かったと思います。
でも、今度からはもっと優しく叱って下さい。
たこ焼きの中は煮えたぎるマグマのようで、俺の口内は焼き尽くされた。なんて大げさだが、火傷した。なので、笹森さんに同じ思いはさせられず、お楽しみイベントの継続は断念した。
***
他の屋台も楽しみながら、凍らせた苺を削ったかき氷を手に入れた。
そして、花火が見える公園まで移動した。
「足、平気?」
「大丈夫! 鼻緒に透明のテープを巻いてきたから、痛くないんだよ。それに谷川くんがずっと私に合わせて歩いてくれたから、疲れてもいないよ。ありがとうね」
「いや、俺に付き合ってくれてありがとう」
「ううん! 谷川くんのお父さん、甘いもの好きなんだね」
俺の質問の答えを説明しながら、微笑んでくれる笹森さんにほっとした。歩き回らせちゃったからな。
今日、父親から追加のお小遣いをもらった。
理由は、女の子にお金を出させてはいけないから。
そして、りんご飴と虹色のわたあめを買ってきてくれと頼まれた。
またアイスを食べられなかった父親への慰めとして、俺は使命を果たした。普通にお小遣い追加も有り難いしな。
一応、母親の分も購入してある。たぶん、食べたいはず。
そんな俺の親の話をしながら、ベンチに座る。
「まさかここから見る事ができるなんてな」
「穴場って書いてあったけど、もう他の人もいるし、早めに来てよかったね」
購入したものをまとめて持てるようにもらった袋を、腕から外して脇に置く。
花火が始まるまでサクリと音を立てながら、練乳の甘みと苺の酸っぱさを感じるかき氷を味わう。
この夏、なにがあったとか、これからなにをするのかとか、とりとめのない会話が続く。
あっという間だったな。
誰かに会う事もなく、本当に2人っきりで過ごせた。まだ花火は残っているが、それが終わったら現実に戻る。そんな事を考えて、寂しくなった。
「花火見たいけど、終わってほしくないな」
驚きすぎて、笹森さんの言葉にすぐ反応できなかった。だってこれは、同じ事を考えていた証拠だろうから。
「……俺も、同じ気持ち」
「そっか……」
ぽつりと呟くような会話が途切れ、周りの楽しそうな声だけが聴こえてくる。
なにか、残したいな。
この瞬間も、俺達の特別な思い出だ。でもそれ以上に、笹森さんの心の中にしっかりと俺を刻みつけたくなった。
「……花火が始まる前に、食べちゃおっか」
沈黙が気まずかったのか、笹森さんが無理したように笑いながら話しかけてくる。
そんな顔をしてほしくなくて、俺はかき氷をすくった。
「はい。口、開けて?」
「えっ?」
「さっき、できなかったから」
「……じゃあ、遠慮なく……」
俺の行動に、笹森さんの顔が変わる。困ってはいるけど、口元は笑みを我慢しているような、可愛い顔。そんな彼女の小さな口が、手に持つスプーンを揺らす。食べた瞬間、本当に美味しそうに目を細めて微笑む姿に、引き寄せられそうになる。
付き合ってたら、間違いなくキスしてた。
苺のかき氷で唇を潤わせた笹森さんをこれ以上直視できず、せき払いなんかして誤魔化した。
人が増えて来たと思ったら、待ちに待った花火が打ち上がった。
少し離れた場所だが音も大きく、よく見える。
「綺麗だね……」
「綺麗だな」
正直、花火よりも夜空を夢中で眺める笹森さんの横顔に見惚れた。こんな表情を見れた事に、俺の胸がどんどん苦しくなる。
だから、伝える事にした。本当は来年までだめだけど、今の気持ちを思い出に残したかった。
「今から言う事は、よく聞こうとしなくていいから」
「えっ? なに? どうしたの?」
わざと花火が上がる瞬間を狙って、俺は声をかける。案の定、笹森さんがびっくりした顔でなにを言ったのか聞き返してきた。
そんな彼女の目を見つめながら、告白する。
「俺は、笹森さんが好きだ。どうしようもなく、好きなんだ」
「……なんて、言ってるの?」
花火が連続で弾ける。だから聞こえていないはずだ。でも、笹森さんはなにかを感じ取ったのか、泣きそうな顔になった。
その瞬間、夜空が静かになった。
「今日の笹森さん、なにもかもが可愛すぎだなって思って」
何事もなかったかのように、別の言葉を伝える。この気持ちも嘘じゃない。
でも、それを聞いた笹森さんがうつむいてしまった。
「どうし――」
声をかけた瞬間、花火が咲く。すると、笹森さんが勢いよく顔を上げた。
「わ……、谷川くん…………き!」
また騒がしく夜空を彩る光が生まれ続ける中、俺の名前が呼ばれた。他の言葉はわからない。でも、笹森さんはすごく真剣な顔をしていた。
「今、なんて言ったの?」
また静かになった時、思わず尋ねた。
「内緒。また来年の夏祭りに、伝えるね」
笹森さんが、今日1番嬉しそうな顔で笑う。
だから、満足してしまった。
それに、来年の約束もできた。その時に俺も、今日の告白をまた改めて伝えよう。
俺達の特別な夏はこれからも増えていく。そう、思えたから。
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